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覚悟の王子、そして青天の霹靂

紅葉祭は今年も大盛況だった。

我が村は王都から離れた田舎にあるせいか、イベントごとは年に数回程度しかなく、娯楽は祭りぐらいしかない。

私を含めた村の若者たちは紅葉祭を楽しみにしていたし、この祭の直後、カップルが急増するのもお決まりだった。


祭のクライマックスに行なわれるダンスイベントはさておき、普段、静かな村人たちが活気づき、浮ついた様子で露店を練り歩く姿を眺めるのが好きだった。

祭りの会場は、我が村と隣村を隔てる山の中腹の雑木林を切り開いて作られた広場にあり、真ん中には巨大な焚き火が設置され、ダンスイベント時には天に赤々と炎を突き上げる。

広場周辺にはメープルの樹木が多く生息し、燃えるような赤、鮮やかな黄、濃い緑が入り混じり、ヴェニーの母親が丹精込めて作ったパッチワークのように山を彩っていた。


左手に齧りかけのニシン包みパイを持ち、右手にはほくほくと湯気を上げる芋バター。露店の食べ物を買って頬張るのも、楽しみのひとつだし、華やかな絹織物のスカーフや特産物の紫水晶をあしらったネックレスを見ているだけで、心が浮き立つ。

見るもの全てが新鮮に映り、気付けば私の両手は露店で購入した食べ物やらアクセサリーやらで塞がっていた。

マルコとヴェニーは手を繋ぎ、穏やかな笑みを浮かべながら、いくつもの露店を冷やかし歩いている。

二人で祭りの雰囲気に浸りつつ歩くのが楽しいのだろう。


「アンリちゃん。口の端にパイのカケラがついてるわよ」

ヴェニーはさっと私の唇に触れるとパイ屑を取り、あろうことかそれを自らの口に入れた。

「ちょっと。ヴェニーったら、マルコの前でこんな」

「だってアンリちゃんたらちっちゃな子供みたいなんだもの。一生懸命もぐもぐしてて可愛い」

にっこりと微笑まれて、顔が赤らむのを感じた。ヴェニーは大人しいけど、気を許した相手にはどこまでも甘い。

マルコは羨ましそうな、呆れたような複雑な表情だ。


太陽が沈み始め、周囲が薄暗くなってきた。中央の焚き火に火がつき、露店や木に吊るしたカンテラを一斉に灯し、広場は昼に負けないくらいの明るさになる。

そろそろ頃合いか。

「私は知人の所に顔を出してくるから。後は若いお二人で楽しんでね。へっへっへっ」

「やだ。アンリちゃんたら、おじさんみたいな笑い方して」

私がマルコに目配せすると、彼は頷いてくれた。実に申し訳なく感じ、私はぺこりと彼に向かって一礼すると、ヴェニーに手を振って歩き出した。


私が彼にお願いしたことは、ルカの為にはなっても、マルコに何の益ももたらさない。

それどころか、二人が恋人同士となるきっかけである思い出のダンスイベントで、ヴェニーを恋人マルコでない他のルカと踊らせるだなんて。マルコ以外の人間はそんなことを承服しないだろう。本当に彼の懐は深い。

マルコにここまで配慮してもらったのだ。あのヘタレ王子ルカには必ず告白してもらい、ヴェニーへの未練を完全に断ち切ってもらわなくては。


祭の主催者であるルカは簡単に見つかった。

村の若者や幹部らしき中年男性たちにテキパキと指示を飛ばす彼の隙を見て、腕を引っ張り人気ひとけのない林に連れ出した。彼はぶつくさ言いながらも、存外素直に付いて来た。

「僕はぼけっと遊び歩いている気楽な君と違って、一分一秒を惜しむぐらい忙しいんだ。何せ村一番のイベントの全てを取り仕切らなくてはならないんだから。そんな僕に一体全体なんの用があるって言うんだい?」

「マルコからヴェニーの身柄を借り受けたわ」

「は? どういう意味だ」

「ダンスイベントでは貴方がヴァネッサと一緒に踊るのよ。そしてこの機会に思いの丈を全部ぶつけて来なさい」

広場のカンテラの明かりがわずかにしか届かないこの場所は、林と呼ぶには木の密度が低く、ぽつぽつと樹木や下生えが生えているのみで、夜空からの月明かりも届く。青白い月光に照らされたルカの顔はやけに神秘的で、森の精霊のようだった。美形はどんな要素でも自らの美を引き立たせる舞台装置にしてしまう。なんてずるい、羨ましい、と関係ないことをつらつら考えていると、両手をむんずと掴まれた。

「君はどうしてここまで僕の為に尽くしてくれるんだ? ひょっとして僕のことを」

「それは100%ないから安心して」

何やら不穏なことを言いかけるのを、遮りスパッと告げる。

「王都から帰還した貴方が初めて催した紅葉祭。その時、私は貴方の表情かおを見て、貴方の想いに気付いたの」

村の女性たちに囲まれて、当たり障りのない綺麗な笑顔を浮かべる彼しか知らなかった。

それがヴェニーの前では花が綻ぶような柔らかい笑顔となる。

そしてマルコと踊る彼女を射抜く燃えるような眼差し。その後の表情の変化に息を呑んだ。

先ほど見せた熱がくすぶり、雨の中に捨てられた仔犬のような、駆け寄って抱き締めたくなるような表情になっていた。

彼は、望めば手に入らない物など何もないこの男は、一番欲しいであろうヴァネッサの愛だけは得られないのだ。

そのままならなさ。全身全霊をもってヴェニーを愛するルカの純粋な想いに惹かれた。


それ以来、私はダンスイベントで誰かに誘われても、到底踊る気分になれず、人知れずヴェニーを想うルカの愛を見守り続けていた。

一人では育てられない想いを。このままいくと破滅してしまう想いを見事に咲かせ、美しく散らせてやる。それが私の使命と感じていた。


「いつも村の為に頑張っている貴方だもの。好きな娘と踊るぐらいのご褒美はあってもいいと思って」

気張ってきなさいよ! ヘタレ王子!

