4.姫の自室にて
『至高の姫』は、何時だって微笑んでいる。
カイザ国の王女様、誰もに愛されるマリアローゼ・フィス・カイザ。
彼女は何時だって笑っている。
彼女は何時だって優雅である。
そう、マリアローゼ・フィス・カイザは、変わらない。
何かが起こっても変わらないほどに、彼女の芯の部分は完成しているというべきか。
芯にある、マリアローゼ・フィス・カイザの軸となるもの。
それがぶれればどうなるかわからないかもしれない。でも、それがぶれる心配など、彼女はしていない。
彼女にとっての絶対は、彼女にとってぶれないもの。
彼女にとっての軸は、彼女にとってずれないもの。
学園という大きな舞台が幾ら変化しても、彼女は変わりもせずにあり続ける。
そんな彼女は、自室でのんびりと過ごしていた。
「マリアローゼ様」
「何かしら」
「彼らは……何かしら動いているようですが」
「ああ。皆のこと?」
マリアローゼは、幼馴染たちの事を思って嬉しそうに笑みを零す。マリアローゼ・フィス・カイザにとって、彼らは特別な枠に入っている。
幼馴染――その一言で表せないほどの感情は持っている。ただ幼い頃から仲良いだけではない。それが、彼女の表情からはうかがえる。
それなりに長い付き合いである侍女は何とも言えない表情である。
「……マリアローゼ様は、彼らを、本当に信頼していますね」
「もちろんよ。当たり前じゃない。リーノ」
ふふっと、嬉しそうに、侍女――リーノの言葉に彼女は笑っている。
窓の外を見据える。この部屋へ移動してからは見慣れた光景。けど、昔は違った。マリアローゼ・フィス・カイザは、忘れられた影の姫だったから。
ただの侍女の娘。王族として生まれたけれど後ろ盾などなかった娘。だから、今のような上等な部屋にはすんでいなかった。
こんな見晴らしがよくて、皆が望むような部屋にはすんでいなかった。
寧ろ、今彼女が、たかが侍女の娘でありながら誰よりも愛される『至高の姫』になっていることが異常と考えるべきなのかもしれない。それぐらい、彼女の立場は弱かった。
「でも……」
「でもじゃないわ。リーノにはわからないかもしれないけれど、私はわかるわ。何を心配しているかは想像はつくけど、心配することは何もないもの」
自信満々に、ただ彼女は笑う。
彼女に対して心配の声を上げたリーノを含むほかの侍女達は何か言いたそうな顔をしているが、彼女があまりにも自信満々に笑うから何も言えない。
「それよりも、あの方の歓迎の準備は?」
彼女はそんな侍女達の様子に苦笑して、話を変える。
それに対して侍女達も表情を変える。
「準備は進んでいますわ」
「陛下も王太子殿下たちも張り切っておりますわ」
「ふふ。ならよかった」
笑顔になった侍女達に、彼女は笑みを返す。
「私も、ドレスの準備をしなければならないわね。とっびっきりのものを用意したいの」
「そうですね。マリアローゼ様には最高のドレスを用意していただくのは当然です!!」
彼女がドレスの話をすれば、侍女達はそれに食いつく。
「ええ。当然だわ。私を一番美しく見せるドレスを選んで、美しく着飾らなければならないもの。全体的な歓迎の指揮はお父様たちがやるにしても、私にはやることが沢山あるわ」
彼女はそういって続ける。
「じゃあ、その準備をお願いね。情勢が落ち着いたら来るっていっていたけれどそれがいつかも想像しか今の所出来ないもの」
彼女が笑えば、侍女達も笑う。
歓迎のための事へと思考が行き、侍女たちはもう先ほどまでの懸念は頭にないようだ。そもそも当の放任である彼女が何も気にしていないのだから、それ以上に何も言えないというのもあるだろうが。
彼女の笑みを見たら、周りは心配な気持ちも全て吹き飛んでしまう。
何も心配はいらないと、だって、彼女が笑っているからと。そんな風に自然と思ってしまう。
彼女はそういう表情を浮かべる。
「楽しみだわ。早く来ないかしら」
「すぐには無理でしょう……忙しいでしょうから」
「ええ。知っているわ。でも早く来てほしいってどうしても思ってしまうのよ。楽しみなの」
嬉しそうに彼女が笑えば、周りの侍女たちは「可愛いですわ」とつぶやく。
彼女は何も心配していない。
彼女は……心配ではなく、未来に対する楽しみをただ口にする。
「きっと、あちらも楽しみにしてくれていますわ」
「それは当然だわ」
彼女は侍女の言葉に自信満々に、そうではないことを疑わないとでもいうように断言をする。
彼女にとって、それは当然の事で、当たり前の事実であるのだ。
自信に彼女は溢れている。心配事など何もないという笑み。いや、事実ないのだろう。
彼女の学園で少しずつ何かが変わり始めている。幼馴染の一人だって。
でも、彼女は何も変わらない。ただいつ戻りに笑っている。
「そうですわね。マリアローゼ様に会うのを楽しみにしない方はいませんもの!」
「それは言い過ぎだわ。でもまぁ、そういってもらえるのは嬉しいわ」
侍女の言葉に彼女は、嬉しそうに笑うのだった。
姫の自室にて。
姫は何が変化しようともただ笑っている。




