1.遠く離れた地にて
ジトリ大陸の一つの国。
それが、マリアローゼ・フィス・カイザが『至高の姫』として君臨するカイザ国。
世界的に見てみて、その国は決して大きくもない。
巨大な大陸の中の、一つの国。
そう客観的に見てマリアローゼ・フィス・カイザは大陸の中の決して大きくない国の、一人のお姫様でしかない。
だけど、彼女を外の国の者も知っている。
だけど、彼女の噂は外の国にも流れている。
井の中の蛙ではなく、彼女は井の外でも噂されている。
そして、カイザ国からそれなりに離れたとある国の皇宮でもマリアローゼ・フィス・カイザの事は語られている。
「――――ジクサード様」
「なんだ」
執務室の中へと入ってきた存在に視線を向けるのは、その部屋の主であるまだ青年ともいえる年の若い男である。
その男を一言あらわすなら、黒である。
カイザ国では滅多にいない、いやこの国でさえもあまり見ない綺麗な夜のような髪と、瞳を持つ青年。
ジクサードと呼ばれた青年は、執務室の中へと入ってきた男に、不機嫌そうな表情を見せている。
その目は冷たい。
いや、いつだって彼の目は基本的に何事にも興味を映し出さない。
「はぁ、睨まないで下さいよ。お姫様からのお手紙持ってきましたよ」
彼に睨まれても動じないのは、睨まれている事に慣れているからであろう。
軽く流して言われた言葉に、彼は顔色を変える。
「はやく、よこせ」
「……はいはい」
そ態度に呆れたような表情を浮かべながら、その男は懐にしまっていた一通の手紙を取り出す。
それを奪うように受け取った彼は、それに目を通す。
そうすれば、先ほどまで不機嫌だったことが嘘のように笑みを浮かべる。それを見て手紙を渡した男はうわーっと呆れたような声を上げた。
「表情変わりすぎでしょう。正直気持ち悪いです」
「黙れ」
「……はいはい。そんなに睨まないでくださいよー。折角ジクサード様の愛しい君からの手紙を持ってくるなんていう大役を行った俺に対してその態度ひどくないですか?」
男は軽口を吐く。身分の高いものに対してこのような態度はどうかと思うが、ジクサードは何も言わない。こんな態度が当たり前なのかもしれない。
「それで、お姫様はなんて」
「……会えるのを楽しみにしていると」
「それはそれは……はやく終わらせなければなりませんね」
ジクサードの言葉に男は面白そうに笑いながら告げる。
「当然だ」
「あ、それとお姫様との手紙とは別になんですけど、お姫様の側近から手紙が来ていて」
「ほぉ、珍しいな」
「そうなんですよね。珍しくて驚きましたね。読んでみたら何か起こりそうな感じですよ」
男はどこか面白そうに笑いながら、ジクサードを見る。
「そうか」
「そうですよ。お姫様に危害が加わる事は……彼らが居る限りはありえないでしょうが、お姫様に何かあると困りますね」
「あいつらが居るのならば問題はないだろう」
ジクサードと男の間で交わされるお姫様と、その側近の話。二人ともそのお姫様に危害が加わる事はありえないと心配はしていないようだ。
「彼らはお姫様が大好きですからね。本当にお姫様も彼らも面白い」
「……まぁ、面白いな」
「お姫様を彼らが守ってくれるとしても、お姫様に何か起こるというのも問題ですよね」
「ああ。だからひと段落したらすぐに行く」
男の言葉にジクサードはうなずく。
ジクサードにとっても、男にとっても、お姫様は重要な人物なのだろう。
「ははは、ジクサード様、別に彼らだけでもどうにかできる問題だと思いますけど。ジクサード様自身が出向く必要性はないでしょう」
「いや、心配だからなるべくはやくむかう」
「そうですか。あー、面白い」
「何笑っている」
「ジクサード様がお姫様のことになるとこれだけ表情豊かになることがですよ。ジクサード様、お姫様のことではなければそんな駆けつける気とかないでしょう?」
「当たり前だろう?」
男はジクサードの当然とでもいうような言葉にまた笑う。
男は笑っているが、ジクサードにとってみれば彼らの言うお姫様のことで駆けつけるのは当然のことであった。笑われるのが不服なのか、ジクサードは男を睨みつけている。
「睨まないでくださいよー。でも本当普段のジクサード様知ってたら面白すぎますからね?」
「お前いい加減解雇するぞ?」
「ははは、横暴なこといわないでくださいよ。俺有能なんで変わりいないでしょう?」
「……事実なだけむかつく」
男の笑っていった言葉に対し、ジクサードはそういいながら受け取った手紙を脇に置く。そうして男が来るまでやっていた書類整理を再開しはじめる。
「お前もやれ」
「はいはい。はやく終わらせてお姫様の元いきましょーね。あー、お姫様に久しぶりに会えるの楽しみですね。お姫様すっごくきれいだし、目の保養になるし」
「無駄口たたかずやれ」
「はいはい」
そしてジクサードと男は書類仕事をやりはじめるのであった。
遠く離れた地にて。
二人の男が会話を交わす。




