2話
この部屋に窓はなく、淡く白い月を拝む事も叶わない。四方の壁にある橙色の照明が部屋を明るくしていた。
王子たちの前方には、儀式の開始に必要となる透明の液体が入ったガラスの小瓶が九つ、石造りの長方形の机に並べられていた。机の左側の床には人一人が余裕で立てるほどの大きさがある魔法陣が描かれている。
机の向こう側には、金髪をポニーテールにまとめた眼鏡の女性と、笑みを携えた存在感の薄い青年、とても背の低い男の老人が立っていた。老人は視線を合わせる為に台の上に立っている。そして前方の左隅には、濃い紫色の服に身を包んだ魔導師が一人、じっと床を見つめていた。
儀式を先導するのは、自身を中立者と言う青年だった。名乗る事はなく、役職名と顔を一致させる為に自身の紹介と、審判者と呼ばれる眼鏡をかけた女性、裁定者と呼ばれる背の低い老人の紹介をしていき、儀式の説明に入る。
「これから、魔導師様に御加護の詠唱をして頂き、皆様にはその間にこの小瓶に入っている液体を飲み干して頂きます。葬儀を終えましたら十ヶ条を読み上げます。その後、継承順位とその名を真名と引き換えにお渡し致します」
では、と中立者は部屋の隅に佇む魔導師へと視線をやる。部屋にいる全ての人間が中立者と同じく視線を向けた。
魔導師はそれを受けるとビクリと肩を上げ、おずおずと前へ出る。魔法陣の中へ入ると手を胸の前できつく握り、視線はずっと床へ向けていた。
「王子様各位、小瓶をお取りください」
中立者の指示に従い、九名の王子たちは各々前へ進み小瓶を手に取った。ツルツルとした硝子の小瓶は、丸みを帯びた物や多角形の物、壺型の物など一つとして同じものはなかった。
程なくして魔導師による御加護の詠唱が始まり、王子たちは小瓶を見つめた。
初めにテイトが躊躇いもなく液体を煽る。トロリとしたそれに味はなく、喉を通る感覚も無くどこかへ消えた。
テイトに倣い、ダン、タユタ、イーシェも続く。イーシェが飲むと妹のジュジュも恐る恐る口をつけた。目をぎゅっと瞑り液体を口に流し込む。
サラはふうとひとつ息を吐き心を決めたのか、一気に液体を口に入れた。
ラファは皆の様子を見てから変なものが入っていないと確認し、はーっと嫌そうにため息をついてから液体を飲み干した。
エルは小瓶を見つめた後、中立者、審判者、裁定者へとゆっくり視線を移す。さらに、詠唱を続ける魔導師を見た。
一向に飲む気配のないエルに声をかけたのは、自身もまだ小瓶に口をつけていないルカだった。
「あね様、どうかしたの?」
「……何でもないよ」
心配そうにエルを見上げるルカの頭を、気にしないでとでも言うように撫でた。その優しすぎる手に何故か違和感を覚えもう一度呼ぼうとした時、エルは液体を飲むことでそれを遮った。
「キミも飲み」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
突然かな切り声が部屋を震わせた。叫んだのは魔導師だった。手を胸の前で固く握ったまま天井を仰ぎ尚も叫び声を上げる。
「魔導師様!」
中立者が荒ぶる魔導師を止めようと近付くが、それよりも早く魔導師は動き出した。懐からナイフを取り出し、理性を失った目で王子たちを素早く見渡すと、ニヤリと狂気に満ちた笑みを零し魔法陣から抜け出した。