2.彼女が知っている事は。
彼女は何時だって彼女のまま。
彼女は何があっても動じない。
彼女は幼馴染達が自分の傍から消えても、ただ微笑んでいる。
彼女にとって幼馴染達は大切な存在ではなかったのだろうか。
そんな風にささやかれ、冷たいのではないかという声も上がっている。
けれど、彼女はそんな声が聞こえているはずなのにそれに対して反応を示さない。
少女が学園を乱しているというのに、決して動じない。
少女が彼女の周りをかき乱しているのに、微笑むだけ。
周りが幾ら乱されても、不安など欠片も感じていない様子の彼女。
彼女は何を考えて、そんな風に居られるのだろうか。
彼女に向かって、周りは投げかける。
「マリアローゼ・フィス・カイザ」
「あら、どうしたのかしら。怖い顔をして」
マリアローゼ・フィス・カイザ。
『至高の姫』に向かって声を上げるのはミラン・ルミダルである。
「何を考えている……。そして、何故動かない」
「何の話かしら?」
彼女は苛立った様子のミランに向かって、普段通りの穏やかな笑みを浮かべていた。何も悩む事などないといった表情である。その左右に存在するヒート・ウスラルチとリューリ・ミサはミランの態度に眉を潜めている。
その彼女の平然とした態度がまたミランの心を苛立たせる。
「何の話だと……っ。わかっているだろう。アイゼス・トールだけではなく、ルミダ・ミグ、シワン・ワスアまであの女の元にいるのだぞ!」
「だからどうしたというの? マリアに向かってそんな風な態度やめてくれない? それにあの転入生の傍に居るのは生徒会の二人もでしょう? そちらはどうにかできているの?」
ミランの言葉に答えたのは、リューリである。リューリは彼女に対するミランの態度が気に食わないらしい。
「それは……まだだが。補佐を入れたから仕事は問題ない。それよりも、そちらの三人の事はどうするつもりなんだ」
「どうするも何も、マリアは動かないよ。アイゼス達がどう動こうがね」
溜息混じりにそういうのはヒートである。
幼馴染達がエンジュ・アンジェの元へ行っても動かないとそう、断言する。
それに対してミランは一瞬固まる。そして次に声を上げる。
「幼馴染なのだろう? だというのに、奴らが動こうがどうもしないだと? 知っているか? あの転入生はマリアローゼ様の事を幼馴染がどう動こうが気にしない冷たい女だと高らかに言っていたぞ。動かないという事は、奴らを大切に思っていないという事なのか? あれだけ仲良さ気にしておきながら」
ミランからしてみれば、彼女の事が、いや、彼女達の事がどうしても理解できないのだろう。
「生徒達だってマリアローゼ様があまりにも動かないから、心配しているのだぞ。奴らが居なくなっても気にした様子のない事に、周りがなんて言っているか知っているのか」
強い口調で言って、アイゼス達を取り戻すために何か行動を示せとミランの目は語っている。
「馬鹿ね、ミランは」
「なっ!」
「マリアが動く必要なんて何もないのよ。周りが心配する必要もね」
リューリはそういって、にっこりと笑った。
動く必要もなく、心配する必要もないと、断言する。
「アイゼス達だからね。放っておいても問題ないんだよ。まぁ、ミランにはその意味が分からないかもしれないけれど、少なくとも俺らからすれば皆の事は放っておいても問題ない事なんだよ」
それに付け加えるように、ヒートもそういって笑った。
彼らは一様に笑っている。周りが変化していても、何も気にすることがないとそんな風に。
「……それはどういう意味だ?」
「どういう意味も何も、言葉のとおりよ。二人が言っているように、放っておいて問題がない事よ。私たちにとってみれば、だって三人とも私の幼馴染よ?」
ミランの言葉に、彼女がようやく口を開く。
穏やかに笑って、ただ続ける。
「私の幼馴染達はね、皆、私の自慢なの。私のかけがえのない幼馴染よ」
「だったら―――」
彼女の言葉にミランが何か言おうとするが、それは彼女の続けた言葉に遮られた。
「だから、何も心配はいらないの。私は皆を知っている。私は誰よりも、幼馴染の事を知っているのよ。私の幼馴染達が、決して私の敵には回らないって、私は知っているのよ」
穏やかに笑って、彼女はいった。
その言葉に、ミランは言いかけた言葉を止める。そして何とも言えない表情で、彼女を見る。
「貴方は私達を心配してくれているのでしょう? だから声を上げているのでしょう。でもね、無用よ。皆がどんな行動をしていようともね、何も心配はいらないの。それを、私は知っているのよ。だから、私が皆を大切に思っていないわけではなくて、知っているから平然としているだけよ」
戸惑った表情のミランにそういって、彼女は優しい笑みを浮かべた。
それから彼女はヒートとリューリを連れてその場を後にするのだった。
彼女は生徒会長に向かって断言する。
少女の元へ侍っている幼馴染達について。
彼女は穏やかにほほ笑んでいた。
それは、彼女が彼らを知っているから。
幼馴染達の事を誰よりも知っているからこそ、彼女は揺らぐことはない。




