1.彼女の問いかけ
本日二回目の更新です。
少女は暴いた。
彼女を蹴落とすために。
彼女の場所にとって代わるためだけに。
少女は理想のためだけに。
少女は自らが望む幸せのためだけに。
そのためだけに暴挙に出た。
魅了の魔法を解除する液体。
それを彼女にかけた。
そして彼女のネックレスがそれに反応し、壊れた。
故に少女は勝ち誇る。
記憶の中にあるように彼女が魅了の魔法を使っていたから。
偽りの愛情を作らされていたのだと証明したから。
だから少女は彼女にとって代わる事が出来ると嗤った。
けれど、彼女もまた、笑っていた。
「まぁ」
見つめられていた彼女が告げたのはそんな一言。
驚いたような声をあげ、だけどおかしそうに笑っている。
その態度を前に声を上げようとしていたエンジュ・アンジェは、
「エンジュ! 流石にいきなりマリアローゼ様に断りもなく行動に出るとは…まずい」
「エ、エンジュちゃん……」
自国の王族に対して断りもなく、無礼にもほどがある態度で行動に出たのを生徒会役員であるスザクとカタロスに咎められていた。
王族に対しての不敬罪。
明らかにそれにあたる行為を少女はしていた。
だけど少女のためを思った言葉を、少女はきちんと聞こうとはしなかった。耳を傾けるよりも、彼女に詰め寄る事を優先した。
「偽りの愛情をもらって嬉しかったかしら? 貴方が愛されていたのは偽りでしかないのよ」
「ふふ、そうですか」
「どうして、笑っているの!?」
少女は顔色を悪くする事もせずにいつも通りの笑みを浮かべている彼女に詰め寄る。
少女はこの一手さえ決まれば、彼女が動揺すると思っていた。
少女はこの一手を決めれば、彼女を蹴落とせると思っていた。
確かに少女の記憶の中では、追い詰める一歩手前までしか知らない。だけど、前の少女はこの魔法を暴く行為を行って、ハッピーエンドを目指そうとしていた。
だからこの一手を決めれば、勝てると思っていた。
『VS傾国の姫~王子様を手に入れろ』の題名通りに、敵対している傾国の姫を倒せるのだと。
だけど、彼女は笑っている。
欠片も心配事などないとでもいう風に。
「どうしても何も……私はこのネックレスにそんな魔法がかけられていた事を嬉しく思ったからですわ」
「嬉しく思った……!?」
「だってこれは、私のお母様の形見ですもの。お母様が私に対して愛情を感じてくれていたからこそ、そんな魔法がかかっていたという事ですもの。これが嬉しくないはずがないでしょう?」
彼女は屈んで、壊れてしまったネックレスを手に取る。
母親の形見だからこそ、そんな魔法がかかっていたというのならば愛情の証なのだ。
だからこそ嬉しいと彼女は笑う。
少女はそんな様子を見て、いら立ちが止まらない。
笑っている彼女とは正反対に、苛立ちにのまれた少女は拳をぎゅっと握る。
「それが、母親の形見であるとか、母親からの愛情の証であるとか関係ないでしょう!」
叫んだ。
その声は周りにいる野次馬達にまでしっかり響いている。
というか、野次馬達は固唾をのんで口を開かずに少女と彼女を見ているので、響くのも当然である。
少女は鋭く彼女を睨みつける。
睨みつけられてもやっぱり彼女は動じない。笑っている。嬉しそうにその手にネックレスを持ち、微笑んでいる。
「貴方は、魅了の魔法をかけていたのよ! その魅了の魔法の効果で、周りが貴方を愛していたのよ! ルグネが作ったこの液体が反応し、そのネックレスが壊れたのがその証拠よ! 貴方への愛は全て偽りなのよ! 『至高の姫』なんて言われているのは所詮、その魅了の魔法があったからよ!」
続けて叫ぶ。
自分に向けられた愛情が全て偽りだと知れば、誰だって動じるはずだと少女は思っているから。
それが偽りであると、貴方は本当は愛されていないとそう突きつけているのに笑っている彼女が心の底から理解出来ない。
少女は彼女に取り乱してほしかった。少女は彼女に敗北を感じてほしかった。
偽りの愛だったと泣いてほしかった。それが、エンジュ・アンジェになる以前から少女が見たいと望んでいた展開だった。
これを起こせば見れると思っていた。以前の少女も、今の少女も。
けれど、彼女はやっぱり先ほどの言葉を聞いても何処までも穏やかにほほ笑んでいるのだ。
「魅了の魔法のせいと、アンジェさんはおっしゃるのね? それはまぁ、面白い話ですわね」
余裕そうな笑みを浮かべて、彼女は口を開かずに少女の後ろに居たアイゼスに視線を向ける。そして自然な物言いで問いかけた。
「ねぇ、アイゼス。私はこれが壊れる前と何か変わったかしら? アンジェさんが言うにはこれがあったから私は愛されていたそうなのだけど。どう思うかしら?」
野次馬達はその問いに驚く。問いかけた先が少女の傍に侍っている少年だったから。
穏やかに問いかけた彼女の言葉に、アイゼスもまたためらいもせずに答えた。
「マリアは変わらず綺麗だよ」
その言葉に周りは固まった。
何故と少女の目がアイゼスを見つめた。
驚いたように周りの生徒の目がアイゼスを見つめた。
顔色も変えずにただ幼馴染達はアイゼスを見つめた。
そして微笑んだまま彼女はアイゼスを見つめていた。
勝利を確信していた少女は、動じない彼女に苛立ちを感じる。
魅了の魔法を解除したのに、彼女は何処までも穏やかで。
彼女は決して動じる事もなく。
ただ、笑っている。
微笑んでいた少女は幼馴染の少年へ問いかけた。
それに少年は答えた。
周りの驚愕も、全てものともせずに彼女は平常運転だった。




