1.その心は、慢心している。
『至高の姫』の楽園に現れた一人の少女は、笑う。
自分が思い描いている未来が迫っていると確信して笑う。
自分の想像する未来――要するに望む理想の未来が、来る事を疑わない。
そして、『至高の姫』を見て、嗤うのだ。
『至高の姫』を馬鹿にしたような笑みを、浮かべる。
それは、少女の知る『エンジュ・アンジェ』が決して浮かべなかったであろう笑み。
その嗤いを見た者は眉を潜める。口々に、少女の事を話す。
けれど、少女は周りの様子など決して見ていない。
少女にとって、その他大勢に関心は向いていないのである。
少女は、自室で不気味な笑みを浮かべている。
「むふふ、上手くいっているわ」
嗤っている。
歪な笑みを浮かべて、ただ、嗤っている。
ルームメイトが存在しない事は、幸いなのか、災いなのか。
もしルームメイトが居たのならば、少女をあざ笑った事だろう。それほどまでに少女はおかしい。
もしルームメイトが居たのならば、少女を諌めたかもしれない。それほどまでに少女は学園において異常である。
「アイゼス、スザク、カタロスでしょ」
指折り数えながら、嗤う。それは、今、少女――エンジュ・アンジェの傍にいる少年の数。
「皆私のもの!」
高らかに一人で宣言をする。
自分の周りにいる異性が全て自分の物などと口にする。
幾ら、王侯貴族が妻が居ても愛人がいるといったものが多かったりするほど爛れていたとしても流石にこんなことを言うものはまずいない。
そもそもそんなことを言うものはどちらにせよ異常である。
しかし、エンジュ・アンジェはそれをかなうと信じ切っている。
「マリアローゼ・フィス・カイザを排除したいってダッシュ兄様にいったら喜んでくれたしね。やっぱり傾国の姫ってだけあって害悪なのね。私が救い出してあげなくちゃ」
学園長が在籍する王族を排除するのを喜んだなんて簡単に言っているが、それは普通に考えて反逆罪に問われても仕方がない。そんな当たり前の事実をエンジュは全く気にしていないようだ。
王族に貴族がはむかう。
貴族側に圧倒的な力でもなければ、王族側につぶされるのが当然である。
だからこそ、そんな恐れ多い事よっぽど自信がなければ行おうとさえしないだろう。
しかし、エンジュ・アンジェは喜々として告げるのだ。
何の根拠をもって彼女を『傾国の姫』などと言っているかも、本人にしかわからないだろう。
「やっぱり選択肢がないから、そのままってわけにはいかないけれど……あのアイゼスが私に落ちているんだもの! 他の子たちだって!」
エンジュ・アンジェの中で生徒会のスザクとカタロスよりも、アイゼスを横に侍らせる事が出来た事が嬉しくて仕方がないようだ。
「……流石、エンジュ・アンジェね」
まるで自分以外の事を称するようにそう言って、自分の顔をべたべたと触る。そしてそれはもう歪に嗤うのだ。
「もしかしたら色々違うんじゃないかって思ったけれど、マリアローゼ・フィス・カイザに関する事は完全に一致しているし。アイゼス達もそのまま落ちてきたし。マリアローゼ・フィス・カイザが『至高の姫』だなんておかしいもの」
おかしいと、嗤う。
この学園の、いや、この国にとっての当たり前を。
「ここは現実なんだから、今すぐでもあの澄ました顔をどうにかすることもできるけれど……やっぱり、あれね」
よっぽどエンジュ・アンジェはマリアローゼ・フィス・カイザの事が嫌いなのだろう。
「一番ダメージを受ける時に……、周りに誰もいない状況においこんでからが良いわよね。それに結果は知っていても、エンジュ・アンジェが知りうるはずがないもの。それならしっかりそのままあらすじにそってやるべきね。そうしたほうが、あの女のダメージも大きいだろうし」
ブツブツブツと、不敬罪で処罰される事間違いなしの事を告げている。
「……むふふ、本当にあの時見れなかった続きが、こうして見れるなんて幸せだわ。ずっとずっと、あの女の顔を歪ませてあげたかったんだもの。私の幸せのために、『至高の姫』なんて邪魔だものね」
『至高の姫』は邪魔だと、告げる。
誰もに愛され、誰もに求められる――そんなカイザ国の姫を邪魔などと、一介の貴族の娘が言う。
「そのためには、落としてあげなくちゃ。あの女の傍にいるなんてかわいそうだもの」
ノートを開いて、むふふと嗤う。
少女は疑わない。
少女の信じた未来が来る事を。
少女は躊躇わない。
少女にとって未来は当然来るものだから。
少女は、慢心している。