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遅い(黒巣漆視点)



 どこまでも、近付けられるような気がした。

 寄り添うくらい、近付いてもいい。そんな許可を貰った気がした。



 今日の宮崎は、超可愛い。

 今までにないくらいお洒落だ。

 いや、まぁ、この前の二人っきりのデートの時も可愛かったけど。

 宮崎との距離に浮かれていた。ジェットコースターに乗る宮崎は、他の二人と一緒に楽しんで時々笑みを溢してた

宮崎が笑うから、ちょっと酔ってきても絶叫系にまた付き合いたくなる。

 ジェットコースターの速さは、俺にとっては遅い方で左右にガタガタ揺らされちゃ楽しくない。でも、宮崎が楽しいならそれでいい。

 宮崎に奢られたジェラートを一緒に食べた。

 宮崎は間接キスとか気にしない質だ。だからどぎまぎしつつもシェアしてたら、宮崎が頬を重ねるほど近付いてジェラートに噛み付いた。

 俺が早く気付いて向いてたら、唇がつくところだ。

 宮崎の頬の感触に、撃沈。

 平然を装う。平然を装わなくては。

 沈黙してしまったから、宮崎の悩み事について訊いた。

 そうしたら、夢の中で会っていたアメデオについてだった。

 絶望して泣けないほど追い込まれたにも関わらず、宮崎はアメデオを救うことを考えてしまうという。

 前世では高校生のまま命を落とし、現世では死亡フラグを回避しながらも高校生を満喫して生きている。

 生きたい宮崎が、誰かの命を奪うことも、見殺しにすることも出来ないだろう。揺らいで当然。出来る限り救いたいと願うのも、当然だ。

 俺に出来ることは、ただ話を聞いてやることだけ。

 それと止めてやることだけ。アメデオを救わないという選択肢が正しいと、言ってやることだけだった。

 少しその悩みを打ち明けることが遅かったことが、気になる。

 アメデオと夢の中で会ったのは、随分前からだ。夏休み中に話すチャンスがあったはずなのに、宮崎は話してくれなかった。

 夏休みの宮崎の大好きなイベント中に、今が幸せだと、話してくれたから。

 なんでも話してくれていると思ってた。俺のことを好きになりそうだってことも、素直に話してくれたんだ。

 俺と違って宮崎は本音を言えるから羨ましく思うし、俺に相談してくれたことも嬉しく思ってた。

 また宮崎にお礼を言われる。この距離が心地よすぎて、アメデオの件を遅れて話したことはすぐに気にしなくなる。


「あー……そう言えば、誕プレ決まった?」

「? ああ、あれはまだでしょ。あと一週間ある」

「アンタ、絶対忘れてたろ」


 話題を変えて、誕プレについて訊いた。

 宮崎の反応は、忘れていたようだ。こっちは真剣なのに、他人事みたいにムカつく。

 特段ないと言った宮崎が、考えた末に好物の囁き声を今要求してきた。流石にそれは予想外だったが、誕生日だ。要求を呑んでやろうと、恥ずかしさに堪えながらも、耳元で"音恋"と囁いた。

