5.ヒート・ウスラルチ
「マリア、行こうか」
「ええ、行きましょうか」
海のような蒼い髪と瞳を持つ少年が、マリアローゼと共にいる。
ヒート・ウスラルチ。
平民の出でありながら、その天才ぶりから貴族に引き取られ、マリアローゼの幼馴染の一人として名を連ねている。
彼らは廊下を歩く。
そうすれば、周りの生徒たちの視線は彼らに集まる。
「マリアローゼ様とヒート様だわ」
「お似合いだわ」
などとささやかれるのは、筆頭取り巻きで幼馴染の四人の男たちの中で、ヒートが唯一婚約者がいないからであろう。
それに加えて特にこの二人はその話について否定はしない。それもまた周りの妄想を掻き立てる要因となっているだろう。
今も、そういう声が響いているだろうに、二人は噂話をしている生徒たちの方を見て微笑みはすれど、否定の言葉は発さない。
そもそも噂話が好きな者たちの中には、筆頭取り巻きたちのほかの三人も婚約者がいれど、美しいお姫様であるマリアローゼに恋心を抱いているのだろうというものも多い。実際それが噂されるほどにはマリアローゼの周りに彼らは居るのだ。
「マリアは、相変わらず噂の的だね」
「当たり前だわ。私だもの」
「まぁね。マリアは美しいし、魅力的だからね」
「ふふ、褒めても何も出ないわよ?」
まぁ、ヒートとマリアローゼが噂になるのはそういう台詞をヒートが日常的に言っているからというのもあるのだが。
美しい青年であるヒートにそんな言葉をささやかれれば、どんな女性でも顔を赤くするものだが、マリアローゼは慣れているのか微笑むだけである。
賛美が当たり前だとでもいう風に、悠然と微笑むマリアローゼに周りはほぉと息を吐く。
マリアローゼたち一行は酷く絵になる。美しく、高貴なものたちが集っている。
ヒートは平民出身であるが、養子になったのは小さい頃で、出自が平民だろうともその振る舞いは貴族そのものであり、周りからもウスラルチ侯爵の息子としてしっかり認められていた。
血統主義の貴族たちの中には、ヒートを認められないといった声もあるが、マリアローゼの友人であるヒートには彼らも手を出せず、強くも言えない。
二人が向かった先は、図書室である。
二人とも授業には出る気はないらしい。
「今日は何の本を読もうかしら」
「だったら―――」
二人とも本を読むことが好きであった。いうなれば二人とも学ぶことが大好きなのだ。
そして学ぶことが大好きで、好き好んで色々な情報を吸収してくるからこそ、彼らは成長し続けるのだろう。
二人で、ただ会話もなく本を読みふける。
真剣に本を読む二人。あとから図書室にやってきたルミダたちも、真剣に本を読む二人には声をかけない。
第一本を読んでいる間は、声をかけてもあまり反応がないのを知っているからである。
他の生徒たちだって本を読みふける二人には声をかけるものはまずいない。
本を読むお二人の邪魔をするなんてっと、声をかけない。かけようとするものは阻まれる。
学園の図書館には、蔵書数が多く、マリアローゼとヒートからしてみれば幾らでも読みたい本がある場所である。だから入学してからよくこうして読書タイムに入っているものの、読みたい本は尽きない。
「ふぅ」
一冊分読み終えて、あたりを見渡せば、もう読み終えてマリアローゼを待っていたらしいヒートと、後から入ってきたルミダとシランが居るのにマリアローゼは気づく。
「マリア、読み終えた?」
「ええ」
「面白かったかい?」
「ええ」
ルミダの笑顔の問いに答え、ヒートの問いかけにもこたえる。
「本か……」
「シランも読んでみたら? おすすめは沢山あるわ」
剣を振ることが好きなシランは、あまり本を読まず、本を見て少しうんざりした顔をしている。
「マリアがいうなら」
「そうねぇ、シランが好きそうなのなら――」
「俺からのおすすめは―――」
シランはマリアローゼとヒートから本をおすすめされ、「あとで読む」と結局いってすぐには読まないのであった。
「読んだら感想を教えなさいね」
「ああ」
マリアローゼが笑顔でいえば、シランは頷いた。
「ヒートも、おすすめの本見つけたら教えてね」
「もちろんだとも、お姫様」
次にヒートに向き合って告げられた言葉に、ヒートはそう告げて笑った。
ヒート・ウスラルチ。
侯爵家の養子となった天才児。
彼は『神童』と呼ばれている。