第5話 帝国の尖兵たち
勇者パーティとは何か?極限まで質的戦力を磨き上げた暗殺者集団である。
「どっせい!!!」
戦士ガッドが自身の2倍はある巨大な甲虫を一刀両断にする。自らの甲殻に絶対の自信があった彼は、バターのように切り裂かれる己のプライドを知って絶望と共に死んだ。
「シャッ!」
大振りに隙を見た近くの小鬼達が突出したガッドを襲わんとする。命を捨てた相討ち覚悟の特攻突撃、3匹の内2匹が死んでも残る1匹が首を断てれば良いのだ。いくら怪力無双の彼とはいえ、死角から砲弾の如く襲うこれを受ければひとたまりも無い。
「ふんっ!」
だが、決死の特攻は風の前を舞う塵のように跳ね返された。騎士ブライアンが風魔法と共に大盾にて防いだのだ。体勢を崩して地面へ転がった小鬼達はペキンペキンと子気味のよい音を立てて彼に頭蓋を割られていく、まさしく芥のように。
「~~~ッ!!」
夫や兄弟を目の前で屠殺された弓小鬼が激昂して矢をつがえる。張り詰める弦は仇の撃滅を夢見させる…が、魔物側の攻撃はまたしても失敗する。
「痛いか?うりうり、うりうりうりうり…!!」
「ガッ…ギ、ガ…ッ!!」
音もなく、影も無く、突然背後から現れたティボーが『後背からの一撃』で弓小鬼の肺をナイフでズタズタにいじくり回す。
「アミラ、あと30秒後にそれを撃て」
「…今すぐにでも撃てるよ?」
「いや、なるだけ多くの魔物を引き付けた後に光景を見せつけてやるんだ。目の前で魔王が死ねばそれだけで後の始末も楽になる」
「了解」
目の前で悠々と大魔法を唱えるアミラに必死になって魔物達は突撃していくが届かない。前衛となるガッドとブライアンに阻まれて牙は届かず、それらを廃そうとなんとか手傷を与えても僧侶メアリーの回復によって傷が瞬く間に癒えていく。ならば長距離からと魔法を唱えようとする魔物は片端からティボーによって刺殺される。
「……」
ルシアンは思う、戦いとは始まる前から終わっているのだ。斥候であるティボーによって魔物達の配置やある程度の戦力は事前に調べ上げられているし、『肉体強化魔法』によって強化されたガッドとブライアンによる前衛も崩されない。連戦による損耗もメアリーによって生じていないし、敵の魔力を奪えるアミラに魔力切れは無い。本来流動的である筈の戦場に於いて、どこか作業の感すらあった。
人間と魔物の戦闘能力は隔絶しており、この差を埋められるのは代々魔術を扱える貴族達と突然変異で魔力を持って生まれてきた一部の者達だけである。彼らを中核とした少数精鋭による「指導者殺し」が最も魔物達を退けるのに効率が良く、実のところ勇者パーティとは歴史によって研磨され続けた暗殺の伝統なのである。
(一つ一つの戦いには勇と鍛え上げた肉体によって勝敗を決する場もあろう。個々人の中には己が力量のみで戦場の趨勢を変えられる英傑も居ろう。だが帝国の、人類の、外敵たる魔物を処分する為にやってきている俺たちに英雄譚も名乗りも必要ない)
ひたすらに殺戮の為の合理性を追求する勇者ルシアン。彼は彼だけが扱える特殊な魔法によって、戦術に対する理解の次元が同時代の人々と比べて頭一つ抜けていた。
「ガッド!ブライアン!射線を空けろ、アミラに撃たせるぞ!!」
職能によって徹底した分業が一個の戦術機械を生む。全にして一、一にして全。前衛が左右に掃けた瞬間、アミラが放った超長射程の光線が魔王を陣幕ごと焼き切った。完全な連携によって意表を突かれた魔王は相手の顔を見る間もなく消し炭にされたのだ。
「ダッハッハッハッハッ!見たか魔物共!!」
「おお…!」
「やった…!魔王暗殺成功ね…!!」
「暗殺って呼んでいい殺し方かは知らないけどね…ニヒヒッ」
「……」
