表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/13

第6話 普遍の境界にて


 「よいしょ…っと」


 今朝殺した娼婦の死体をティボーの死体と重ねて魔法で火をつける。相変わらず人間が焼ける時はひどい匂いがするもんだ。


 パチパチと音を立てて火の粉が躍り、朝焼けの空に広がっていく。大量の水分を含む人体は単体で火がつかないから枯草を被せて一緒くたに燃やす。燃やすのだが、こうして人の手足と枯草の茎が似たように黒くなり、そしてくしゃりと歪み折れる度に大して見分けのつかないこれらは何も変わらない同じモノなのだと実感する。


 枯草と人の違い…なんだろう、せいぜい臭みを出すぐらいか。


 (いや、案外このキツイ匂いが人の本当なのかもしれない)


 娼婦の女は容姿だけじゃなく香水をつけて匂いまで着飾っていた。逆を言えば、香水を付けないそのままの匂いでは人は臭いということだ。この醜悪な香りは人の内なる部分から発せられた、その正体に違いない。


 「……」


 更に火の勢いを強めて二人分の死体を炭にすると、私は庭を抜けて隠れ家を出た。火の始末はしない。もう戻ってくる予定もなければ失って困るものもないからだ。


 また帝都に戻らなければならない。さて、あと何人殺せるかな。




―――

――




 「な、なんじゃと…!パーティの魔法使いを暗殺した!?」


 「ええ、いけませんか?」


 皇帝の私室で部屋主に問い詰められた勇者ルシアンは怪訝そうな表情をした。魔法使いアミラの容姿が英雄に相応しくないと判断したのは皇帝も同じ筈だ。彼には褒められこそすれ驚かれる理由が分からなかった。


 「ワシが言ったのは表舞台に立って代理となる人間を用意しろという話じゃ!魔王を倒した功臣を排除するなんてとんでもない!!」


 だが皇帝からすればせいぜい代役を立て、本人には言い含める分の金を渡して満足してもらえばそれで済ませるつもりだった。断られた時の代案も考えていたし、申し訳なさからできる限りの労いをするつもりだった。他にどうしようもなければ仮面を付けたまま振舞ってもらえればそれでよかったのだ。


 祝勝会のあの日、ティボーから話された内容はパーティメンバーである自分達が彼女には説明するのでその説得は任せて欲しいという旨だった。それがどうして暗殺などと言う血なまぐさい話にまで飛躍するのか、まさに牛刀で鶏を割くが如き強引さだった。


 「陛下、禍根を残すぐらいならその人間を殺すべきです。恨まれるような節があって、しかもその人物が魔法を使えるというのなら猶更です」


 皇帝は絶句した。彼の住む宮廷は大貴族達が陰謀を繰り広げる闘争の場であるから、余人を介しての殺人、政敵を取り除くよう命令を出したことは少ないながらも経験があった。だが、普通人を殺すという行為には幾つかの段階が有る筈だ。不満を表明し、口論を試みて、警告を発する。決別に至るまでの過程と、それに伴う躊躇がある筈なのだ。


 例えどんなに暴虐な人間であっても人を殺すには抵抗があるものだ。相手が自分の所有する奴隷であってもいたずらに殺せば品位に傷がついて悪評が立つし、常々勇ましいことを言っている軍人達ですら戦場へ赴く前は殺生の罪を許されようと神へ祈りを捧げる。しかし、目の前の男はそれらの前段階をすべて飛び越えていきなり殺しを命じたというのだ。しかもかつての戦友を!


 「な、何故そこまで…仮にもその者は仲間であったのだろう?怨みでもあったのか」


 「いいえ、強いて言えば必要を感じたからです。迷いは判断を妨げ、判断の遅れは死を招きます。魔王討伐にあたって“替え”が行われなかった役割(ロール)は彼女の就いた魔法使いだけですが、パーティメンバーへの愛着は誤った判断のもとになりますから」


 そうことも無げに淡々と喋るルシアンからは言外に代わりが効くなら構わないではないかといった生命への無関心さが伺えた。自分を含めてまるで命は替えが効くから命足り得るのだと言わんばかりに。


 (お、恐ろしい…)