 恥ずかしさに堪えきれなくなり、テーブルに踞ったあとに宮崎を見てみたら、宮崎も頬を赤らめて俯いていた。

 その反応知ってる。赤神先輩やヴィンセント先生に声攻めを受けたあとの反応だ。


「……アンタ、本当に耳弱いよなぁー」


 あの時みたいに放心はしていない。でも、本当に囁いただけで嬉しそうだ。

 なんか、なんか、なんか。

 今日のお洒落は俺のためなのかもしれない。今日ポニーテールなのも好きだと言った俺のためなのかもしれない。

そう思えてきた。

 俺が好きだから、俺の囁き声を要求して、たった一言だけでこんなにも嬉しそうな反応をしてくれているのかもしれない。

 俺の声で、好きだって言ったら喜んでくれるだろうか。

想像したら、宮崎の誕生日に告白したくなった。

 最高のプレゼントになるなら、送りたい。

 そのためには、やっぱりリュシアンの件もアメデオの件もそれまでに片付けないとな。

 決心を改めて固めた。

 でも、嗚呼――――待てるだろうか。

 こうして宮崎と肩を並べて座っているだけで、手を伸ばして手を握りたくなってしまう。

 ああ、もう。宮崎とのこの距離が、心地よすぎる。




 休憩が終わったあと。


「黒巣?」

「ん?」

「顔いやらしい、なに考えてる?」

「は!?」


 カートレースのアトラクションに向かっていたら、急に園部に言われて慌てて顔を隠した。


「冗談、でも図星か」

「ち、ちげーよ!」

「音恋を見つめてた……いやらしいこと考えて」

「違うって言ってるだろ!」


 無表情で園部が迫るから、頭を掴んで押し退ける。


「音恋になに囁いてた?」

「見、て、た、のかっ!」

「紅葉の楽しみだから」

「いい加減余所の恋愛に首を突っ込ませるな!」


 戻るのが遅いから、どうせ見てたと思ってた!

 俺は園部から逃げるように先を歩く宮崎の後ろについた。

 カートレースで次に乗るアトラクションを決められる。

なんとしても俺が勝って、絶叫系を避けなければエンドレスだ。

 そう思っていたのに、スタート直後に園部にぶつけられて、その拍子に宮崎のカートに激突。

 俺のカートが宮崎の行方を塞ぐような形になってしまい、他は先に進んでしまった。


「悪い! 宮崎!」

「ビリ決定だね」

「俺の腕を舐めんなよ!」


 絶対に七瀬を勝たせない!

