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第4話 皮と肉、骨髄至らず(後編)


 「あっ…おはよう、ティボー」


 「おはようじゃねーよ、昨日はずっと部屋で待ってたのに何してたんだオメー」


 「あうっ」


 額にピシャリとデコピンを受けると、ミリアはアクアブルーの目をうるうるさせて痛がった。帝都にきたばかりで疲れてうっかり寝てしまったという旨の言い訳を聞きながら2人で朝食を食べる。


 (まぁ、昨日の今日だしな…寝ちまったのは俺も一緒だし、人のことは言えねーか)


 野菜炒めをつつきながら向かいに座るミリアを眺めていると、ふと強烈な違和感を感じた。


 「お前…その野菜食べられるようになったのか」


 「えっ…!?」


 違和感の正体はミリアの好き嫌いが治っていたことだった。子供の頃の彼女はその野菜の食感がどうしても受け入れられず、親の仇のように嫌っていたのに今目の前でパクパクと食べている。


 「ま、まぁね…いつまでも子供じゃ駄目だから…、ティボーに頼ってばかりなのも…やめにしたいし」


 おずおずとそう言うミリアを見て、ティボーは感動で鼻がツンとしてくる。彼女からすれば何気なく言った言葉なのかもしれないが、昔ながらの変わらぬ克己心が感じられて尊く思えたのだ。


 「…?、どうかしたのティボー?」


 「……何でもない。せっかく帝都に居るんだ、今日は色んな所に連れてってやる」


 二人が食事を終えて席を立とうとしたその時、外から血相を変えた男が宿屋に飛び込んできた。何かをしきりに叫んで宿主に伝えている。


 「た、大変だ…っ!そ、そこの…2つとなりの路地裏で人が殺されてるっ!!」




………

……




 「や、やめようよ…死体を見るなんて縁起でもないし…気持ち悪いよ…。食べた後なのに吐いちゃうよ…」


 「ヒヒヒ…いいじゃねぇか面白そうだし、嫌ならミリアはそこで待ってろよ」


 「う、うぅぅぅ…」


 道横にできている人だかりを見つけて、ティボーはぐんぐんと中へ進んでいく。治安が徹底されている帝都で殺しは珍しい。一目だけでも見ようと好奇心のままに野次馬を掻き分けていくと、死体を検死する兵士達に囲まれたそれ(・・)が見えてきた。


 (…なんだありゃ)


 真っ黒な人形のような死体がそこにはあった。皮膚の表面は頭から足の先まで隙間なく黒ずんでおり、血が焦げて変色したものも混じってか、四肢の先端が腕の皮膚と共に赤くただれている。服装も髪型も残っておらず、一見男か女かも分からない。


 人形のようにと形容したのはそれが普通の人間より小さく削れて見えたからだ。そう、多分これは元から小さな子供の死体ではない。体の表面を何かでこそぎ取ったような、至る所に不思議な凹凸があって掘削の結果小さくなっていることを感じさせた。


 (見たことねぇタイプの死体だな)


 ティボーは魔物と戦ってきた経験上、元の形を残さないで殺された人間や奇形となった人間をこれまでに幾度となく見てきた。首を頸椎ごと剛力で引っこ抜かれ、シルエットが上下対称になった二ケツ人間、全身の骨を折りたたまれて蹴り玉にされていた球人間。魔物は人間を捕虜に取るとそれで遊ぶ(・・)ため、前線で変死体を見てきた数には自信があった。だが、そんな彼にもどうやってこれができたのかは検討がつかない…そんな奇妙な死体だった。


 焼死体なら街中で丸焦げというのはおかしいし、死体が掘削されている意味も分からない。まさしく変死体であった。


 「ティボー!」


 「悪い悪い、もう行くよ」


 最期にちらりと横目で股間部を確認する。付いていない、女だ。


 (ハッ、誰が死んだかは知らないが、あそこまで醜くなったら女失格だな)


 そう心の中で辛辣に吐き捨てる。彼は身内以外には何処までも酷薄であったが故に。




―――

――




 その後は二人で帝都の観光を楽しんだ。久しぶりに会ったミリアは自分の知らない面を沢山持っていて、見てない所で成長したんだなぁと話していて新鮮な気持ちが何度もした。楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば日が落ちかけている。