 彼が語った話は判断の短絡というより戦場という不条理の場で気をおかしくした者特有の狂気が感じられた。今代勇者パーティの補充人数は11人出たと聞いている。単純に計算すれば一つの役割(ロール)につき2回近くの交代が出たということだ。それが負傷による戦線離脱か死によるものかは分からないが、どちらにせよこの男は夥しい屍を踏み越えて地獄から帰ってきたことは間違いない。


 皇帝は自分の呼吸が浅くなり、酷く動揺していることを自覚した。他人や己の生にもしも執着しない人間がいるのなら、そんな人間に対して権力とは如何程の価値を見出せようか。横には護衛の誓約騎士達が控えているが、もしも目の前のこの男が発狂すれば自分は一瞬で殺されるのではないか。そんな心配が脳に広がっていく。


 「陛下」


 「……!」


 ふと気がつけばルシアンは胸に手をやり跪いている。これは誓約騎士による忠誠を誓う姿勢だ。


 「代々皇帝に忠を捧げるフロスト家の末裔、このルシアン・デュ・フロストは皇帝陛下を守るための盾でありますれば…この身、御心のままに」


 いつの間にか油汗が出ていたこちらの内心を読み取ってか、ルシアンは平伏している。そうであった、貴族とは当代を生きる一個人でもなければ身勝手を許される市政の輩でもない。彼らは子孫代々の家名と領地、そして精霊との誓約を引き継いで生きる一族なのだ。その忠誠を翻すことは自身の破滅以上に家の凋落を意味する。彼の魔法は帝国の外敵を討つために発揮されこそすれ、帝国を害することはあり得なかった。


 「う…む…」


 何か気の利いた言葉をかけようとした瞬間、ドア前から慌ただしい足音と喧噪の声が聞こえてくる。ドアを開けたのは下級の兵士であった。


 「何事だっ!陛下の御前であるぞ!!」


 「ハッ、申し訳ありません火急の用にて!」


 「…構わん、何だ」


 威厳を取り戻すためにか些か低く声を出す皇帝。しかし続けて聞いた報告こそ皇帝を最も動揺させるものであった。


 「帝都南西市街にて戦士ガッド殿と何者かが交戦中!既に多くの市民が巻き込まれて死傷者を出しているとのことです!!」




―――

――




 「ささ、ガッド様…また一献」


 「おお、おお…!」


 娼婦の皮を被って帝都に戻って来た私はガッドの酌をしていた。勇者パーティに残っている戦士と勇者…ガッドとルシアンは、愛する彼女が居たティボーや妻子持ちであるブライアンとは違い特定の女を好かない所謂女好きだった。


 美しい女を装えばきっと寝込みを襲えると思って近づいたのだが、何故か風俗街で暴れていた所に出くわして思っていたより順調に近づくことができた。


 (このまま前後不覚になるまで酔わせてやろう)


 いかに熟達の戦士とて酔って寝てしまえばただの肉袋よ。以前ルシアン達と魔物を酒で釣って夜明けを襲ったことがあったが、剽悍(ひょうかん)の士を気取った狼人(ウルフマン)達が千鳥足で出てきて虫けらのように死んでいったのを思い出す。あれを再現すればいいのだ。


