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お揃いのカメラ

作者: SS-LM
掲載日:2014/10/06

カメラはそんなに重要な要素ではないので、あまり期待なさらぬように……。

 

「ハァ……ハァ……イイ……!」

「ファインダー覗き込みながらヨダレ垂らすなよ汚ねぇな」

  日光の暖かさと風の心地良さが混在する初秋の午後。山の頂上にある駐車場の一角で、彼女は唾液を垂らしシャッターを切っていた。木漏れ日に照らされた一輪の彼岸花は風に揺れ、なんとも言えない情緒を内包していた。

「彼岸花も興奮してる女に撮られるのは初めてだろうな。俺は興奮しながら写真を撮ってる女は初めて見たよ」

「ハァ……ハァ……このレンズイイ……」

「会話をしてくれ、頼むから」

  彼女は角度や方向を変えながらその様子を撮る。恐ろしく興奮しながら。

  前屈みになれば当然尻が突き出されることになり、背後に居る俺にすればジーンズ越しとは言えその肉感が気になるが、その先で繰り広げられる卑猥な雰囲気にそんな気持ちは削がれる。

「……ふぅ、満足ぅ」

「そりゃ良かったな」

  殆ど全方位から彼岸花を撮り尽くした女は、やっとこちら側に戻ってきた。上体を起こしながら振り返りながら唇に残った唾液を指で拭い取り、さして気にせず服で拭い取る姿は気心の知れた男友達のようだった。

  女の名前は大佐 日和──おおさ ひより──。日和“たいさ”と呼ぶと無言で蹴り返してくる同僚だ。

「これからパソコンで調整して現像して……楽しみは尽きないわ」

「……あぁ、そうだな」

  背面ディスプレイで撮った写真を確認しながら無邪気に笑う彼女の顔に、視線を惹き付けられ鼓動が高まった。好きな玩具を買い与えられた子供のような、無邪気な笑顔だった。気が付けば片手に持っていたカメラを構え、彼女のその笑顔を捉えた。構図を気にする事も無く、ただ彼女の笑顔を写真に収めた。

  シャッター音でそれに気付いた彼女は、問答無用の蹴りを俺の脛に放った。

「いってぇ!」

「許可無く撮るな盗撮魔」

  彼女の爪先は的確に弁慶の泣き所を突き、その痛みでカメラを保持する手が強張った。二枚目の写真は、恐らくブレブレになっただろう。

「……写真撮りましたけど良いですか?」

「アンタねぇ……事後承諾じゃダメって言ってもしょうがないでしょ?」

「そりゃそうだけど……」

  脛を撫でて嫌がりながら、低くなった視線で彼女を見上げて苦笑い。呆れた表情を浮かべる彼女を見ている内に、先程の鼓動の高まりは落ち着いていった。

「そろそろ帰るか?」

「もう少し、夕日が撮りたい」

「だったらここより、来る途中にあった駐車場の方が良いな。遮る物もないから空を撮るには都合が良いし、街も見える」

  予想通りの返答に、準備していた言葉を返した。同時に車を指し示し、カメラの電源を落としながら歩き始めた。時間的には夕暮れまで後30分は掛かりそうだが、移動の時間と準備を考えれば余裕があるわけではない。彼女もそれを分かっているのか、足早に車へと近付いた。

  運転席に乗り込み、助手席の彼女に自分のカメラを渡した。さっきの写真を消されるだろうと思っていたが、彼女は俺のカメラを起動する事無くシートベルトを付け、先程まで自分たちが撮っていた彼岸花に向け軽く手を振った。あれだけ撮られれば花も満足だろう、と茶々を入れようかと思ったが、先程の写真を消されてしまっては勿体無い。無言のまま車のエンジンを掛け、出口へ向け発進した。