 追い掛けようとカートを走らせている最中に、後ろから気配がしない。

 振り返ってみれば、ガタガタとコースを作っているタイヤの壁に衝突しながら宮崎がカートを走らせていた。なんだ、あの下手さは。

 思わず停止して、宮崎を待った。


「……そう言えば、アンタ一度も俺にカーレース勝ったことないな」

「ちょっと。携帯ゲームとカートを一緒にしないで、携帯ゲームでなら勝てるから」

「カートは無理ってことだろ」

「そうです」

「言い切った」


 宮崎は運転の類いは不得意のようだ。置き去りにするのは気が引けたから、アドバイスしながら進む。結局、二人揃ってビリ。


「アンタ、絶対に免許取りに行かない方がいい。先ず合格しない」


 断言しておいた。

 絶対にコイツ事故る。車もバイクも運転はしない方がいい。長生きしたいなら。

 そうしたら宮崎は、膨れっ面をしてそっぽを向いた。……可愛い。拗ねるなよ。


「で? どれにまた乗るんだ?」


 結局勝ったのは、七瀬。

 ルイと橋本が苦笑を浮かべて俯いているから、どうせ園部が全力で妨害して七瀬を勝たせたんだろうな。園部め。


「ううん、気が変わった。お化け屋敷にいこー」

「は? あんなに乗りたがってたじゃないか」

「だから気が変わったの! 皆いこー!」

「はいはい」


 七瀬は宮崎と橋本の手を取り、お化け屋敷へと足を進めた。気紛れにもほどがあるだろ。呆れつつ追うと、肩を掴まれた。


「これで音恋と手を繋ぐ正当な理由が出来た」

「なっ」


 園部が囁くとすぐに歩き去った。

 絶句する。バレてた。

 俺が宮崎と手を繋ぎたいって気持ち、バレてた。俺が宮崎の手を気にしてたからだ。それで七瀬と企みやがった。

 だが、簡単にはいかない。なんせ宮崎が怯えるのは暗闇のみ。お化け屋敷は宮崎が怯える暗さではないから、それを知る俺が手を繋ぐなんて逆に不自然。だから……不可能。


「じゃあ二人一組で、ゴー!」


 妖怪ばかりが登場する古典的なお化け屋敷の前、張り切る七瀬と園部が堂々と手を繋ぎ先に入った。


「お先にどうぞ」

「あ、うん、じゃあ行こうか。緑橋くん」

「う、うん」


 宮崎が譲るから、先にルイと橋本が入る。ルイの背中は、ビクビクしていて頼りなかった。アイツ、大丈夫か。


「ねぇ、黒巣くん」

「なに?」

「手、繋いでいい?」


 次は俺と宮崎の番。宮崎に呼ばれてみてみれば、まさかのことを頼まれた。


「……なんで。そんな、暗くないぞ」


 宮崎が怯えるような暗さじゃない。仮装したお化けにさえ、怯えたりしないはずだ。


「でも……点滅するから……」


 少し俯いた宮崎の声量が下がる。点滅して真っ暗になることに怯えていた。


「……だめ?」

「…………」


 俯いたまま俺を不安げに見てくるし、手を握りたかったから、断るわけがない。

 暗闇、本当に苦手なんだよな。前も怯えきって、俺が抱きしめたほどだ。


「……ほらよ」


 手を出す。袖に埋もれた小さな手が俺の掌に乗る。それを軽く握った。そして、お化け屋敷に入る。


「この中に本物がいるぜ」

「へー。……本当に?」

「ああ、妖気感じる」


 少しでも宮崎の気をまぎらわそうと、言ってみた。妖気を感じる。悪さするモンスターではなく、人間に紛れて生活するモンスターだろう。

「どんな人かな」と興味を示した。

 "どんなモンスターか"でなく"どんな人か"と口にする辺り、性格を気にしているようだ。上手く人間社会に紛れて生活できているモンスターへの興味。

 いつか、そういう話を宮崎としてみたい。なんてことをちょっと思った。

 化けもの屋敷がモチーフだから、軋む古びた風の床を歩く。屋敷をモチーフにした迷路みたいだが、通る道は決まっている。破けた襖から白い手が飛び出してきたが、驚くことなく進む。

 次はろくろ首が頭上を通り、睨むように見下ろしてきた。

 あ、コイツ、本物だ。ろくろ首も俺達の妖気に気付いているから、少し呆れているようだった。

 モンスターがお化け屋敷に来たからな。

 ちょっと自嘲を漏らす。

 次の部屋ではポルターガイストを演出するから小さな和室に閉じ込められた。

 少し点滅するから宮崎が俺の手を握りすがり付く。ガタガタと揺れながら、電球が点滅する。

 宮崎の力が強まる。点滅に怯えているにしては、過剰に思えた。宮崎は少しの恐怖なら強がりを見せる。

 変だと思い顔を覗いた。

 俺にすがり付く宮崎の顔は、青ざめていて苦しそうだ。

最後の仕上げで、襖から偽りの長い黒髪を垂らした白い浴衣の女が雪崩落ちてきた。


「タンマ! タンマ! ギブだ! 出してくれ! 彼女が倒れそうだ!」


 急いで宮崎を抱えあげて、すぐに出してもらうために頼み込んだ。

 非常用出口から飛び出すと、宮崎が顔を上げた。

 空を見上げた宮崎は、涙を落としそうだった。




「水。……大丈夫か?」

「うん……ごめん……ありがとう」


 俺が買った水を飲まずに宮崎は、額に当てて踞る。口数が少なすぎだ。

 俺も椅子に座って宮崎の顔を覗き込む。絶対に演出に怯えたわけじゃない。原因は何なのか、探ろうと観察した。

それを察した宮崎は肩を竦める。


「……まだ、あの悪夢を見るの。一週間で一回くらい。……最近見た夢には、なにか断片的な映像が加わって……点滅するあの部屋にいる時、それを思い出したら……死ぬ恐怖も思い出しちゃって……」


