5話
王子たちは別の部屋に移っていた。あの部屋はもうこの世から消滅し、今は窓のある美しい部屋となっている。
王子たちの居る部屋は先程の部屋より数倍広く、窓についている遮光布は開かれ、注がれる月明かりが部屋を隅々まで照らす。窓から見える月はその姿の半分も収まっていなかった。
窓を右側に王子たちは横列に立ち並ぶ。ラファは王子たちの中で一番窓から遠い場所に立っていた。その隣にジュジュが、横には寄り添うようにイーシェが居る。
ジュジュの手には何も無い。握られていた人形は前の部屋に置いていき、この世から消え去っている。そういう決まりなのだ。
二人の右斜め前にはダン、少し間を空けた隣にサラが居り、さらにその隣にタユタが居る。
タユタの斜め後ろにはルカとエルが手を繋いで立っていた。そして窓際に一番近い所にテイトが立っている。
前方には中立者と審判者、裁定者の三人が王子たちと向かい合う形で立っていた。
そして扉のある壁側、つまり王子たちの左側には、その母たちが口元を黒い布で覆い隠し暗い色の衣装を見に纏い、壁にそって立ち並んでいた。
中立者の横には腰よりも高い石造りの灰色の台が置かれ魔法陣が描かれていた。その上に鏡を置き、鏡の上に魔法で水を浮遊させる。
水は声を受け取ると波紋を作り、鏡は水の姿を写す。王の部屋にも同様の魔法を施せば、何にも邪魔されることが無く声は伝わる。
古くから伝えられてきた声を隔てなく届ける一つの方法であった。
本来ならば王もこの部屋で継承の儀を見届ける筈だったが、内蔵が腐り始め虫の息である王には動く事が出来なかったのだ。
「これより継承の儀を行います。王子たちにはその真名を捧げて頂き、順位と新たな名を進呈致します」
母たちの、そして王子たちの緊張する空気がぐんと濃くなる。順位は中立者たち三人が決める物で、媚びや賄賂などは一切通用しない。三人以外はどの様にして決められているのかも知らなかった。
「第一王子」
それぞれの思惑に塗れた瞳は中立者を見つめていた。張り詰めた空気を中立者の声が震わせる。
「テイト・アーテル。前へ」
一拍の間。
それから、中立者の言葉に素直に従いテイトは前へと歩き出す。
その場にいた誰もが、そうなるであろうと感じていた。それ程までに、以前からテイトの噂は耳にしていたのだった。
テイトが中立者の前へ立つと、中立者の瞳から光が消え、元より薄かった存在感がさらに薄まる。目前にしているテイトでさえ、視線を外してしまえば居なくなったと思える程だ。
疑問を抱きながらもテイトは沈黙していた。中立者は右手を差し出しテイトの左肩に触れ言葉を紡ぐ。
「其方の真名テイトを捧げよ」
「仰せのままに」
「其方にアルファの名を与える」
「有り難き」
継承が終わると中立者はテイトの肩から手を離した。テイトは元の場所へ戻るべく身体を翻し足を一歩踏みしめる。そこで、奇妙な感覚が芽生えた。
テイト、という本来の名を覚えてはいるが自分の名であるように思えないのだ。気を抜いてしまえば忘れてしまえるだろう。
なるほど、捧げるとはそう言う事かとテイトは一人納得する。
「第二王子、」
テイトが足を止めると、中立者はその目に光を宿し継承の儀を進行する。
中立者が名を呼ぶ前に、エルはルカの手を離した。ルカは思わず声を漏らしそうになるのを堪え、不思議そうな表情で姉の顔を仰ぎ見る。その理由は直ぐに分かった。
「エル・レンク。前へ」
誰も声を出しはしないが、得も言われぬ空気が部屋を漂う。母たちは目を見張り、眉を歪めて中立者の元へと歩くエルを見ていた。
王子たちも予想外だったのだろう。
ダンは目を細め、イーシェは拳を強く握った。ジュジュは心配そうに兄の姿を見守っている。タユタも眉を少し上げ、今まで動かさなかった表情をほんのりと変えさせた。サラは唇を真一文字に結び、ラファはふてぶてしく口角を下げた。対照的にテイトは笑みを浮かべている。
ルカは胸の前で片方の手をもう片方の手で包み込み、尊敬の眼差しでエルを見つめていた。
エルが中立者の前へ立つと、先程と同じく中立者の瞳から光が失せ、存在感も薄くなる。
まるで中立者では無い者が、身体を使っているかのようだとエルは感じた。
中立者が右手を差し出しエルの左肩へ触れる。
「其方の真名エルを捧げよ」
「仰せのままに」
「其方にデルタの名を与える」
「有り難き」
中立者の手がエルの肩から離れると、エルはゆっくりと振り返りルカの隣へ戻っていく。彼女の歩く姿には様々な視線が突き刺さっていた。
「第三王子、ダン・ヴェルメリオ。前へ」
ダンの名前が呼ばれると、イーシェは手のひらから血を流す程強く強拳を握る。審判者はその様子に少し眉を顰めた。黙って兄の様子を伺うだけだったジュジュはそっと手を伸ばし、兄の拳を両の手で優しく包み込んだ。
イーシェは傍らに居る小さな温かい存在に気づき心を和らげた。拳を解き傷付いた手でジュジュの手と繋ぐ。
「其方の真名ダンを捧げよ」
「仰せのままに」
「其方にゼータの名を与える」
「有り難き!」
それから第四王子にイーシェが呼ばれラムダの名を、第五王子にタユタが呼ばれクシーの名を与えられた。第六王子にはルカが呼ばれるかと思われたが、サラが呼ばれローの名を与えられた。
ルカは落ち込みじっと床を見つめていた。ラファは馬鹿にしたように顎を少しあげルカを見る。
その後は順当に、第七王子にルカが、第八王子にジュジュ、第九王子にラファが呼ばれた。それぞれ、ファイ、カイ、オメガの名を与えられ継承の義は終わりとなった。
「太陽が十回現れる毎に定例会を行います。月では有りませんので御注意を。与えられた名は変わりませんが、継承順位は変動致します。……王子様各位、どうぞ小瓶は大切になさってください」
冷や汗を垂らしながら中立者がそう言った。中立者は見るからに血の気が失せ、いつ倒れてしまうのかと言った具合だった。
継承の儀を行ってる間、もう辞めてしまいたい楽になりたいと何度も思った。意識が奪われそうして戻される。繰り返されるその行為は内蔵を直で撫で回されいる様な気持ちの悪さだったのだ。
それでも、ぐっと身体に力を入れる。自分の任された役目は果たさなければならない。王子たちの為に、ひいては国の為に。
「時は満ち、月がこれを赦した。これより王位決定の儀式を開始致します。キド・フォ・ルトゥール」
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