 「お前はいい奴だな、俺を怖がらないし話が合う!」


 「ガッド様はまさしく英雄ですから…ご相伴にあずかるだけでも光栄なことです」


 「ガハハハハハ!!英雄とはうまいことを言う、やはり女は愛想だな!!」


 仲間をしていた時にはあれだけ腹立たしかったこいつの馬鹿さが今は有難くすらある。私は更に機嫌を取る為に、奪い取った唇を耳に寄せていく。


 「私聞きたいですガッド様の武勇伝、戦場ではどんなご活躍を?」


 「おう!それはだな―――」


 ガッドの口から出た言葉は出まかせばかりだった。やれ魔王は俺が倒しただの、他の勇者パーティは雑魚だの、私がその場に居なかった人間だと思って好き放題言ってくる。


 「特にその魔法使いの女はブスの癖に長生きでな、早く死ねばいいのにと常日頃思っていたのにそう奴ほど長生きしていたぞ」


 「……」


 くそっ…この男を今すぐに殺してやりたい。だが我慢だ、こいつは誓約持ちで正面から戦うのは手間になる。何としてでも油断を誘わねば…。


 「…そうなんですね!きっとそのアミラという人は後ろで隠れているだけの卑怯者だったのでしょう!」


 「そうだ!俺が勇者パーティに命じられる前より居たが、勇者と同じく常に後衛に居たからな。戦場で長生きする奴は常に味方を盾にしているような連中ばかりだ」


 我慢、我慢だ…。


 「ところでガッド様は何時頃から戦場に?もっと魔物を倒した時の話が聞きたいですわ」


 わざわざ自分を詰る話題を続ける必要もあるまいと話題を変えようとしたその瞬間、ガッドの眉間に少し皺が集って不快そうな表情ができた。


 「…俺が戦地に赴いたのは1年半前だ。だが戦っていた長さが問題なんじゃない、何を成し遂げたかが重要なんだ」


 「そ、そうですよね!流石ガッド様!!」


 「……」


 なんだ…?さっきから嘘ばかりついていた癖に妙にこの話題に拘るじゃないか。


 「1年半でも戦場なんだ、その時間は他の何事よりも凝縮されて濃密なんだ。だから他の連中が過ごしている仕事なんて遊びのようなものなのだ」


 「へ……?は、はい」


 なんだか様子がおかしい。ガッドはまるで自分自身に言い聞かせるように偉大であることを強調してくる。相手を無視して、まるで急に一人芝居を始めたかのようだ。


 「他の連中が先に戦地に居たかなんて関係無い、俺の代で魔王を倒したから俺が一番強いのだ。俺が一番偉いのだ。なに、4年かかった計画だって最初から俺がメンバーに選ばれてさえいれば……。いや、仕方なかったのだ、あれは他にどうしようもなかったのだ…」


 様子がおかしい。情緒が不安定だし、ずっとブツブツ言っている。酒が効き出したのだろうか?それにしても妙な酔い方だ。


 「魔王は…俺が倒したんだ。そうじゃないとおかしい、俺が最強なんだから。俺は最強だから何でも許されるのだから…だから俺が魔王を倒したのだ。だから俺は卑怯者でも無ければ弱くもない」


 ひょっとしてコイツは嘘を付いている自覚が無くて、ずっと自己欺瞞を繰り返しているのか?


 「……」


 「ガ、ガッド様…?」


 数分は喋り続けただろうか、最後にガッドは黙ってしまった。


 (相槌だけでも返さないと…)


 そう思い愛想笑いを作ると、突然目をカッと開いたガッドが睨みつけてきた。


 「今俺のことを笑ったか?」


 「え…?あ、いえ」


 「笑ったよな、笑ったよ」


 「と、とんでもございま―」


 「ふざけるなッ!メスブタァーッ!!」


 「ガッ―!?」


 右アッパーを左脇腹に食らい、借宿の壁を突き破って一気に2階から1階隅まで吹き飛ばされる。視界が反転し、何人か他の客も巻き込んだようだがまぁそれはいい。酒瓶のガラスや木材の破片やらが突き刺さって全身が滅茶苦茶痛い。


 (ぐがっ…!!へ、変装がバレてたのか…?!)


 痛みで変装の魔法が解けてしまい素顔が晒される。だが、それを見たガッドが作った表情は驚愕だった。


 「お前は…ブスか!?貴様生きておったか!!」


 つまりコイツはたまたま私を殴って変装を暴いたということか?なんだそりゃ…!!コイツマジで頭がおかしいんじゃないのか…!?


 「ダハハハハハハハハッ!!丁度殴る相手が欲しかった所だ、死に腐れッ!!」


 ガッドが興奮からか真っ赤な顔のまま誓言を唱え始める。不味い、肺を殴り潰されたから今は声も出せないし体も動かせない…!


 『座礁は徒手にてパンジャンタン!今こそ賢しらは罪と知るべし!!』


 誓言と共にガッドは金色を身に纏う。彼は精霊ダビを象った全身鎧を一瞬で着込み、その絶対の暴力を引き下げて世に顕現したのだ。


 闘争の夜が始まる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