2.アイゼス・トール
「アイゼス様、今日も麗しい」
「アイゼス様ぁああ」
「ああ、トール様っ」
今日も今日とて、第三王女であるマリアローゼ・フィス・カイザの取り巻きの筆頭の一人であるアイゼス・トールは生徒たちから黄色い声をもらっていた。
しかし女子生徒たちに騒がれようとも、アイゼスは一切表情を変えない。そこに映し出されるのは無であり、その表情は限られたものの前でしか変わらない事は有名である。
真っ白な雪のような髪。水色の薄い瞳。冷気を帯びているようにも感じるほどに、彼は冷たく、無である。
作り物のような美しい見目を持つ。『氷の貴公子』などと呼ばれている。
「アイゼス」
カイザ国の筆頭公爵家、トール家の長男であるアイゼスを呼び捨てに出来るものなど限られている。
アイゼスは声のしたほうへと視線を向け、いつも無表情な表情が少し動いた。
彼の名を呼んだのは、この学園の頂点である少女だ。
マリアローゼ・フィス・カイザ。
カイザ国の三番目のお姫様。
「マリア、何」
王族に対してこういう態度を許されているのは、ただ単にアイゼスを含む筆頭取り巻きたちがマリアローゼと幼馴染であり、親しい関係にあるからである。
「今日は、『アースファルト』のケーキが食べたいわ」
「ん、じゃあ放課後買ってくる」
食べたいと口にした言葉に、即座にアイゼスの口から放たれるのはそんな言葉である。
「ええ、王宮で待ってるわ」
そして公爵家長男に買いに行かせるというのに、マリアローゼは当たり前のようにそういって頷く。
マリアローゼにとって周りの取り巻きたちが自分のために何かをするのは当たり前の事なのだろう。実際、そういう光景は何処でも見られている。
「マリア、じゃあ私もアイゼスと一緒に行くわ」
「ふふ、どうぞ。リューリ」
声を上げたのは、同じく幼馴染の一人である少女である。リューリ・ミサ。伯爵家の令嬢で、いつもマリアローゼの傍にいるわけではないが、高確率で傍に居る少女である。
ちなみにアイゼスの婚約者という立場にいるのだが、アイゼスがマリアローゼの取り巻きのようになっているのにそこに不満はないらしい。マリアローゼに向かって、屈託のない笑みを浮かべている。
マリアローゼには何人もの親しい幼馴染の貴族の子女たちが居る。それは国王陛下であられるグリータニア・フィス・カイザが末の娘であるマリアローゼに友人を作ろうと色々とマリアローゼのために催しを起こした結果である。
この学園におけるマリアローゼの取り巻きというのは、大体が昔からの幼馴染たちで囲まれている。学園に入学してからの取り巻きもいるが、昔からの幼馴染たちはよく傍にいるものである。
「そういえば、アイゼス」
「なに?」
「もうすぐ学園で模擬戦が行われるのでしょう? 負けたら承知しませんわよ?」
このクゥル学園では、いくつかの学科に分かれている。
騎士科・魔術科・淑女科・教育科の四つである。
騎士科は、主に剣術を学ぶ科。この学科から騎士になるものは多い。魔術科は魔術師としての資質があるもののみが通うことが出来る。淑女科は貴族の令嬢が立派なレディになるための教育をなされる科。そして教育科というのは、主に当主になるものとか、領地経営になるものが入る。
アイゼスは公爵家の次期当主という立場だが、騎士科に所属している。そしてその学科で今度模擬戦が行われるのである。ちなみに、マリアローゼは王族であるが、魔術の資質があったために本人の希望により魔術科に所属している。
「ああ、勝つ」
アイゼスはそういって、普段無表情な顔に笑みを浮かべた。
それを見ていた周りの生徒たちはキャーキャーと騒ぎ始める。
「まったく、アイゼスがちょっと笑ったぐらいで煩いわ」
「そうはいってもリューリ、アイゼスはあまり笑わないから仕方がないわ」
「そうだけど……」
ちなみにリューリは淑女科に所属している。本来学科が違うとあまりかかわりがなくなってしまうものなのだが、マリアローゼとその取り巻きに関して言えば例外である。彼らは学科が入り混じり合っている。
休み時間もマリアローゼを中心にいつものメンバーが集まるのだから、その結束力は強いだろう。
授業開始の鐘がなる。が、彼らは特に動く気配はない。のんびりと三人で過ごしている。というのも、彼ら三人は、というよりマリアローゼとその周りは成績優秀者で囲まれており、授業は基本的に自由参加である。
マリアローゼは、魔術科の主席である。気まぐれで、授業には時々しか出ないが、それでも主席から落ちた事はなく、誰も文句は言えない。
そして取り巻き達は基本的に真面目に授業を受けているが、マリアローゼがさぼる時には誰かが必ずさぼるという現象があった。
遠巻きにマリアローゼたちを見ていた生徒たちが授業へと向かった後も、彼ら三人はのんびりと過ごすのであった。
アイゼス・トール。
作り物のように美しい、公爵家の長男。
彼は『氷の貴公子』などと呼ばれている。