カツを入れるつもりで、思い切り背中を叩いてルカを送り出す。




今思えば私の行動は迂闊だった。皆から衆目を集める王子ルカなのだ。私たちのこのやり取りを誰も見ていないなんて、どうして呑気に信じていられたのか。

彼は村の村長の息子であり、祭りの主催者でもある。その彼がどこぞの女に人気のない場所に連れて行かれたら、後をつける輩が居てもおかしくない。


結論から言うと、私たちは複数の女性につけられ、会話も全て聞かれてしまっていた。その女性たちはルカの取り巻きであり、ヴェニーをよってたかって嘲笑する連中だった。

彼女たちがヴァネッサに向ける敵意は強く、鋭い女の勘がルカのヴェニーへの想いを嗅ぎ取っていたのだろう。だから、嫉妬のあまり彼女を口々にけなした。

それが私とルカの会話によって、村の王子の愛を一身に受ける唯一の女【ルカを慕う女性たちの明確な敵】と認識された。


私は自ら進んで大切な友達を、ヴェニーを危険にさらしてしまったのだ。



その事故が起きた時、私は焚き火から離れた場所で、マルコと一緒に飲んでいた。

ツマミの鹿肉ソーセージを齧ると、肉汁が旨みとともに口の中でジュッとはじける。それを葡萄酒で流し込み至福を感じていた。

マルコはと言うと、ソーセージも食べず、遠い目をしてちびちびと葡萄酒を飲んでいる。

ルカに一時的に譲り渡した最愛の恋人のことを想い、複雑な気分なのだろう。申し訳なく思っているが、どうしようもないことなので、私は何も喋らなかった。



ふいに広場の中央にざわめきが走り、直後膨れ上がる怒号と悲鳴。

私たちは騒ぎの中心に駆けつけた。人混みの中、すらりとした足を伸ばし、横たわる男性が見えた。倒れている彼の名を泣きながら呼び続けるのはヴァネッサ。

男性は頭から血を流しており、それを見て取り乱して卒倒する女性や泣き叫ぶ女たち。逃げ出そうとする男女を取り押さえる男たち、被害者を抱き起こし、手当てを施す人たち。

事故現場は天地がひっくり返ったような騒ぎとなる。


祭の主催者が大怪我をして、強制途中退場をしてしまったため、ダンスイベントは中止を余儀なくされた。


夜が明けてようやく、私とマルコは幾分か冷静さを取り戻したヴァネッサから事情を聞くことが出来た。



マルコは渋るヴァネッサを説得し、私があらかじめ決めていた待ち合わせ場所に彼女を行かせる。そこでルカと合流して二人で踊るはずだったのが、邪魔が入った。

ヴァネッサを取り囲む4人の男と3人の女。女は男たちに指示して、ヴァネッサを何処かへ連れて行かせようとしたが、そこにルカが現れた。

ルカは彼女を守って健闘したが、いかに強い彼とて多勢に無勢。突き飛ばされ、木に頭を強打したところで、祭りの実行委員たちが駆けつけてきた。

憧れの王子に怪我をさせる原因を作った女たちはパニックに陥り、一人は卒倒。もう一人は逃げ出そうとして、他の男たちと一緒に取り押さえられ、最後の一人はヒステリックに泣き喚きながら、引きずられていった。



一睡も出来ず、目の下にうっすらとクマを作った彼女がぽつぽつと語るのをまとめるとこんな所だ。

たったの一晩で憔悴してしまったヴェニーの背をマルコは優しく無でさすっている。

「私を庇ったせいでルカが酷い目に遭ってしまった」

「違うよ、ヴェニー。君のせいじゃない」

「そうよ。私が不用心だったのがいけないの。もう少し注意深く動くべきだった。それと、ヴェニーに危害を加えようとしたアイツらも」

考えただけで怒りがこみ上げてくる。事件の主謀者たちは今頃は村を仕切る治安部隊の人たちに事情聴取され、こってり絞られていることだろう。

しばらくは家にも帰れず、村への奉仕活動を無償でやらされる羽目になる。

これを機会にじっくりお灸を据えて欲しいものである。




大騒ぎで幕を閉じた紅葉祭の翌日、ルカは無事に目を覚ました。頭を強打しているにも関わらず、命に別条はなかったし、身体中の打撲や切った頭皮を縫った以外、大きな怪我はなかった。



「どういうことなのよ!?」


私は目を覚ました王子ルカの言葉を聞き、絶叫した。


「ああ、無事だったんだね、愛しのアンネリーゼ。君を守れて本当に良かった」


意識を取り戻したルカはヴァネッサへの想いを忘れ、あろうことか私と恋人同士であると思い込んでいたのだ。

ヴェニーを守って怪我をしたのに、襲われていたのはアンネリーゼ、と誤った認識になっている。


「アンネリーゼ。君の素直になれない意地っ張りな態度は、なんていじらしいんだろう。愛しているよ、僕の可愛い恋人」


ルカは、天邪鬼な王子は、恋人にベタ甘な台詞を吐きまくる素直な青年に変わってしまった。


私は、愛しい恋人を抱き締めようと伸びてくる腕をかわしながら、全身に鳥肌をたてて自分のおせっかいな行為を呪うのだった。




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