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夏の妹

作者: 小桜はる

 

 風景が柔らくなっていく。僕の頭上から、涼しい音色が響いている。風鈴だ。

 白昼だというのに、妹は庭で遊んでいる。僕は大人になったのに、妹は子供のままだ。

「まだ庭で、遊んでるのかい?」

 隣に座っていたおふくろが、スイカを食べながら聞いた。

「うん。楽しそうに走り回ってるよ」

()()()()()


 妹の沙耶(さや)は夏が好きだ。花火に海、虫採り。僕は嫌いだけど、沙耶は夏の暑い日差しも好きだった。

 僕が10歳のとき、2つ下の沙耶は事故死した。

 夏に、ふたりで家裏にある山を探検しているとき、僕は妹とアイスの取り合いをしていた。すると、ふと、妹が視界から消えた。妹は足を滑らして崖下へと落ちた。僕は急いでおふくろを呼びに行ったけど、手遅れだった。1週間後にあったお葬式で、僕はたくさん泣いた。喧嘩ばかりして仲良くなかったから、まさか涙が溢れてくるなんて思いもしなかった。

 翌年の夏、蒸し暑い朝のことだった。

 お兄ちゃん、確かにそう聞こえた。重い瞼を開けて、目を覚ますと妹がいた。ピンクのTシャツに、半ズボンのジーパン。最後に見た私服だった。

「うわぁ!!」僕の心臓がギュッ、と締まる。

「うわぁ!」妹が目をギョッ、と大きく見開いた。

 目を疑ってふたりとも黙りこんだところに、勢いよく部屋のドアが開いた。おふくろだ。

「どうしたの!」

「妹が……」僕は大きく息を飲み込んで、やっと口にした。「……妹が、いる」

 おふくろは辺りを見渡してから、怪訝そうに僕を見た。

「冗談はやめて。もういないのよ」

「でもそこにいるんだって!」

 おふくろはもう一度見渡してから、また怪訝な目で見てきた。どうやら、おふくろには見えていないらしい。

「さやのことは、お兄ちゃんにしかみえないの。かみさまに、そうお願いしたの」

 ふと、妹に目を移すと、太陽のようにニコニコしていた。


 そんなことがあってから、もう12年が経った。妹が生きていれば成人式。

 僕には新しい家族ができた、子供も授かった。妻には妹のことを言っていない。秘密にしているワケではない、言う必要がないと思ったからだ。知っているのは、僕とおふくろだけだ。

「沙耶は、どうして夏になるとコッチに来るんだろうね?」おふくろがスイカの種を、お皿に吐き出している。

「さあ、なんでだろうね」

 丁度、妹と目があって、手を振った。妹も手を振り返してから、走って僕に近づいてきた。いつもと変わらない服装と、笑顔。

「おヒゲ、まだ剃ってないのお?」

「生やしたいから、剃らないの」

「でもね、さや、今日でサヨナラなんだよ? 最後ぐらい、ふつうの顔見たかった!」

「じゃあ、それは来年かな」

「来年は、()()()()()()()()()()()?」そう言って妹は空を見上げた。「お兄ちゃんが、さやを、つなぎとめてるの知ってるでしょ? ざいあくかん、はもういいよ。さやは、お兄ちゃんのおかげで今年も、花火も、海も、スズムシさんのねいろも、みんなの思いもーーとっても楽しめたよ。それにね、一番大切なこと、なにか知ってる?」

 妹は一生懸命背伸びをするけど、僕の胸にも届かない。だから、僕はゆっくりとしゃがんで目線を合わせる。

「なに?」

「まだ生きてる」

 そう言って、僕の顔にパンチしてきたけど、それは感触なくすり抜けた。そのパンチの向こうで、半透明の妹は笑顔だった。

 蝉はもうほとんど鳴いていない。風に乗って秋の匂いがした。

 「夏」。それは他の季節にない、陽気で怪奇な季節だと思います。それは花火や海が綺麗に映える季節でもあり、同時に「死」を身近に感じることのできる季節。ほかの季節と比べても、何か特別なものを感じられずにはいられません。

 今回は「夏」をテーマとして、また1,500字前後を目標として、短編を書き下ろしました。

 最後まで、ご愛読頂きありがとうございました。

 また、次回作で会いましょう。

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