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最後の1人をライラックが気絶させ、のびた賊をまとめて船外に放り出すのを見計らって、アルスは船を勢いよく直進させ、アキレギア団の船から離れた。船外から流れ込んでくる空気をものともせずにライラックが船の扉を閉めたことを確認して、アルスはようやく船を自動運転に切り替えた。微かに揺れる船体の中でアルスは立ち上がり、ヘルメットとゴーグルを外して伸びをしながら、窓の外を確認した。
「わざわざ、あのスポンジみたいな砂漠に落としたの」
「そんなに親切なことじゃないわよ。この高さからだもの、命の保証はできないわ」
「賊相手に保証しなくていいでしょ」
「あいつらにだって家族がいるかもしれないじゃない」
「家族がいるのにまだあんなことしてるんだったらそっちの方が心配だよ。……あれ、動いた」
アルスの視線の先で、賊はもぞもぞと動き出した。あのでっぷりとしたリーダーにいたっては、起き上がったうえに小船を見上げて何かを喚いている。当然聞こえないが、その動きに、アルスとライラックは口笛を吹いた。
「すごいね、ただのお馬鹿さんかと思ってたけど、生命力は特級品みたいだ」
「さすがにすぐに動くとは思わなかったわねぇ」
「やっぱり、柔らかい場所狙って落としたんじゃないか」
「そんなに怒らなくてもいいでしょ、無駄な殺生は避けたいのよ」
「怒ってないよ、余裕だなぁって呆れてるだけ。でもどうすんの、あいつらが無事ってことは、ボク等がまた着陸するのは分が悪くない? 絶対にボク等が向こうを襲っただのなんだの言うでしょ、ああいうの」
「管理人に手付を渡したって言ってたしねぇ。敵が多そうだし、この星はもう出ましょ」
そこで2人は、スミラを見た。いまだに床に座り込んではいるが、やはりあの気の強そうな瞳は力を持っていて、ライラックは諦めてスミラに言った。
「ログっていうのは、記録の在処にあるって言われてる、世界の過去が詰まったモノの事。それは知ってたのかしら」
「……初めて聞いた。それがこんな小船の中にあるの? 私が忍び込んだ時には、そんな大きなものはなかった」
「あるっていうか、いるっていうか」
「どういうこと?」
ライラックはちらりとアルスを見た。
「いいんじゃない。どうせ知ったって、どうしようもないよ」
アルスはそう、冷たく言った。ライラックはやれやれ、と肩を大げさにすくめてから、スミラに言った。
「アルスがそれなのよ」
「……は?」
「あー、と。正確には、みたいなモノっていうか。あんたも知ってるキチガイ科学者は、年食って記憶の在処を探すことができなくなったら、今度はそれを作っちゃおうって思ったってワケ。それがその子。正確には、その脳みそ」
「失敗作だけどね」
すぱっと言い切ったアルスの頭を、ぺしっと音をたててライラックは叩いた。音もリズムも軽快だが、その怪力の為か、アルスは痛そうに顔をゆがめた。
「そういうコトを自分で言うんじゃないわよ」
「事実じゃん。馬鹿力でぶたないでよ」
「じゃあ、アルス、ヒューを生き返らせて!」
スミラは叫んだ。その声はアルスに縋るようで、瞳は唯一の希望を前に熱がこもっていた。しかし、そんなスミラを見たアルスの瞳からは、対照的に、熱が引いていた。
「死なせないのでもいい! 彼を取り戻したいの、どうすればいい!?」
「できないよ」
「どうして? なんでもするから!」
「できないんだって」
「なんでよぉ、ヒューのこと、愛してるのに。ずぅっと一緒にいたのに。一緒にいるって言ったのに。彼のためならなんでもするのに、なんで、だめなのよぉ」
そう言ってまた泣き始めたスミラを、アルスとライラックは見つめた。幼馴染と言っていた、亡くなった人物がスミラと恋仲だったことを知って、ライラックはその心中を察して涙をこぼした。それでも、アルスは深呼吸をしてから、残酷な現実を告げなければならなかった。
「まず1つ。ボクは、ボクが生まれる前の出来事には干渉できない。もう1つ。変えられるのは、記録というよりは、生き物の記憶だけ。世界を騙すことはできても、モノや人を動かすことはできない。当然、生き返らせることも。試してみる? キミの恋人は死ななかったのに、キミのそばにはいない。そんな今になるけど、それでもよければ」
そう言って、意味ありげに掌をかざして見せるアルスをみて、スミラの涙は止まった。
スミラは、ヒューがいない世界が耐えられなかった。こんな世界では生きていけないと思ったからこそ、彼を取り戻すべく、旅に出ようとした。しかし、願いを叶えてくれると信じていた存在にそんなことを言われて、今度こそ絶望の底に叩き落された。
「そんなの、なんの意味もないわよ」
そう力なく言ったスミラに、尚も冷酷に、アルスは告げた。
「だから言ったでしょ。どうしようもないって。理解ができたら、諦めて船を降りて。着陸はしないけど、パラシュートくらいならあげるよ」
その声に、今度は怒りが込み上げてきたようで、スミラはギッとアルスを睨んで吼えた。
「過去を変えられもしないなんて、そんなログ、なんの役にたつって言うのよ!」
「なんのだろうね? 今のところは高性能な辞書の替わりか、お馬鹿な無法者をひっかける餌くらいにしかなってないけど。ドクター・コルチが何の役に立てたかったのかは、生まれる前の話だからね、ボクも知らないよ」
そう冷静に返すアルスの表情がどこか寂しげなことが、出会ったばかりのスミラには分からない。それがわかるライラックはため息をつきながら、まあまあ、と、仲裁に入った。
「この子にできないからって記録の在処でもできないっていう証明にはならないわ。行きたければ行きなさい。ただし、あたし達の目的地じゃないから、船に乗せてはあげられないわ」
優しい声音で、しかしあくまで連れてはいけないと言うライラックに、収まった怒りと引き換えに再び顔を出した絶望に飲まれそうになりながら、スミラは訊いた。
「あなた達は、どこへ行くの?」
「……たとえるなら、未来かしらね」
優しくスミラの頭を撫でながら、ライラックは言った。