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雲雀の長籠《ヒバリのナガカゴ》

作者: 風連
掲載日:2016/02/12

小鳥のさえずりが聞こえくる。

毎朝毎朝。

春の訪れから、晩秋の林が竹ぼうきの様になって、空を履くまで。

もちろん、カラスやスズメは一年中騒いでるが、春から夏にかけての色彩の洪水にも似た、鳥たちの鳴き声には、かなわない。

他の鳥たちの姿の見えない冬の晴れた日の雀達の騒がしさは、小学生の遠足の様なかわいさがある。

枯れ枝のような葉の落ちた木の枝に絡みつき、ひと群れがチッチ、チッチと騒いでいる。

ひとたび、渡り鳥が来出すと、雀達は何処か奥に引っ込んでしまうのだ。

仕事柄、寝るのは明け方なので、窓を閉めて遮光カーテンを引くが、それからが小鳥達のコンサートの始まりなので、毎回苦笑いをするしかなかった。

高原のホテルに泊まり、朝は小鳥の鳴き声で目覚めたい、なんて、世迷いごとをダダ漏れのメデアから、どっかの誰かさんが話していたが、毎朝ではありがたみが無くなるのも、仕方ない話だ。

実際、朝一で鳴くのは、カラスだし。

しらじらと明け出した窓辺から、縄張り宣言のカラスのひと鳴き。

[又か。]と、思う間もなく、長鳴きとそれに媚びる様な仲間のカラスの合唱。

それからの小鳥達の騒がしが始まると、夕方まで、カラスの声は埋もれてしまう。

小さいながらもその美声と、とんがった頭飾りの雲雀ひばりを子供の頃、飼っていた。

その頃はメチャクチャな時代で、飼うって事は、取るって事だった。

今時のペットショップで売ってる、ザリガニのカラフルさが、嘘くさい。

メダカに至っては、年々派手になっていく。

だいたい、ザリガニ釣りなんてしなかった。

馬鹿みたいにウジャウジャいたから、網ですくい放題だったからだ。

網と棒を持ち、危険を感じて後ろに後ずさる性質を知っていたから、楽勝。

網をシッポの方にスタンバイさせてからの、棒で突っついてやると、自ら入るのだ。

バケツ一杯になったら、川に返して、お終いである。

メダカも水田の用水路なんかに群れでいたから、すくうことは、すくったが余りに獲物が小さく、何の感動も感じなかった。

実際、高学年の男子は、手製のパチンコや弓矢で、狙うは雀やカラスだった。

田んぼがあったから、雀は嫌われていたし、何もしなくても、カラスは誰の同情も得ることがなかったのだった。

鳴く野鳥を飼うのは、大人の趣味のひとつだったし。

時期が来た。

雲雀が、高く飛び、鳴き始めていた。

春の子育ての巣からの、拉致である。

適切に言っても、まあ泥棒だった。

そこらにいるものは、取った奴の物。

そんな時代の方が、実は長い。

小学校の側の街並みには、長い籠が吊り下げられていたが中身はまだ無い。

雲雀用と、直ぐわかる。

高く空に舞い上がる性質の雲雀には、縦長の籠をこさえていたのだ。

横長四角の小ぶりの籠には、うぐいすやメジロが入る予定で、掃除して、日光消毒してる。

シジュウカラや十姉妹じゅうしまつは、バカ増えするから、そこらで手に入る籠では、飼いきれなくなって、里親探しで、学校に持ち込むのも、毎年の恒例行事だ。

雲雀は見張っていれば、巣を教えてくれるので、柔らかな下草の生えた春の畑や麦畑から、産まれたばかりの雛を取ってくるのはそう難しい事ではないのだ。

案の定、遊んでから家に帰ると、籠の中に、5羽の雲雀が、ビービー鳴いてた。

白い餌入れに、お湯でふやかした泡玉を、擦りながら、これから餌だと言われて、器を渡された。

去年もしたから慣れたもの。

程よく冷ましてから、洗った耳かきで餌をすくって、食べさせる。

何時も思うが、頭より、クチバシの方がデカく見える。

もう少し大きくなったら、スプーンが使えるが、そうしたら、もっとゴソリ喰わせられるのだが、今は何回も何回もかけて、5羽の底なしの胃袋を満タンにする。

目も開かず、細かい毛が禿げた頭をグルリと覆っていたが、禿げは禿げ。

羽の無い翼は、白カビの生えたササミそっくりで、ポチャポチャしたお腹は、心臓が青く透け、モッチリシしていて黄色い脂が浮いている。