  助手席で風景を眺める彼女の横顔も写真に収めたいと思ったが、運転中はどうにも出来ないと諦めるしか無かった。





  彼女と初めて話したのは、会社の入社面接直前の控え室でだった。リクルートスーツを着こなし緊張の様子がまるでない姿に、合格するのは彼女だろうと思った。

『……緊張し過ぎじゃないですか?』

『スーツを着慣れていないせい……だと良いんだけどね』

  同じようなスーツを着た男女が十数人座る部屋で、椅子に腰掛け顔の前でくるくると回る二つの親指を見て、彼女から声を掛けてくれた。改めて思えば、彼女は俺の緊張を解く為に話しかけてくれたのかもしれない。

『高校の面接の時もそうだったけど、面接が始まっちゃえば平気なんだけどね』

『全身に力が入り過ぎですよ。もっと力を抜いて楽にならないと』

  俺の隣に腰を降ろし、彼女は手足をぶらぶらと揺らした。そのすがたに緊張の様子はなく、楽しんでいる節すら感じられた。正直、羨ましいと思った。

『ドアを開ける瞬間が緊張のピークでさ……ハハハ』

  乾いた笑いがこぼれ出た。その日、初めての笑いだった。

『自分を売り付ける訳ですから、堂々としないと』

『押し売りみたいに?』

『怪しい健康剤をですかね?』

  本当に取り留めのない会話だった。彼女が名を呼ばれるまでその会話は続き、名を呼ばれた彼女は『じゃあ売り付けてきますね』と笑いながら控え室を出て行った。その後ろを見ていると。ふと自分の身体が落ち着いている事に気付いた。せわしなく動いていた指から力が抜けている。

  そうなると先程まで緊張していた自分がおかしくなり、彼女が最初にやっていたように手足をぶらつかせた。やがて戻ってきた彼女は『色々売り付けてきてやりました』と胸を張って笑い、名前を呼ばれ入れ違いに部屋を出る俺も、『じゃあ次は俺の番かな』と笑みを浮かべられた。

  そうして合格者一名の筈の面接で二人が合格し、入社式で再び顔を合わせた時はどちらからと無く笑ってしまった。そこでやっと彼女の方が年上であった事を知り、お互いの自己紹介となった。

  年下の自分にも敬語で話す彼女に、緊張を解いてくれた感謝の感情も相成り好意を抱いたが、慣れ親しむうちにそれはあくまで彼女の猫を被った外面である事を知った。





「揺らめく地平に沈む太陽……ッハァ……ハァ……」

「今度は夕日にかよ」

  並んでカメラを構えつつ、無駄だと分かっていても突っ込まずにはいられなかった。唾液こそ垂らしていないが、口はだらんと開いている。夕日の赤みで判別できないが、恐らく頬も興奮から赤く染まっているはずだ。

「X-T1ちゃんも良い仕事よ……アッハァ……」

「俺のX-T1君も良い仕事してるよ。そして悩ましげな声を上げるな」

  同じカメラを持って写真を撮る俺達は他の人から見たらどう思われるだろうか。ふとそんなことを考えたが、レンズとカバーと、ストラップがこうも違うと普通の人は分からないだろうなと思い直した。

  彼女も俺も、持っているカメラは富士フイルムの“X-T1”だ。俺は高校時代から、彼女は俺の同僚になってから、カメラが趣味となった。色んなメーカーのカメラとレンズで写真を撮ってきたが、発色と手にした感覚とで富士フイルムの愛好家となり、少し前までは“X-Pro1”を使っていた。

  会社の昼休み、カメラとレンズのパンフレットを眺めていた俺に、彼女はカメラを買いたいと相談してきた。値段と性能を比較し説明し、カメラ仲間の撮った写真を見比べ、実際に店頭で手に持って、彼女は最“X-A1”を選んだ。富士フイルム愛好家ではあるが、良い写真が撮りたいならフルサイズ機の方が良いと言ったが、彼女は富士フィルムが良いと言った。外見が好みなのかと思ったが、今日のような夕日の写真を見て、綺麗だなと素直に思ったかららしい。確かに発色の良さは良く言われるが、その違いを人目で見分けるとは驚いた記憶がある。その場でズームレンズキットを買い、付いたポイントでプロテクターの諸々を買い、SDカードは俺のお下がりをプレゼントした。同じメーカーを選んだ以上、出来うる限りのサポートをすべきと思っていた俺は、撮影のコツやイロハを休みのたびに教えていった。そしてもう教える事が無くなった今でも、こうして休日を撮影の為に使っている。やがて発売された“X-T1”が気になりだし、俺が買うと試し撮りがしたいと家に押しかけ、やはりその日の内に買っていた。

