表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーモニー  作者: haco
1/1

プロローグ

うんざりするほど長い夜に別れを告げるために、

半年前から早朝のコンビニでバイトを始めた。


夜11時には寝て、朝の5時には起きる。


朝ごはんはバナナとかヨーグルトとかで済ませて

まだ太陽の差さない道を自転車で、颯爽と通り抜ける。


おかげで肌もきれいになったし、

少し出ていたお腹も、締まってきた気がする。


お昼に上がって、大学に行って、適当に友達と話を済ませたら

あっという間に溜まっていた疲れが顔を出し、眠くなる。


そう、今のわたしは

夜が夜になる前に、眠くなる。


健康的だし、理想的。


だけど、本当は分かっている。


こんなことじゃ、解決していない。


こんなことは、答えにならない。


渦巻く疑問を、とりあえず後回しにしているだけ。


そう、今のわたしは

夜がやってくるのを、ひたすらに避けている。



その日、目が覚めたのと同時に異変を感じた。

ぱっと開くはずのまぶたが、やけに重く、熱い。


起き上がろうとして、それが体中に蔓延していることに気づいた。


ずきずきと痛む頭を抱えて、1階に降りていくと、

しーんとしたリビングの棚から体温計を取り出し、脇に挟んだ。


ごんと、支えきれなくなった頭をテーブルに落とすと、

ほっぺたにあたるビニールのクロスがひんやりとして、とても気持ちいい。


やがて、電子音で知らされたその体温を見て、驚いた。


38.9℃


一人になってから、初めて風邪を引いてしまった。



しばらく、そこでいろいろと考えをめぐらしてみたが、

コチコチと進む時計の針に押されるように、

とりあえず2階の自分の部屋へと、戻ることにした。


今日は、バイトなのに。


時間までは、まだ十分あるけど、これでは働けそうもない。

休むことはできても、迷惑をかけてしまう。


わたしの働くコンビニは、周りに学校が3つもあって、

それでいてオフィスビルもあったりするものだから、朝はなかなか忙しい。


3人で入っても、いつもキリキリなのだ。


わたしは、ベッドにうわっと倒れこむように戻ると、

近くに置いてあった携帯に手をかけた。


「・・・もしもし。」

意外にも3コールで坂下くんは出てくれた。

「もしもし?」

「あの・・・原田だけど・・・。」

「原田さん?どうしたんすか?声ガラガラっすよ。」

「熱が・・・あって・・・。」

「え〜、大丈夫っすか。相当苦しそうですよ?」

「うん。苦しい・・・。」


坂下くんは、早朝組のシフトの子ではないが、

同じ大学に通うサッカー好きの、かわいい感じの後輩だ。


「もしかして、バイト入ってるんですか?」

「うん・・実はそれで・・・替わってもらえないかと思って・・・。」

「あぁ〜・・・。」


坂下くんは、明らかに困った感じでトーンを下げた。


「あ、、無理なら・・・」

「いや、俺はちょっと1限あるんで無理ですけど、他あたってあげますよ。」

「いや、でも・・・」

「いいですからっ。ちょっと待っててください。」


他、

そう言って切れた電話を握り締めながら、

わたしには一人の男の子の顔が浮かんでいた。


賀谷恭平


坂下くんが「他」をあたるとしたら、あの人しかいない。


わたしは、うつぶせのままだった体をごろんとひっくり返すと、

携帯をパチンと閉じた。


賀谷くんは、同じ歳の深夜組みの人で、

いつもシフトの入れ替えの時に挨拶を交わす。


坂下くんと仲のいい人。


それだけ。


だけど、それだけではないことを、わたしは知っている。


好きなのは、クリームがけのコーヒーゼリーと古谷実。

嫌いなのは、酔っ払いとスポーツ新聞。


わたしと、一緒だ。


ぼんやりと浮かんでいた賀谷くんの細かいディテールを思い出そうと、

熱い額をさすっているところに、メールの着信音が鳴った。


2007/4/25 5:16

subject 賀谷です。

坂下くんから聞きました。僕、大丈夫なんで替わります。

店長にも伝えとくんで、ゆっくり休んでください。


熱い体が、さらに熱くなるのを感じて、

わたしは再びうつぶせになった。


枕元に置いてあるくまが、こっちにフフフと笑いかける。


「いや、違うんだよ。くまくん。」


わたしは、ぎゅっと手を伸ばすと

くまの顔をつかんで、たぐり寄せた。


「違うさ。これはそんなんじゃない・・・。」


力なく抜ける独り言が、熱い息に変わる。


「だって、もう懲りたじゃん。あたし。」


くるっと、くまの顔を自分の方へ向けると、わたしはその手でくまを頷かせてみた。


「そうそう。・・・なーんにも始まらないよ。」


くたくたになったくまくんを握り締めると、

わたしはゆっくりと目を閉じ、再び、眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