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第1話 パーティ追放 ~その女、ドブスにつき~


 「(おもて)を上げよ」


 魔王討伐を祝う祝勝会も終わり頃、勇者パーティ一行は直接労いたいという皇帝陛下に招かれて謁見を許されていた。


 帝国全土を統べる権力者に跪くのは私を含めた男女の6人。しかし、皇帝の後ろに控えていた女がふと異常に気がつき不服の声を上げる。


 「そなた、謁見をしているのに何故仮面を取らぬのです。皇族を前にして無礼ではないですか」


 声を上げたのは皇帝の一人娘である姫様。気品あるがどこかヒステリックな上擦った声で、仮面を付けていることを咎めてくる。だが、このまま脱げばまず間違いなく一層の不興を買うであろうと思った私は一応の弁明をする。


 「はっ…申し訳ございません。恥ずかしながら私は大変な醜女(しこめ)でして、陛下の御前に穢れた顔を晒すのも忍び難く…」


 「フン、下らん。顔一つで余の機嫌が変わるとでも?さっさと外せ」


 呆れたような声音で皇帝がそう促す。権力者にそう言われては仕方がない。恐る恐る仮面を脱いだ瞬間、会場の空気が一変する気配を感じ取った。




―――

――




 「なっ…!!」


 「まぁっ…なんて汚らわしい!」


 あばた顔の皮膚、骨ばった頬、ただれた目元に腫れた唇、身だしなみとして整えられた長髪が顔を覆ってることがむしろコントラストとなってその醜さを際立たせている。人とは思えないその醜悪さは直視するだけで目が腐り落ちるのではないかと見る者に錯覚させた。


 要するに、仮面の下から現れたのは想像を絶するドブスの顔だったのだ。


 魔法使いアミラのあまりの醜さに周囲がドン引きする中、その様子を見てゲラゲラと笑う一団がいる。彼女が所属する勇者パーティだ。


 「だーひゃっひゃっひゃっ!!だから言ったんだよ、魔王を始末した後コイツも一緒に殺すべきだったんだよ!!」


 「ああ、魔物だってここまで醜くはないさ、フフフ…」


 「ちょっとやめなよー、可哀そうじゃーん…プッ!」


 盗賊ティボー、勇者ルシアン、僧侶メアリーが順に喋って馬鹿にする。同じパーティメンバーである彼らにはアミラを助けようという想いは一切ない。


 魔物は数十年に一度活性化し、その度に帝国領へ侵入してくる悪鬼邪悪の集団である。その大敵を討伐するために帝国全土から選出される精鋭部隊を人は勇者パーティと呼んだ。人類の剣盾を代表し、希望の存在となる彼らは純粋な戦闘能力やパーティ内での役割(ロール)のみを問われて集められているため、しばしば人格や品性が下劣な者でも資質さえあれば選ばれた。


 「うおおおおおおおおおおおッ!!」


 「ガフッ…!」


 横腹に思いっきり突進を受けてアミラは吹っ飛ぶ。魔法使いである彼女は枯れ枝のような体で必死に受け身を取ろうとするが、勢いを殺しきれず部屋脇で食事を載せていた膳台に突っ込む。


 「…カハッ!」


 「お前ェ!お前が陛下や姫様の前に汚い顔を出したせいで雰囲気が悪くなったじゃねーか!!どうしてくれるんだよオイ!!」


 そう吠えるのはパーティの切り込み役である戦士ガッド。彼の頭からはアミラが皇帝に顔を晒す前に一度断っているという事実は既に忘れ去られている。その場の雰囲気のみで判断し、単純な快不快でアミラを襲ったのだ。


 「……」


 パーティの盾であり、最年長でもある騎士ブライアンは唯一この蛮行を見て顔をしかめている。だが、彼には止めることが出来ない理由がある。ガッドを抑えるだけの力量が足らないのではない、例え上辺だけでも皇帝を不快にさせた罪を咎めるガッドを止めれば、それは少なからず皇帝の不興を買うことに繋がるかもしれない。それは帝国に忠誠を誓い、帝都の膝元に妻子を住まわせる彼からすれば非常に(はばか)れる行いであった。


 「反省しろ!ブスでごめんなさいと謝れ!!」


 罵倒を浴びたアミラは理屈も何もない言葉に逆上し「この場でぶっ殺してやろうか」とも思う。残飯に埋もれた半身で反感のまま呪詛を唱えかける。しかし…


 「へ…へへへ、ブ、ブスでごめんなさい…」


 声になったのは本心とは裏腹の卑屈な言葉。落ち着け、ここでコイツを殺せば全てがおじゃんだ、馬鹿にされるのは私の日常じゃないか。報奨金が貰えるまであと少し、あと少しだけ我慢していればいい。アミラは心の中で自分にそう言い聞かせると頭を下げて謝罪の姿勢を見せる。