「夕日を撮るのは……そういやこれが二度目か」

 赤く染まった街、その空を孤独に飛ぶカラス。見え得る被写体にシャッターを切り、一息吐いて構えたカメラを下ろした。もう間もなく太陽は完全に沈みきり、夜が来る。そろそろ撤退だなと思っていると、彼女も同じようにカメラを下ろしていた。

「そうだね。カメラを始めたのってさ、夕日がきっかけなんだよね」

「へぇ……どっかの写真展かなにかで?」

「ううん、そうじゃない」

 車に近付きながら問いかけると、どこか気の抜けた声で返答がきた。さっきまでの元気はどうしたのかと思い振り返ると、彼女は夕日を背にこちらを見ていた。そして風が吹き、彼女の髪が揺れた。

「アンタが展覧会に応募するって言ってた写真、会社に持ってきてたでしょ?」

「あぁあれか、でもそれってお前がカメラを買いたいっていったときより結構前じゃなかったか?」

「……好きな人に対して一歩踏み込むのって、勇気がいるんだよ」

 そこまで言って、彼女は言葉を切った。聞き間違いか、と思ったが風の音しかしないこの場所で聞き間違うことなんて無いはずだ。

「こう言うとあれだけどさ、最初、カメラは口実だったんだよね」

「えっと……それは……」

 彼女はカメラを首に下げ、一歩俺に近付いた。

「今じゃこうやって写真を撮るのが趣味になったけど、最初の頃はアンタと二人っきりになれて嬉しかった。……楽しかった。ペアルックは恥ずかしいけど、カメラだったらお揃いにこうして出来た」

「………………」

「もういい加減、素直にならないとね。……押し売りみたいに、強引にね」

 俺の言葉を遮り、彼女はまた一歩俺に近付いた。距離は車の運転席と助手席と同じくらいだが、真正面からでは距離感が違う。思わず後ずさりそうになったが、背後の愛車がそれを防いだ。

「私は、貴方が好き。一目惚れ、でした。貴方は、私の事を、好きに……好きになってくれますか?」

「…………ぁ」

 情けない事に、声が出なかった。彼女の表情は夕日で見えにくいが、緊張している事が見て取れる。男勝りと言って差し支えない彼女のその表情に、俺の鼓動が高鳴った。

「同じ……だ」

「……え?」

 数秒の間を空けて、俺は緊張に唇を震わせながらそう答えた。彼女が意味の通らない俺の返答に疑問符を投げかけたのは、当然だった。

「俺も、その……一目惚れだったから」

「…………ぇ」

 今度は彼女が間の抜けた声を上げた。悪友のような期間が長すぎたせいだろうか、こうなった時の事を考えていなかったのだろうか。

「先を越された……ってとこ」

「あ……ごめん」

 そこまで言って、俺と彼女は声を上げて笑った。緊張していた事が急におかしくなり、身体を揺らして笑った。そして一頻り笑い、お互いに顔を見合わせてもう一度笑った。

「だけど、やっぱりここは押し売りみたいに強引に行かないとな」

 彼女の肩を掴み、その目を見つめる。笑ったせいか、彼女の目尻には涙が一粒光っていた。

「俺も、貴女の事が好きだ。初めて見たあの時から、ずっと」

「……後出しのじゃんけんみたいで、ずるくな……あっ」

 確かにこれは後出しのじゃんけんだ。勝利が見えている勝負じゃ釣り合いが取れない。だから俺は、彼女の唇を塞いでみせた。

「……これでお互い一回ずつ先を越した。チャラになるだろ?」

「乙女の純情、一回のキスくらいでチャラにするつもり?」

「じゃあ、もう一度だな」


 夕焼けに照らされた峠道の駐車場で、同じカメラがカツンと音を立ててぶつかった。

言葉では表現できない富士の色合い……。

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