 「えへへ~ティボー!」


 「おいおい、そっちはあぶねぇぞ」


 酔ったミリアは千鳥足でくるりと一回転したかと思うと、そのまま路地裏へと入っていく。夕陽に照らされた彼女は美しくもどこか儚げな印象を与えてくる。


 「ここなら二人きりだね」


 「お、おい…」


 心配で路地まで追うとミリアは体を預けてくる。やけに今日の彼女は積極的だ、寂しくさせた分甘えているのかもしれない。


 思えば魔王を討伐しに行って暫く顔も見せられなかったのだ、随分心配をかけたことだろう。宿までそう遠くも無いが、求愛の姿勢を見せる腕の中の彼女が今は愛おしい。


 「ティボー…一つだけ聞いていーい?」


 「ん…なんだ…」


 「私が入る前の魔法使いの人…今どうしてるのかな?」


 「あ…?」


 互いで互いの体を(まさぐ)りながら出る疑問にしては随分と不自然なものを聞く。不審に思ったティボーは疑問を疑問で返す。


 「何でそんなことを聞く」


 「いいから…私のせいでその人の役職(ロール)を奪っちゃったんじゃないかって心配なの」


 「…別に問題ないさ、そいつは望んで役職を降りたんだ」


 彼女を傷つけまいとする優しい嘘。だが、それを聞いたミリアは声音を変えて、股間に触れていた手を止めた。


 「ば~か」


                ◇


 「ぐああああぁ“ぁ”ぁ“っ!」


 「ニヒヒッ…!」


 激痛を感じたのか辺りに突如響く悲鳴。内臓に連なる男性器を引っこ抜きながら燃やされたのだから痛かろう。私は右手の小汚いものをゆっくりと時間をかけて焼却する。


 「なっ?なぁっ、痛っ、なんっ…でっ…!?」


 「まだ分からねーのか、このマヌケ」


 『皮被り』の魔法を右半分だけ解いて素顔を見せる。美女の表皮が剥がれ落ちて中から現れたのは、ティボーにとって見覚えのある醜い顔だった。


 「なっ…!!お、お前は…アミラ!?」


 「ば~か」


 現勇者パーティの元魔法使い担当、数多の魔物を絞り殺し続けた通称『緑眼の魔女』がそこにはいた。


 「そ、そんな馬鹿な…顔も体型も…俺がミリアを間違える筈が…」


 もはや衝撃による現実逃避の類なのだろう、ティボーは必死になって目の前の現象を否定しようとしている。私は面白くなって少しずつこの男に現実を教えてやることにした。


 「そらっ!」


 胸パッドにしていたそれ(・・)を左胸から掴み取ってべしゃりと地面に投げ捨てる。盗賊の役職を冠していたティボーには夜目が効いてそれが何なのかハッキリと見えたことだろう。私の胸を模していたのは、女の胸をこそぎ取った本物の乳房そのものなのだ。


 「……っ!!!」


 「この胸も、顔や体の皮も、本人から剥いだものだよん。いや~いつ気が付くだろうってずっと楽しみにしてたのに、まさか言われるまで気が付かないとはね」


 変装した私の発言に何度か不審そうなそぶりは見せていたが、結局最後まで気が付かなかった。となると、昨日殺した女はティボーから外見によって中身を判断されていたということになる。これでは殺された女も浮かばれないというものだ…まぁ、殺した私が言うのもなんだけど。


 結局推察とは主観による『解釈(後付け)』であって、本質も外皮以上には語り得ないものだ。富める者と貧しき者が「人の生は金銭で決まるものに非ず」と同じ発言をして、本当に同じ意味に捉えられるか?「人間は容姿ではなく心で決まる」という同じ発言を美人とブスがして、全く同じ意味に捉えられるか?捉えられない。そこには当事者によってもたらされる内容に偏りが生まれる。少なくともその言葉を受け取る側の心の中で、偏見という名の趣向や性感帯によって真実が歪められる。