 「まぁ…なんて惨めなのかしら、勇者一行は帝国の剣に相応しい栄誉ある方々と聞いていたのですがあんな人もいるだなんて…」


 「そうでしょう?私も道中で何度も小鬼(ゴブリン)と間違えかけましたよ。もう目が腐りそうで腐りそうで…でも、今夜貴方と出会えてよかった。美しい白薔薇を一目見れば穢れた心も洗われる。行軍で疲れ切った気も癒されるというものです」


 「あらあら、お上手ですこと…ウフフ…」


 「ムッ」


 露骨にアミラをダシにした話題で姫に近づこうとする勇者ルシアンと、それを見て妬くような素振りをみせる僧侶メアリー。痛みで喘ぐアミラは横目に見て心の中で悪態をつく。こいつ等は私のことを路傍の石程度にしか思っていないのだ。膨れ上がる殺意を必死に抑えながら低姿勢のまま従順に振舞う。


 「むぅ…、しかし勇者一行にあそこまで容姿が劣っている者が居るとは知らなかった。これが帝国市民に知れ渡るのは少し不味いのう…」


 「へへっ…陛下、その件なのですが…」


 「…何?それは渡りに船じゃのう。どれ、向こうでもう少し詳しい話をしようではないか」


 何かに悩む皇帝に耳打ちをする盗賊ティボー。何を話しているのかは気になったが、トドメとばかりに蹴り上げられた戦士ガッドの攻撃を最後にアミラの意識は途切れた。




―――

――




 「そ、そんな馬鹿な!私は確かに勇者パーティの一員です!!」


 後日報奨金を受け取る為に帝都政庁へ出向いた私は愕然とした。既に勇者パーティ内から自分の存在は抹消されており、報奨金も受け取られた後だというのだ。


 「そう仰られましても…こちらの記録では間違いなく報奨金は支払われておりますので…」


 官吏に魔王を倒した証拠として戦利品や強力な魔法を見せても暖簾に腕押し。祝勝会で会った王族にも合わせてくれと掛け合ったが、そんな身分知らずの願いに応じてくれる筈も無く、仕事の邪魔をするなと追い出されてしまった。


 (そんな…嘘…嘘だよ…これは夢なんだ)


 ショックで気が狂いそうだった。ここ数年間重病である母親の治療費を稼ぐその一心で帝国軍に従軍し、魔法を磨いてきた。醜い容姿のせいで人からは大いに疎まれたが、幸い魔王出現の脅威から能力主義を採用して集められていた勇者パーティの一つに滑り込むことができた。


 そのまま帝国軍にいるよりも遥かに命の危険と隣り合わせであることは知っていたし、実際他のパーティメンバーは死亡や四肢の喪失で何度も入れ替わっている。それでも多額の報奨金が魅力的だったのだ。


 だが、それももう無くなった。


 絶望で座り込みたくなり、人気のない路地裏に入る。そのままフラフラと歩いていると、唐突に後ろから声がした。


 「おい、ブス」


 その聞き覚えのある声に反応しようとした瞬間、全身を強烈な衝撃が襲った。


 (『後背からの一撃(バックスタブ)』…!!)


 背中から突き刺さった小刀が貫通して赤黒く濡れているのが見える。自分の体から刃が生えているという奇妙な光景に戸惑うが、瞬時火が付いたような激痛が全身を駆け巡り、考えることも息をすることも出来なくなる。


 「ガ…う…ぁ…!」


 「オラァッ!!」


 背後で動く影は身動きの取れない私に足払いを放ち、転ばせて下がった頭が踏みつけられる。無駄なき洗練された神速の動き、見覚えのある必殺の動作。


 「グ…ッ!」


 「よう人間モドキ、もう二度と会いたくなかったぜ」


 (ティボー…!!)


 声の主がパーティメンバーだと分かり困惑した。彼から嫌悪されていることは知っていたが、それでも今代魔王を共に討伐した仲間なのだ。幾ら何でも殺されるいわれなどある筈が無い。


 「何で殺されるかわかんねーって顔してるな?いいぜ、冥途の土産に教えてやるよ。皇帝はお前があまりにブス過ぎて帝国の象徴には不向きだと判断したんだ。お前の後釜の魔法使い役だってもう決まってる。まぁ俺の恋人なんだけどな!ダッハッハッハッハッ!!」


 「なっ…!」


 勇者パーティは国家が産出する一事業。勇者、僧侶、騎士、戦士、盗賊、そして魔法使い。帝国創生神話に登場する6人の英雄になぞらえて勇者一行は最小の戦闘単位でもって最効率の破邪を為す。必然彼らは帝国人を象徴する存在として扱われ、戦いの後も凱旋、祭事、演説等々の式事で重要な政治的役割を担うことになる。