細い足は頼りなく、ヨチヨチ歩いて、空箱で作った巣から転げそうになる。

ボロ布を裂いて敷いてあるが食べたら、糞をするから、時々取り替える。

籠の一段下に裂いた新聞紙にも、糞がこんもりになる前に、取り替えないと、酸っぱい臭いが、部屋に充満してしまう。

青い透けた瞼が開く頃、毛も生え揃えだし、可愛くなってくる。

エイリアンからの脱皮だ。

柔らかな毛から、少し太めの白い針が飛び出してくる。

これが、羽になるのだ。

みるみる、デカくなっていく。

頭が良く乗ってるなと、思っていた細い首も、毛に覆われていたが、しっかりしてきた。

グラグラしないので、それが目安になる。

足も力強く、立ち上がった途端、我先に餌に喰いつく。

生えそろうと、雄牝が薄っすらわかる。

冠羽が頭にあるが、これが立派なのが雄。

しっかり立たせて、突っ張ってくる。

そして、良く囀るのも雄だ。

牝は、いくら遊んでも、逃がしても何も言われない。

軒先の長籠に雲雀が入りだし、我が家も外に雲雀の籠をを出す。

鳴き比べは、遥か平安の昔からの遊びだそうだが、子供だったから、良く聴きもしないし、遊べる方が楽しい。

しっかり窓や入り口を閉めて、部屋に離す。

手元に残ったのは、1匹の雌。

後は外の長籠の1羽以外、貰われていった。

人の手から餌をもらっていたので、よくなついていた。

時々、バッタを取ってきてやった。

小さな昆虫も食べるのだ。

ヤッパリ、雲雀が見たいと、友達に言われる。

そっとハンカチに包んで、持ち出し、友達の家で、放してやると、パタパタと良く飛ぶ。

雲雀が珍しい友達は、追い回すがそこは鳥。

高い額縁の上に、避難している。

帰りたいのか、こちらに飛んできた時、運悪く、縁側の戸が開いた。

洗濯物を抱えた、そこの家の婆ちゃんだ。

雲雀は、グルリと回ると、風の中に帰って行った。

空が青く、日差しが夏を呼び始めてた頃だった。

余り鳴かない牝だったが、楽しそうに、長鳴きしていたのを覚えている。

くるくる回っていたが、やがて空の青に溶けていった。

雲雀を友達と見送って、家に帰ったが、野鳥を飼うのはこれが最後だった。

カナリヤの、ブームが来て、セキセイインコがもてはやされた。

インコの好きなハコベを摘んで、飼っている友達のところに寄るのが日課だ。

友達は、つがいでインコを飼ってた。

やがて、白カビの生えた禿げが産まれた。

青い瞼が開かなくても、餌をくれとビービー鳴く。

たった3匹にインコの親は子育て放棄してたので、友達もお湯でふやかした餌を雛の口に運んでいた。

子育てしない鳥がいるのが、衝撃。

インコは親から離し、手乗りになったから、それはそれで可愛かったが。

時代の流れで、軒下の野鳥の籠は、やがて街並みから消えていったのだった。

鳴き比べも無くなってしまったらしい。

南斜面の暖かな崖を、家の背に持つ我が家では、誰とはなしに鳥たちが、湧くように集まり騒ぐ。

近くの川原で、雲雀が巣を作り、高く高く、太陽に向かって、空を駆け上がるのを、見る事がある。

地面を探すと、チョコンと雌が、小さな巣を守ってるところを意外な近さで発見したりもする。

冠羽を立て、高らかに鳴き、胸を張る雲雀との思い出が、子供時代と重なる。

小鳥たちは、我が物顔で、囀り命を謳う。

我が家のおうむのキバタンは、名前もキバタンで、かなり身体が大きく、白い体に黄色の羽根と立派な冠羽を持っている。

中々、凄い声で笑うし、騒ぐ。

そのくせ、人の声真似は下手で、ようやく《オハヨ〜。》を言うばかりだった。

もう、20年生きていて、まだまだ長生きしそうなのに、最近は亀なんかにも興味がわいてる。

あんな子供時代を考えたら、ペットショップで買うなんて、考えられなかったのに。

あの日、雲雀は空の青の中で、光りながら、駆け抜けて行ってしまったのだ。

あの軒下に吊るされた、雲雀の長籠を、見ることはもう無いのだった。


今は、ここまで。

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