 美は善にして醜は悪。美しい女は何処までもヒロインであり、醜い女は何処までも性悪として扱われる。神話、民話、おとぎ話、古今東西語られてきた寓話の中で醜い男が活躍する話はあっても、醜女の居場所なぞありはしない。同じ敗者であってもミリアなら手弱女ぶりと形容されて、私は負け犬…否、成敗された(・・・・・)負け犬と称されるだろう。


 実際今日の私は演技なんて殆どしていない。聞き出した過去から多少の整合性は取り(つくろ)ったが、以前ティボーの前では醜い醜いと言われ続けていた普段の行動を、この顔でしてみたら評価は真逆であったのだから笑わせる。もしティボーが愛した箇所が内面であるというのなら、今朝宿前に置いてあった死体に縋りついて泣くべきであった。そうでないのだから、やはり薄皮一枚に恋をしていたのだ。


 真実、私は彼を愛の幻想から目を覚まさせてやった。自分のやさしさに目頭が熱くなるな?


 「……ッ…!」


 痛みと絶望からかティボーがダンマリになってしまった。つまらないので適当に挑発する。


 「あの馬鹿女は死ぬ時までお前の名を呼んでいたよ、ちぼ~っ、ちぼ~っ、助けて~!ってな。適当な『消音魔法(サイレント)』を打ち消せもしねぇで、自分の魔法が通用しねぇことにも絶望して、聞かれた過去もペラペラと喋って、ピーピーと(かしま)しく鳴いていた所を羽虫のように殺してやったわ」


 「……」


 ティボーは苦悶の顔を浮かべながらも襲い掛かっては来ない。腐っても勇者一行、流石に挑発には乗らないか。瞬時魔力を収束させたかと思うと『透明化(インビシブル)』を使ってスッと姿が闇の中へと消えていく。このままでは不意打ちされるか、そうでなくとも逃げられてしまう。


―――だが、


 『銀の海より授かりしは収奪の瞳…緑眼よ、今開かれん』


 「―っ!?」


 誓言を唱えて威力を増した風魔法が辺り一帯を包む。私は被っている皮と乳房を血になるまで握りつぶして空中へとばら撒いた。


 「ぐおっ…!!」


 姿が消えても存在を無くせるわけではない。空中に放たれた血の雨はティボーを染めてその居場所を明らかにする。


 「死んだ恋人の血で洗われて姿を現す…ロマンチックね?」


 既に全身へと掛かっている『肉体強化魔法(バフ)』を掛け直し、闇の中を疾駆する。掌底にて態勢を崩させて下がった顎を殴り割る。不意打ち以外で不覚は取らぬ故、用は一発で済んだ。




―――

――




 「……っ!!」


 「あ、目が覚めた?」


 帝都郊外にある私のセーフティハウス。全裸の状態で椅子に両手足を縛ってはいるが、怪我も回復魔法で治している。引っこ抜いた股間部も修復しており、至れり尽くせりだ。


 「何故殺さない?」


 「……」


 彼の当然の疑問に私は答えない。背中を向けて意識が戻った時の為に準備していた器具を取りに隣の部屋へ行く。


 「…なぁ、一つだけ聞かせてくれ。他人の皮を被れるなら何で今まで被らなかったんだ?新しく覚えたのか?元から使えたのか?」


 「ん…元から使えたよ」


 「じゃあ何でこれまで使わなかった…?」


 「矜持があったから」


 「矜持…?」


 「そう、もう無いけどね」


 鈍く光る鉄のトンカチを握る。赤錆まみれのものを使うか少し悩んだけど、楽しみは取っておくもんだ。


 トンカチと、それで叩きやすいように金玉を乗せるための台を部屋へと運ぶ。一目で生かされている意図を察してか、ティボーは絶叫と共に椅子を揺らす。彼は開脚された状態で縛られているのだ。


 「やめろおおおおぉぉぉ!!こんなことして何の意味があるんだよっ!!!」


 「……?、私がやりたいからだけど?」


 その後のティボーは泣いたり謝ったり狂ったり黙ったり。金玉が潰れる度に回復魔法で修復しては潰すことをひたすらに繰り返す。


 「人の悪意を舐めるな」


 その晩、トンカチの音が止むことは無かった。


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