2.接触
その日、マリアローゼ・フィス・カイザは学園に顔を見せていなかった。マリアローゼが学園へと顔を出していない時、所謂マリアローゼの筆頭取り巻きともいえる幼馴染たちは学園にいないことも多い。
その日も、幼馴染のうちの半分以上は学園にいなかった。
ただ、その日はアイゼス・トールは学園に顔を出していた。
騎士科に所属しているアイゼスは、学園内に存在する鍛錬所で剣を振っていた。
ただ、一心に振り続ける。
それは洗練された動きである。
幼いころから幼馴染のシランとともに剣を振ってきたアイゼスの実力は相当のものである。そもそも、この国の第三王女であるマリアローゼの傍にいる事を許されている幼馴染の一人なのだ。有能でないはずがない。
アイゼス・トールはあまり人とかかわる事はない。
進んで誰かに歩み寄る事もない。
例外がマリアローゼ達であり、他のものは基本的に近寄らせることさえしない。
アイゼスの鍛錬を見ている生徒たちも、アイゼスが鍛錬の邪魔をされることを嫌がることを知っているのもあって、おとなしくその様子を見ているだけだ。
男子生徒からは憧れの瞳を、女子生徒からは好意の瞳を、彼は向けられている。
「はぁ、アイゼス様、かっこいぃい」
「マリアローゼ様達は今日はどうしたのかしら?」
「王宮での用事だそうですわよ」
アイゼスを見つめている生徒たちは口々に会話を交わす。
アイゼスはそんな周りの声を聴いていない。アイゼスが何をしていても、周りが騒ぐのは彼にとって当たり前であった。
マリアローゼを筆頭とするこの学園のカーストのトップに彼は属するのだ。これが当たり前の光景であり、アイゼスにとって気にする必要もないことである。
しかし、今日はいつもと違うことが起こった。
「トール君、剣の鍛錬をしているの?」
今日はなぜか、親しげにアイゼスに話しかけてくる声があった。
”トール君”などと親しげに話しかけてくる相手が誰かもわからず、アイゼスが振り向けば転入生であるエンジュ・アンジェがいた。そしてその隣には、生徒会の副会長であるスザク・ナンがいる。
スザクはカイザ国の伯爵家の次男といった立場にある。見た目は優しげな好青年だ。
アイゼスは二人を視界にとどめる。
「……転入生だったか」
転入生であるエンジュが転入してきてから、交流があったわけでもない。だというのに親しげに話しかけてきたことに何とも言えない様子である。
マリアローゼが転入生に対してどういう態度を貫くか決めていたものの、王宮での用事がありマリアローゼは学園に顔を出していない。
「はい。エンジュ・アンジェです!」
エンジュは元気に答えた。
「それで……何の用だ」
「用がなければ話しかけちゃいけない? 私トール君となかよくしたいの!」
鍛錬中に話しかけてこられて何とも言えない気分になっていたアイゼスに対して、エンジュは笑みを浮かべて言う。
「一人でいるのって寂しいと思うの。だから、一緒にお話ししましょう!」
「マリアローゼ様がいない時トール君は一人だろう? それをエンジュに話したら君が一人でいる事を気にしているんだよ。優しい子だろう?」
エンジュもスザクも笑顔である。
「ああ。そうか」
アイゼスは面倒そうにそういって、また剣を振る。エンジュとスザクに対する興味が失われたらしい。
が、そこでエンジュもスザクも止まらなかった。
「トール君! 一緒にお話しましょう! 学生なんだから、もっと楽しむべきよ」
「お前に関係ない」
「関係ないなんてっ。同級生でしょう?」
エンジュはそういって、アイゼスの手を取る。剣を持ったままだというのにためらわずである。
「行きましょう? ね?」
「………離せ」
何だか一緒に行こうというエンジュが面倒になったらしく、アイゼスはそういうとエンジュの手を払ってその場から去っていってしまった。
「トール君……」
「エンジュ、トール君も色々思うところがあるんだよ。落ち込む必要はないよ」
「うん、そうね、スザク……」
アイゼスが去った後、エンジュはトールを悲哀の目で見つめ、そんなエンジュをスザクは慰めるのであった。
二人がそんな風に仲睦じい様子を見せるのを周りの生徒たちは何とも言えない表情で見据えていた。
そして、その場を去ったアイゼス・トールは、
「……ってことがあって」
通信用の魔法具で誰かへと連絡をしていた。
『……なら、………は?』
「それは……」
『マリアの……』
「それも、そうか」
『だが………』
「マリアには……」
『それは……で』
「そうだな」
そして二つの声はこれからどのようにしていくかを話し合うのであった。
接触。
転入生と副会長はアイゼス・トールへと接触をした。




