2.その少女は何なのでしょう?
『至高の姫』の婚約者。
ジクサード・シン・ディスターニア。
大国ディスターニア帝国の皇太子。
それが意味を指すのは、彼女が次期皇妃であるという事。
カイザ国よりも大きく、影響力の強い大国の皇妃になるという事。
その事実を聞いたものは、それを受け入れる。
なぜなら『至高の姫』は彼らにとっての自慢だから。
彼らからしてみれば『至高の姫』ならば、皇妃になるのも当然だと思えるから。
『至高の姫』以上にぴったりの存在はいないと思えるから。
だけど、少女だけは違う。
「どうして、だってそいつは。その女は悪役でしょう?」
少女は、マリアローゼ・フィス・カイザがディスターニア帝国の次期皇妃だと目の前で聞かされておきながらも、そんなことを言い募る。
自国の王族に対するこれまでの少女の暴言だけでも問題なのに、他国から来た皇太子の前でもこうである。
「ローゼが悪役? 馬鹿を言うな」
ジクサードはそういって、次にアイゼス達を見る。
「おい、この女はなんだ。こんな女ローゼに近づけるな。近づけずにさっさと排除すればよかっただろうが」
「すみません、ジクサード様、ただこの女は色々と不審な点が多すぎました」
ジクサードに睨みつけられて、アイゼスが答える。
「そうなんですよ! ジクサード様。この女おかしいんです! アンジェ伯爵家にも問い合わせもしたのですが、元々こういう子ではなかったようなのですけど、この学園に来て急に別人のように変な性格になったみたいなんです」
「そうなんだよ! ジクサード様。それになぜか俺らの事詳しいし、マリアのネックレスの事も俺らが知らなかったのに知っているし、あまりにも変だから探ろうって思ったんだよ!」
婚約者同士であるカルドとルミダもそういう。
少女はおかしいのだ。どうしようもないほどにおかしい。
まずアンジェ伯爵がこの学園に転入しても問題がないほどだと確信して転入させたというのならば、王族に真正面から突っかかるなんて愚かな真似はしないだろう。不敬罪としか言いようのない行為を、自分が正しいと思い込んだまま少女は行動している。
「それに注意をした生徒の言葉も聞かずに、自分は正しい、自分はヒロインだと頭のおかしい事を言っていたらしい」
「自分を主人公か何かだと思っている頭のおかしい子といえばそれまでだけど、こちらの情報をどこから手に入れたのか知っている節がありましてね。アンジェ伯爵家自体を疑ってみましたが、どうもおかしいのはこの子だけのようで……」
シワンとヒートも口々にそう告げる。
そんな中で、わなわなと屈辱に震える少女。そして少女の後ろで青ざめた顔をしているスザクとカタロスは震えている。
今の状況を後方二人はわかっているものの、少女はさっぱり理解できていないらしい。
「なんで、どういう事。私はゲームのヒロインなのに。エンジュ・アンジェはヒロインで、だから……」
少女が発っした言葉は、その場によく響いた。
それを聞いて周りが冷たい目をしている。だけど、少女は気づかない。
「……この方、もしかしたら悪魔付きというものではないのかしら」
「悪魔付き? ああ、ローゼ、あの突然人が変わったようになるっていうものか?」
「ええ。だってアンジェ伯爵はこのような子を学園にはやっていないといっているのでしょう? しっかり教育をしたと。それなのに今ここに居るアンジェさんは、こんな有様で、先ほどの言葉も、まるで自分がエンジュ・アンジェさんではないような言葉を言っていたわ。もしかしたら違う存在になってしまうという恐ろしい事が起こっているのではないかしら」
彼女は眉を下げてそんなことを言う。
悪魔付きと呼ばれる現象は、この世界で時々見られる。突然人が変わったようになってしまう。別人になってしまうという現象だ。
彼女は少女が自分をまるでエンジュ・アンジェではないとでもいう発言をしたのもあって、そういう結論に至ったらしい。
そんな会話が交わされる中で、一人の騎士が王太子の元へやってきた。
「不思議なことが書かれているノートを発見したので回収してきました」
「そうか」
王太子はそういって受け取る。そのノートを見て少女は騒ぐ。
「な、何で、わ、私のノートを!!」
それは、少女が『VS傾国の姫~王子様を手に入れろ~』の情報を書いたノートだった。
「待って、返して!」
少女は王太子にとびかかろうとするが、周りの護衛の騎士たちに止められてしまう。
そして、王太子はそのノートをぱらぱらとめくって、
「ふぅん。本当にこの子は悪魔付きみたいだね。不思議な事が沢山書かれているよ」
と、そんな風に言うのだった。
彼女の幼馴染達も。
彼女の婚約者も。
誰も少女を見ていない。
少女が幾ら自分が主人公だと言い募ったとしても。
少女が自身をエンジュ・アンジェではないとする発言をしたことで、悪魔付きだとささやかれる。
そして、少女の、『VS傾国の姫~王子様を手に入れろ』の情報の書かれたノートは王太子の手に渡る。




