4.”おかしい”
楽園。
そう呼ぶのに相応しい場所、それが学園である。
もちろん、マリアローゼ・フィス・カイザにとっての。という注釈がつくわけでが。
その楽園においてマリアローゼ・フィス・カイザは絶対的な存在である。
彼女が是といえば是であり、否といえば否となる。そんな世界が学園に築かれているというのは誰もが知ることである。
学園にとっても、その学園に通う生徒たちにとってもそれは当たり前のことである。
寧ろそれは当たり前と受け入れられるべきものであり、それに否を唱えるもののほうが少ない。
マリアローゼ・フィス・カイザはまるで学園の女王様のように、そこに存在する。
彼女は正しく、支配者である。
彼女の意志は、学園の意志である。
いや、彼女の意志は国さえも傾ける。
マリアローゼ・フィス・カイザは、それほどの影響力のある姫である。
彼女のまわりには沢山の生徒たちが集まる。
彼女の意志を害そうとすれば、周りが動く。
故に楽園は楽園である。
楽園は崩壊されることもなく、楽園は楽園としてあり続けた。
しかし、今、楽園には異端が紛れ込んだ。
貴族の常識も、身分さも、特に理解もせずにその楽園を壊そうとする異端が――――。
「そんなの、おかしいわ」
「え……。アンジェさん?」
「幾らマリアローゼ様がこの国の王族だからといって、そんな横暴なことが許されるなんておかしいわ」
エンジュ・アンジェは、副会長と仲良くし、アイゼス・トールにも接触をした。
その現状を心配し、心優しい子爵家の少女がした忠告に対し、エンジュは予想外の反応を示した。
マリアローゼ・フィス・カイザ。
彼女がどういう人であるのか。この学園で彼女に逆らうことが何を意味するのか。
それを忠告したというのに、それをエンジュはおかしいという。
子爵家の少女からしてみれば、当たり前をおかしいというエンジュの方がおかしかった。
子爵家の少女は、この学園にとって当たり前のことを口にしただけなのだ。マリアローゼ・フィス・カイザという王族の姫は、この学園で絶対的な存在であると。故に、彼女の気分を害する真似はしない方がいいと。
それは身分社会の確立している国においては、常識的なことである。
王族とは絶対的な存在であり、その権威が揺らぐことはあってはならない。
だというのに、それをおかしいなどと口にする。
はむかえば、その権力を前に屈するだけであるという、当たり前の未来がエンジュには見えていないことに子爵家の少女は驚く。
「アンジュさん? あのね、マリアローゼ様は横暴などではないわ。マリアローゼ様は、優しい方だもの。少し我儘なところはあるけれども、それは王族として横暴というほどの範囲では―――」
「……はぁ」
「アンジュさん?」
少女が一生懸命に、マリアローゼの事を庇うような発言をすれば、エンジュ・アンジェはその愛らしい顔を面倒そうに歪ませる。挙句溜息まではいた。
仮にも貴族の令嬢として生きてきた少女はこのような態度を滅多にとられたことはなく、善意で告げている言葉にそのような態度をとられてショックを受けたような表情を浮かべる。
「あなたも、この学園の生徒たちも、可哀そうだわ」
「え?」
「マリアローゼ・フィス・カイザの―――にあてられているだけなのに」
「なにを……」
「いずれ、わかるわ。彼女はおかしいの。彼女の人気はまがい物よ」
冷たい目でそう告げるエンジュ。マリアローゼの事も、この学園のことも心の底から馬鹿にしたような冷笑を浮かべている。
「そんなわけないわ。マリアローゼ様は……」
「貴方も、煩いわ。私の邪魔をしないで。私は正しいの」
また、マリアローゼの事を擁護するような台詞を言うとする少女にエンジュは面倒そうに冷たく言い放つ。マリアローゼを擁護する言葉など無意味だとそんな風に言うように、少女の言葉をぶった切る。
「貴方にも、いずれわかるわ。私が正しくて、この学園はマリアローゼ・フィス・カイザのための舞台ではなく、私のための舞台だってことが」
ふふふと笑いながら告げられた言葉に少女は固まった。
なぜなら目の前のエンジュ・アンジェという少女は恐れ多い言葉を口にしているのだ。
この学園の頂点であり、この国の至高の姫と呼ばれているマリアローゼ・フィス・カイザを蹴落とすに等しい言葉を。そして自分がこの学園の頂点に立つとでもいうような、どこまでも恐れ多く、恐ろしい言葉を。
エンジュの前で、どれだけ恐ろしいことを考えているのだとその至高に震える子爵家の少女。
しかしエンジュは、もう何も言わなくなった少女の事を特に気にした様子はない。ただ溜息を吐いて、その場を後にする。
残された少女はエンジュが消えた方向を見つめ、そして我に返るとあわてたようにある場所へと駆け出すのであった。
”おかしい”
そう転入生は口にする。
歯車はもう、動いている。




