2.王太子殿下
カイザ国は、大国というわけではない。
国土だけ見れば、小さく、大国と並びたつなどありえない。だが、しかしカイザ国はジトリ大陸の中でも、有数の国として挙げられる。
カイザ国は豊かな国であり、良い人材が溢れている。
その中でも、マリアローゼ・フィス・カイザは最も有名な姫であった。
身分の低い妃から生まれ、本来ならひっそりと目立たないように暮らすであろう肩書をもちながらも、誰よりも王族として有名であるお姫様。
カイザ国で誰よりも愛されていると、大多数がいうであろうお姫様。
それが、彼女。
「マリアローゼの様子は?」
問いかけるのは第一王子であるフィスオ・フィス・カイザ。
この国の王太子であり、今年二十三歳になる。父親譲りの金色の美しい髪に、王妃譲りの澄んだ青い瞳を持つ、物語に出てくるような王子様。
それが彼である。
腹違いの、7歳年下である妹のマリアローゼの事を王太子は溺愛していた。
「マリアローゼ様は楽しそうに学園生活を送っておられます。マリアローゼ様に敵対心を持たないものが居ないというわけではありませんが、問題はないでしょう」
答えたのは、マリアローゼの送迎の際に護衛を務めているマリアローゼの親衛隊である。王家の者には、それぞれ親衛隊がついている。親衛隊は、その者に忠誠を誓い、王家からの信頼も厚いもので固められている。
マリアローゼの親衛隊の数は多い。マリアローゼを守りたいと願う者がこの国には多いからである。尤も望んだところで、その枠の数は決まっており、マリアローゼの親衛隊に実際になれるのは一握りである。
王家の中でも、マリアローゼの親衛隊の倍率は高く、マリアローゼ本人はもちろん、その幼馴染たちや家族に認められなければ親衛隊には入れない。
「それは良い事だ。それよりも、転入生が来たという話だが」
「はい。マリアローゼ様の学園に転入生が来るようです。それがマリアローゼ様の耳に入ったのは昨日のようです」
「……それは、また」
そういってフィスオは目を細める。
その瞳には気に食わないという感情が映し出されている。
フィスオ・フィス・カイザは基本的に温厚な青年である。王太子としての厳しさは持ち合わせているが、いつも笑っているようなそんな青年だ。
王太子妃である女性に何かあった時でさえここまで機嫌そうな表情を浮かべないだろう。フィスオがここまで心を動かされるのは、妹であるマリアローゼだけである。
「あれは、マリアローゼの学園だからね。きちんとそういうことは報告させるようにしなければね」
「そうですね。マリアローゼ様の学園で、何か面倒なことが起こっても困ります。それにその転入生は伯爵家の庶子であるという事ですから、礼儀を知らない可能性もあります」
「ふふ、もしそうだとしたら許されないね。マリアローゼの学園にそんな礼儀知らずを入れようとするなんてなんて愚かなことか……もしそうなら学園長を変えても構わないね」
「流石に伯爵も馬鹿ではないでしょう。貴族としての礼儀を知らないものをリィト学園に入学させるとは思えませんが」
「そうだね。それならそれで構わないさ。マリアローゼの学園が平穏を保っているならね。ただ、少し嫌な予感がするんだよ」
微笑みながらも、フィスオはそう告げる。
「嫌な予感ですか?」
「ああ。それを考えるとマリアローゼに何か起こるのではないかと私は不安で仕方がないよ。あの子に何かがあったら大変だからね」
フィスオはそう告げながら親衛隊の者へとまっすぐ視線を向ける。
「マリアローゼをしっかり守るんだよ」
「はっ、もちろんです」
「そうそう、アイゼスたちにも嫌な予感がするから気を付けるようにいっておいてくれ。……嫌なことに、私の勘は結構あたるのだよ」
「はっ、かしこまりました」
王太子殿下の執務室で、フィスオと親衛隊の騎士はそんな会話を交わすのであった。
彼らの思いはただ一つ、『マリアローゼのために』というそれだけだった。
フィスオ・フィス・カイザ。
カイザ国の王太子は、至高の姫の事をいつも気にかけている。