自らの首領が一撃で殺された現実に絶望してか、魔物達は蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。勝ったのだ、ルシアンはさっさと己の魔法を解いて後処理を始める。
「ルシアン?」
「…いや、何でもないさ」
誰よりも戦場を管理しているからこそ分かってしまう。指揮官たる自分が勇者パーティの中では最も戦いに貢献していないということに。自分を愛してくれるメアリーにすら理解されない孤独と劣等感は、結局最後まで晴れなかった。
―――
――
―
「それでな、この角は魔王を倒した時の戦利品なのだ!」
「は、はぁ…すごいですね~っ!」
事が済んだ後もガッドは娼館に居座った。複数の娼婦を横に侍らせてもう何時間も自慢話を聞かされている。最初は勇者様の相手ができると喜んでいた娼婦たちも、今ではすっかり愛想が尽きたのか返答がぎこちない。
(一体いつまで居るつもりなんだ、この獣のような男は…)
ニコニコ顔の裏で支配人はガッドに辟易していた。勇者の風評を下げたくない皇帝の思惑で口止め料を含んだ多額の報酬を既に受け取ってはいる。が、貴種の生まれと聞くガッドはそれを疑いたくなる程に粗暴であった。
女が気絶するまで乱暴な抱き方をするのは当たり前、酒を飲んでからはトイレだろうがフロントだろうが所かまわず乱交するものだからもう店の中は無茶苦茶である。肉体は勿論、気品も話術も備えて男たちを喜ばすことに一流たる自慢の高級娼婦達がもう何人も潰された。この手の客は用心棒によってつまみ出すのが一番なのだが、ガッドは帝国一の戦士なものだから止めようが無い。やりたい放題である。
「だからな、お前もこんな所で体を売るよりもっと国のためになる仕事に就いた方がいいぞ?俺のようにためになる仕事をだ…反省しなさい」
「そ、そうですね~!ためになることしたいですぅ~ガッド様すご~い!」
いけない、娼婦たちの我慢が限界を迎えて額に青筋が浮かんできた。彼女達に風俗で説教おじさんと化した英雄の相手をするのはもう無理だ。だが替えの娼婦がもう居ない。
「ああ、勇者パーティでも殆どの魔物は俺が倒したのだ。俺が一番強く、偉いのだ」
「え~!それなら~、魔王を倒したのもガッド様だったりするんですか~?」
「…何?」
それは疲れから出た何気の無い相槌だったのかもしれない。意趣返しとまではいかなくても、心の中で馬鹿にして、後で女たちの愚痴の種になる程度の、そんな小さな問い。
「…魔王を倒したのは俺じゃない、同じパーティだったブスの魔法使いだ」
その瞬間、僅かにガッドの声が低くなったことを別の娼婦は感じ取った。だが、今話している若い娼婦はそれに気が付かず高い声音でその相槌を打ってしまった。
「え~~~!そうなんですね~ガッドさんじゃないんだ~!」
文言だけを見ればただの相槌、ただのオウム返し。しかし、僅かに喜色を含んだその返答は内心の侮蔑を滲ませてしまっていた。ほんの少しの未熟、落ち度と呼ぶには小さな失点、少なくとも結末を知っていればこれを罪と呼ぶにはあまりに不釣り合いなのだ―――
「黙れーッ!!!」
「えっ…」
―――何故なら、因果の代償は命であったのだから。大きかった彼女の胸は心臓ごと潰されてぺしゃんこになってしまった。
「ん、んぶぅ…!!?」
「嫌あああああっ!!」
他の娼婦や支配人が逃げた後も逆上したガッドは死体を殴り続ける。幼稚で、単純で、原始的な、しかし最も純粋な衝動のままに暴力の嵐は振るわれた。
『男性』性の最大の象徴とは暴力である。戦士ガッドはまさにそれを体現しながら己の叫びを世界に轟かす。
「俺が最強だ…!誰よりも、何者よりも俺は強いのだ…っ!!」
更新情報 2021/1/28 後続作品と整合性をつけるためにゴブリンメイジをゴブリンアーチャーに変更