 神代の英雄と同一視された勇者を目の前にすれば、それだけで民衆は勇気づけられ臣下は忠誠を誓う。人々は憧れの存在に街中で一声かけられるだけでも日々の苦役を忘れて心の安寧を得られるのだろう。その影響力は多岐に及ぶ。


 だが…


 「もう魔王は居ない!お前みてぇなブスの魔力バカより、飾りでも美人な女がパーティやってる方が世のため人のためになるってもん…よっ!」


 「あ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“っ…!!」


 喉仏を踏みつぶされて虫の羽音のようなかすれた声しか出せない。元より人気の無いこの場所でどれだけ大声を上げても誰も助けには来ないだろうが。


ニタニタと笑うティボーは乱暴に髪を掴むと耳元に口を寄せて残酷な真実を囁いてくる。


 「お前が貰う筈だった報奨金な…アレ、お前以外のみんなで山分けしたんだぜ」


 「っ…!」


 「ヒャハハハハハハハハ!!そうだ、その顔だ!お前のその絶望した顔が見たかった!!」


 興が乗ったティボーはアミラの体をかかとでゲシゲシと踏みつける。貧弱な体は一発ごとに骨が折れ、悲鳴と共に周囲へ血反吐をばらまいていく。


 「ブライアンのおっさんはノリが悪いだろうから誘わなかったがな、発案はルシアンでメアリーも賛成、俺も自分の女を英雄にして喜ばれるんだから万々歳、皇帝も勇者パーティからブスが消えるんだから願ったり叶ったりってわけだ!お前の死を皆が望んでいるんだよ!!」


 「あ…う…あぁぁ…」


 視界がぼやける。涙が出たのだ。恐怖に、怒りに、悔しさに。


 確かに私は醜かったかもしれないが、だからと言ってここまでのことをされる理由になるのだろうか?今まで母を治すために必死に働き、帝国に忠誠を誓って人々のために数多の死線を乗り越えてきた。なのに、その結果がこれなのか?


 相手が醜ければ容赦なく乏しめる。魔王討伐という目的さえ終われば用済みだと功労者でも暗殺する。お前たちは私のことを醜い醜いと言うが、お前たちの心の方が余程醜いではないか。


 これからの平和な時代に相応しいのは、実を備えた醜い者より虚実の美しき者の方が相応しいとでも?目には見えない内面は問われず、外面のみを見て人は象徴にすると?


 (それじゃあ…誠実さって何なのよ、何の意味があるのよ)


 信じていた価値が否定され大粒の涙を流し続けるアミラだったが、ティボーはぐじゃぐじゃになって更に醜くなったアミラの顔を見てより一層の嫌悪感を覚えた。よし、早く殺そう。


 「女は美人じゃないと生きてる価値が無ェんだよ!!ブスは死ね!身の程を弁えて死ぬ腐れ!」


 「ガッ、あああああああああああっ…ゴフッ!」




―――

――




 数分間かけて全身をメッタ刺し、穴だらけになった体中から夥しい血が流れる。トドメとばかりに喉を掻っ切ったのを最後にアミラは動かなくなった。


 「はぁ…はぁ…」


 ティボーは愛用のナイフから血を拭うと、息を整えた後動かなくなった肉塊に唾を吐く。


(ルシアンからは確実に殺せと言われたが…こんだけやればコイツだって生きてるわけねぇわな)


 『透明化(インビシブル)』を使い音もなく彼は消える。後に残されたのは憐れな死骸のみ…間もなくネズミとカラスに食い荒らされ、白骨が見えてからは蛆が腐肉を食い荒らすであろう。魔法使いアミラは人知れず死んだ。


 「……ご、ごふッ!ハァッハァッ…!ゲホッ…!!」


 …かに見えたが、生きている。『肉体強化魔法(バフ)』を使って急所を防ぎ、致命傷は回復魔法で気取られないように治していたのだ。死んだフリには慣れていた。


 それでもなお激痛が走る体を引きずり、血と泥の中を彷徨い続ける。生とは辛く、苦しいもの。受け入れてしまえば楽になれる死を拒絶し続ける。


 死ぬわけにはいかない、ここで自分が死ねば残された母はどうなるのか。諦めるわけにはいかない、最愛の人の命を背負っているうちは。


 だが、アミラは気づかない。泥を掻き分けるその手が怒気を含み、乱暴になり始めていることに。アミラは気づかない、心の奥底でどうしようもなく悪意の報復を望み始めていることに。


 夕闇の中でアミラの瞳が怪しく光る。復讐の『緑眼(グリーンアイズ)』が目覚めかけていた。



更新情報 2021/1/28 後続作品と整合性をつけるためにゴブリンメイジをゴブリンに変更


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