4話
中立者はエルの前で片膝を床につき、敬意を表す姿勢になると言葉を紡いだ。
「エル様、今から私の能力で腕の怪我を治癒させて頂きます。ルカ様はお怪我ありませんか?」
「ええ、この子に怪我は無いよ」
「失礼致します。ナイフを抜きますね、痛みは無いと思いますが異変があれば仰ってください」
中立者が腕に触れる。異物が無理矢理ねじ込まれ、痛みなのかも分からない気味の悪い熱はその瞬間に無くなった。中立者がエルの腕に触れている間ずっと、その部分だけが暖かいお湯の中に浸っている心地がしていた。
ルカは未だエルに片腕で抱き寄せられたまま「大丈夫?」と小声で聞き、エルは微笑みを返す事で肯定する。ずっと聞こえていたエルの早い鼓動はどんどん落ち着いていき、本当に大丈夫なのだと理解する。ようやくルカの肩からも力が抜けた。
ゆっくりと中立者の指がエルの腕から離れると、あの痛みはもう消えていた。腕の違和感もない。エルは安心し、ルカへの抱擁を解いた。
「ありがとう」
「勿体ないお言葉です。御召し物まで直せず申し訳ございません」
「気にしなくて良いよ。今日しか着ないからね」
中立者はその言葉を聞くと一つ礼をしてから、審判者と裁定者の元へと戻っていった。
エルの言う通り、王子たちが着ている服は今日この儀式の為だけにそれぞれの家が意味を込めて誂えた物だった。ダンは雄心、サラは高雅、タユタは神秘、エルとルカは凜然、ラファは豪奢、イーシェとジュジュは上品、テイトは権威。
皆、衣裳に着せられること無くそこに立っている。
「ジュジュ、気分は?」
「大丈夫よ、お兄様」
先程の悲鳴で呪いを強く受けてないかイーシェは気にかかっていた。ジュジュの返事を聞き、痩せ我慢をしてる様子もない事から内心ほっと息を吐く。
「これより、魔導師様の葬儀を執り行います」
中立者の声が部屋に響き、王子たちは静かにそちらに視線を向けた。いつの間にか長方形の机は無くなっており、そこには石造りの白色の棺桶が置いてあった。蓋は閉められ、中にはナイフを握った魔導師の遺体が横たわっているだろう。棺桶の複数の箇所に魔法陣が描かれていた。
「主よ穢れを許し、彼の者をお導き下さい。キザイア」
神に許しを請い、この儀式の為だけの呪文を唱えると、棺桶は熱を持たない炎に包まれた。煙が出ることはなく、王子たちはただ燃ゆる明かりを眺めているばかりだった。
「オオオアアア」
突如その炎が天井まで燃え上がり、女性の叫び声のような音を立てる。魔導師の無念を晴らすかの如く、炎は部屋全体を飲み込んだ。
「アアアアアア」
王子たちは、耳障りな声がまるで頭の中から響いてくるような感覚に陥った。炎は煌々としているにも関わらず、そこはかとなく闇を感じた。九名の王子たちの身体に鋭い痛みが走る。それに満足したのか炎は棺桶へと集まっていった。
「アハハハハハハ」
棺桶を燃やす炎の中に人の目と口のような形が現れると、目を細め口角を上げる。一頻り甲高い笑い声を上げた後、棺桶は炎と共に灰も残さず消えた。
「……こ、これを以て葬儀の終わりを認めます。次に」
「何なのよコレ!」
中立者の言葉を遮ったのはラファだった。自分の手の甲を凝視している。ラファは炎が部屋中に広がった時に、手の甲に鋭い痛みを感じていた。もう痛みはなくその代わりに、見た事の無い紋章が彫られていた。
王子たちがそれぞれ痛みを受けた場所を確認すると、誰一人漏れなく紋章が彫られていた。
「呪い……」
タユタがボソリと呟いたその言葉にラファが乗っかり、テイトへと噛み付いた。
「貴方が煽るからよ! どうしてくれるの!」
「口を閉じろ」
「なっ」
「儀式を中断させる気か?」
「……っ」
ラファは何も言い返せず唇を噛み、苛立ちのこもった目でテイトを睨む。他の王子たちは言葉を漏らすことなく、しかしテイトやラファに対して目で語る者も居た。
部屋に居た堪れない空気が流れると、審判者が中立者の腕を肘でつつき囁いた。
「中立者、次」
「あっ、はいっ。次に、十ヶ条を詠み上げますので、ダコードを唱えてください」
中立者が軽く息を吐き、改まった空気を醸し出す。そうして声に魔力を乗せ十ヶ条を唱え始めた。
「一、審判者、裁定者、中立者への攻撃は死刑となる
二、審判者、裁定者、中立者は絶対である
三、例え自身より下位の者でも攻撃してはならない
四、辞退は出来ない
五、城下第一区域外へ出てはならない
六、次の定例会までに能力を使うこと
七、晩餐会には必ず出席すること
八、上記に反した場合相応の罰を与える
九、双月の日に第一王子に座していた者が王となる
十、数字の若い順に拘束力が強い
……サーヴァ?」
「「ダコード」」
王子たちの声が重なる。中立者は小さく頷くと横に居る審判者と裁定者へ視線を向けた。審判者は目を瞑り右手を胸もとへ当て「ダコード」と唱える。裁定者も頭を垂れ「ダコード」と唱えた。
「ダコード」
最後に中立者が唱えると、王子たち全員に重圧がかかった。それは一瞬のことで、身体に異変などは特になく、遂に儀式が始まるのだという事を王子たちは理解した。
サラはとある音を聞き、周りに悟られないよう手の中にあるそれをそっと見つめていた。