 始業式に見たという宮崎自身が死ぬ夢。

 リュシアンがアメデオの居場所を聞き出すために、一度暴れた。俺は殺されかけた。その時に過った悪夢。

 宮崎は自分が死ぬ夢を、まだ見ている。

 暗闇より怯える死の恐怖。前に聞いた時と同じ。まるで何かを暗示しているようで、俺も怖くなる。


「……なにが、加わった?」

「あれは……ごめん……思い出せないや……」


 宮崎は思い出そうとしたが、叶わず首を横に振る。そこでお化け屋敷から、漸く七瀬達が出てきた。


「七瀬達にアンタの具合が悪くなったから、出たって話しとく」

「うん、もう大丈夫。ありがとう、黒巣くん」


 宮崎の肩に手を置けば、笑みを向けられて礼を言われる。照れ臭くなり、出口に立つ七瀬達の元へ早足で向かった。

 でもやっぱり話すのが遅い。俺も悪夢を見ていないことを、何回も確認すべきだったな。


「宮崎が具合が悪くなったからギブした」

「え? 音恋ちゃん、大丈夫?」

「黒巣が手を繋がないから」

「いや、繋いでたから」

「じゃあ頼りなかったんだね」

「違う! 寧ろ逆だ!」


 園部と七瀬が俺を責め立てるから、ムキになって口を滑らせた。七瀬が食い付きにやにやし出す。


「頼りにされてるんだー?」

「脈ありだね、告白は観覧車がいいよ」

「うぐっ」


 頼りにされている、と思う。いつも隣にいたのが俺だったからかもしれないけれど、宮崎は俺を頼ってくれる。それは、俺に好意があるとともとれる。


「……今日はしねーよ。宮崎の誕生日に……する」


 今日しろと煩く言われないように、教えておいた。

 恥ずかしい。宮崎が喜んでくれる期待と不安で落ち着けなくなる。


「誕生日と言わずに今にしなよ、黒巣くん」

「誕生日迎える前に気を変えてしまわないように、チャンスのある今にしなよ、黒巣」

「なんで今に拘るんだ!? お前らが見たいだけだろ!」

「それもあるけど、黒巣くんヘタレだから」

「怖じけづく前にしてほしい」

「怖じけづかねーよ!!」


 憐れみ一杯の目を向けてきやがった。

 中学生の頃は完全に否定できないが、今は違う!

 そうこう話している内に、ルイ達も出てきた。

 橋本と手を繋いでる。俺の視線に気付いて二人は手を放した。


「ねーねー、ルイくん。黒巣くんが今日じゃなくて誕生日にするって言うの」

「え、告白? それなら、いいんじゃ……」

「だめだめ遅ーいよ。美月ちゃん、黒巣くんは中学から音恋ちゃんにメロメロなの。告白は今すべきだよね!」

「なに広めてやがる!」


 七瀬がルイに報告したあと、さらりと橋本に教えやがった。頭を叩いてやりたかったが、その時の園部の行動が怖いため堪える。


「え。そんなに前から? ……じゃあ、今日するに一票」


 目を丸めた橋本までもが、今日するに一票を入れた。


「なんでだよ! 誕生日にするって言ってるだろ!」

「今日告白して付き合って、来月の音恋の誕生日に、自分をプレゼントしなよ」

「ブッ! 何を言い出す!?」


 俺を宥めようと肩に手を置いた園部が、いきなり真顔でとんでもないことを言い出したから吹いた。


「うん、真面目な二人だから一ヶ月後が丁度いいタイミングだと思うよ」

「交際前から、んな話をするな! 想像もするなっ!」


 だから今を勧めるのか! コイツらめっ!


「あ、あの、そういうのは抜きで、私はチャンスがある今日がいいと思う。音恋ちゃんは本当に可愛いから……誰かにさらわれた後では遅いよ」


 橋本が苦笑を浮かべつつ、挙手してもう一度やんわりと勧めてきた。

 こっちはまともだ。ルイの相手だからまともじゃなきゃ困るが。


「なので、観覧車で告白!」


 ポンッと七瀬が私の背中を叩いた。

「次はメリーゴーランドで記念撮影しに行こう!」と宮崎の元に行って誘う。

「が、がんばってナナ」とルイは俺に声をかけると、橋本達に続いた。


「……誕生日に、絶対にするっつーの」


 今度こそ、絶対だ。

 この想いを、伝える。

 ――その前に溢れないように堪えないといけないな。




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