2.変化のこと
世界はいつも変化をしていく。
変化のない物なんて存在しない。
変わらないものであることを幾ら望んだとしても、変わらないものなど世の中には存在しない。
不変に見えて、不変ではない。それが日常というものである。
変わらないものはないけれども、徐々に変わっていくことが日常であり、その変化に人は気づかない。
しかし、急激な変化が訪れた時、人はそれに対応できるものとできないものがある。
変化に対応できるものはそれを受け入れて終わるだろう。
変化に対応できないものはそれを受け入れられないだろう。
急激な変化がもたらすものの多くは混乱である。
何故、変わってしまったのか。
何故、そんなことになってしまったのか。
それを何度も何度も問いかけて、受け入れられずに迷走してしまったりもするかもしれない。
母親の命日を開けて学園に顔を出したマリアローゼ・フィス・カイザの目の前には、その変化が映っていた。
アイゼス・トールが、転入生であるエンジュ・アンジェの傍にいた。
何を考えているかわからない『氷の貴公子』と名高い冷たい表情を張り付けたまま、ただそこに存在している。
「あら、アイゼスはあの方の傍にいるのね」
自分の筆頭取り巻きの一員である幼馴染が転入生の傍にいる。
そんな変化があったとしても、マリアローゼはただ微笑んでいる。
エンジュ・アンジェが勝ち誇ったような笑みを浮かべようとも、動じる事は一切ない。あらあらとただ余裕の笑みを浮かべるだけだ。
「マリアローゼ様……」
周りの生徒たちが眉をひそめてアイゼス・トールの事を告げようともマリアローゼはいつも通り変わらない。
アイゼス・トールという幼馴染の一角が、変化をしたとしても彼女は動かない。
それどころか、マリアローゼ・フィス・カイザの周りの、幼馴染たちもアイゼスがエンジュ・アンジェの傍に行こうとも何も行動を移すことはない。
ただ、いつも通り穏やかにそこに存在する。
アイゼス・トールの姿が見えない事以外は平常運転な彼らを前に、周りの焦っていた生徒たちも平常心へと戻っていく。
彼らの中心。
彼らの太陽ともいえるべくマリアローゼが、乱される事がなければ彼らはそれでいいのだ。
マリアローゼ・フィス・カイザがただ穏やかに日常を送ることが彼女を愛している周りにとっての願いであり、別の言い方をすればそれさえ保たれていれば如何に学園に何が起ころうとも学園が乱される事はない。
「マリアローゼ・フィス・カイザ!」
穏やかにいつも通りの日常を謳歌している彼女に話しかける存在が居る。
不遜な態度で話しかける彼――ミラン・ルミダルが現れた事により、傍に控えていたリューリ、ミーレアン、シランが前に出る。
「マリアに向かって何て言い方をしているのよ」
「マリアが何も言わないからって、貴方、生徒会長だからと……」
ミランの態度が気に入らないといった様子で声を上げるリューリとミーレアン。そしてマリアローゼを庇うように前に立ち、ミランを見据えるシラン。
「……アイゼス・トールがスザク同様に転入生の傍にいるのだろう?」
「それが、何か?」
リューリとミーレアンに目もくれずに告げられた言葉にマリアローゼは何でもないように言葉を返す。
「貴様……」
「貴方、マリアになんて言いぐさをしているの? つぶすわよ?」
「マリアが許しても私たちが許しませんわよ? マリアに貴様なんて呼びかけをするなんて何様なのかしら?」
「模擬戦でぼこぼこにしようか?」
「………おおう! 相変わらず物騒だな貴様らは! マリアローゼ様! これでいいだろう?」
マリアローゼに貴様といったことに対し怒りを表す三人に、ミランは慌てていう。そして続けた。
「それで、アイゼス・トールが転入生の傍にいるわけだが」
「ええ。そうですわね」
「……放っておいていいのか」
「ええ。それよりもスザクの事を貴方は放っておいていいのかしら? なんでも業務を放棄してまで転入生の傍にいるという話ですが」
マリアローゼは、ミランに向かって笑って告げる。その言葉を聞いたミランは少し罰の悪そうな顔をする。
そう、生徒会副会長であるスザクは転入生の傍から離れようともせずに、業務を放棄しだしている。
「それが、だな。注意をしたら『エンジュに休むことも大切だって言われたんです』って言われてな。そりゃあ、休む事は大切だろう。頑張りすぎて体調を崩しては元も子もないとは俺様も思う。しかしだ……、それとこれとは別だろうが!」
「それをスザクに直接言ったらどうかしら?」
「言った。しかしあの転入生が俺様に向かってまで色々言ってきてなっ。話にならん! 邪魔だ! アイゼス・トールを味方につけたと勢いづけておって……」
どうやらこの生徒会長はよっぽど鬱憤がたまり、こうしてマリアローゼの元まで来たらしい。
「あら、自分がスザクを上手く連れ戻せないからってマリアに愚痴を言いにきたの?」
「……アイゼス・トールをどうにかしてほしい」
「アイゼスをどうにかするとは? アイゼスの事は私たちは動くつもりはありませんわ。必要ありませんもの」
「……リューリ・ミサ。アイゼス・トールの婚約者だろう? いいのか?」
「婚約者であろうとなかろうと、私たちにとってそんな必要はないわ。マリアが必要ないといっている事を私たちはしませんの。だから、スザクをどうにかしたいのは貴方がしたい話であって、マリアには関係ないわ」
リューリがそう言い放てば、ミランは何か考えるような顔をして「そうか」とつぶやき去っていくのであった。
変化のこと。
変化しても彼女は動じない。
変化しても彼女は動かない。
変化しても、彼女は―――。




