4.その心は、何をたくらむか。
お姫様を気に食わないとするものは、周りの目から見てどう映るだろうか。
それも、誰もに愛され、誰もに求められる『至高の姫』と呼ばれるものを。
優しき愛されるお姫様を前に、誰もが膝をつき、忠誠を誓う。
誰もがお姫様のいうことを聞く。
そんな世界の中で、一人の少女はお姫様より上位に立とうとしている。
お姫様へとはむかおうとする少女は、お姫様を慕うものたちからしてみればどう見えるだろうか。
さしずめ、『魔女』だろうか。
悪の名称として用いられることが多い、魔の女。
そんな存在として揶揄されてしまうことなど、その少女は考えてもいない。
周りがどれだけ少女に対して良い顔などしていなくても。
周りがどれだけ少女の事をあざ笑っていたとしても。
それでも少女は一切気にした様子はない。
いや、眼中にないというべきだろうか。
少女にとってみれば、周りなどどうでもいいのだろう。
それは、少女を見ていれば誰もが思うことである。
さて、そんな周りから浮いておきながら一切気にした様子のない少女は何をたくらんでいるのだろうか。
「エンジュ」
「エンジュ」
「エンジュはかわいいね」
周りの男たちがエンジュの名を呼ぶ。そしてエンジュに愛をささやく。
その中心で、エンジュは満面の笑みを浮かべる。
幸せだという笑み。
少女のひどく愛らしい顔が、嬉しそうに歪んでいる。
周りがどれだけ厳しい目を向けてきていようが、エンジュにとってみればそれはどうでもよい話なのだ。エンジュには目の前の光景しか目に焼き付いていない。
エンジュは彼らの事しか見ていない。
自分をあざ笑う声など決して気にすることはない。どれだけ自分に軽蔑する目が向けられていても気にすることはない。
そんなこと、エンジュにとってはどうでもよい。
彼らが騒ぐ中で、エンジュはマリアローゼ・フィス・カイザの姿を目にとめる。
美しきお姫様は、幼馴染を連れてそこにいる。エンジュに一瞬だけ視線を向けたものの、それ以上の反応は見られない。
エンジュが周りを気にしない同様に、彼女も周りの事を一切気にしていないことがよくわかる。
それが、エンジュには気に食わない。
アイゼス・トールと、ルミダ・ミグ。
そんなマリアローゼ・フィス・カイザの幼馴染である二人がここにいるというのに気にした様子がない彼女が気に食わない。
「それにしても……マリアローゼ様はアイゼスとルミダの事を全然気にかけていないのね。お姫様だからって……」
エンジュはそういって、悲しそうに目を伏せる。
「アイゼスとルミダはずっとマリアローゼ様と一緒にいたのに……こんなに薄情な方だなんて思わなかったわ」
周りにも聞こえるような声でいい、マリアローゼ・フィス・カイザの評判を悪くしようと少女は目論んでいる。
「いいんだよ。俺にはエンジュがいるから……」
「うん。エンジュがいればマリアなんてどうでもいいよ!」
アイゼスとルミダがそんな風に言えば、エンジュは気を良くする。
自分が着実にこの学園のお姫様の場所を奪えている事に、小さく嗤う。
「本当にどうしてあんなに冷たいの。この学園の生徒たちを身分という権力で押さえつけて……、どうにかできないのかな」
目を伏せたまま、エンジュはこの学園の現状を憂うような表情をする。
エンジュ・アンジェは、マリアローゼ・フィス・カイザが絶対王者として君臨するこの学園の現状をおかしいと嘆くのだ。お姫様を頂点としたこの学園の当り前がおかしいと。
そして周りはそれに同調する。同調しているものは、少女の周りだけだというのに少女はそれ以外を見ることはない。
少女は……、目の前の事を見て、目の前の声に耳を傾けるだけである。
「本当に不思議だわ。あんなに冷たい人が、どうしてすかれているのかしら。まるで何かの力が働いているんじゃないかって思うわ」
エンジュ・アンジェはそんなことを言って下を向き、周りの男たちにばれないように嗤う。
何かをたくらんだようにただ、嗤う。
「何らかの力……?」
「でもそうだねー。俺もどうしてお姫様があんなにすかれるかは不思議だったんだよね」
そういうのはスザクとカタロスである。
「昔からマリアの周りには……マリアをすいているものばかりだったな」
「マリアはびっくりするぐらい人に好かれてるから」
アイゼスとルミダが同調すれば、「やっぱり、どういう事なのかな」とエンジュは悩んだように言った。
それから温測を交わしながらスザクたちとエンジュは会話を交わす。
それを、四つの目が冷めた目で見たことに少女は気づくこともなかった。
少女は周りを気にしない。
どれだけ何かを言われていても。
どれだけあざ笑われていても。
どれかけ見つめてくる目が冷たくても。
少女は周りの人物だけを見ている。
少女は周りの人物だけの声を聞いている。
お姫様の学園を乱す少女は、何をたくらんでいるのだろうか。




