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精一杯の勇気




 音恋が自分を好きならば、この声で届けるメッセージを喜んでくれるかもしれない。

 ますます告白に踏み込めない要因になっている問題を片付けよう。

 心が浮き立つ黒巣は、一瞬にして遊園地で見てはならないものを見てしまった気分になった。

 見間違いであってほしい。切に願ったが、見間違いではなかった。


「あっぶねー」

「え、見付かりましたか、見付かりましたか!?」

「ナナと目が合って、ネレンに危うく見付かるとこだった」


 建物の裏に身を潜めるのは、橙と桜子だ。

 音恋と黒巣のデートが気になり、桜子が橙に頼み込んで来てしまったのだ。このデートを知っているのは、桜子だけ。


「でも、でもでも、いい感じなんですよね!?」

「んーまぁ……いい雰囲気だったな」


 興奮した様子で問い詰める桜子に、橙は渋々頷く。

 話は耳をすませて聞いていたが、後ろ姿しか見えないため二人がどんな顔をしているかわからない。

 しかし誕生日プレゼントの話などからして、雰囲気はいい感じだ。桃塚を応援する橙としては喜べない。

 悲鳴を耳にして、橙は顔を上げる。ジェットコースターの入り口の壁に隠れているのだ。悲鳴が気になる。


「遊園地来るなら、草薙を呼べばよかったじゃねーか」


 自分でなく、好意のある草薙を呼べばデートも出来ただろう。

 桜子の想い人は、草薙。橙が言えば、桜子が肩を竦めた。


「頼めるわけないじゃないですか……ネレンが黒巣といい雰囲気のところを見せられません」

「あー、そうだったな」


 音恋に好意を寄せている草薙に頼まれるわけがない。だから黒巣と音恋をくっつけたいと言う桜子の意思を知る橙に頼んだのだ。

 流石に遊園地に一人で乗り込む勇気はなかった。

 失念していたと橙は頬を掻く。

 桜子は落ち込んだ様子で足元を見ていた。


「お前もよく親友を好きな奴を好きでいられるな……俺なら。……あ、俺も自分以外を好きな奴を思ってたわ。好きになったら、とまんねーよな」


 橙は草薙への想いを断ち切らそうと思ったが、自分も似たようなものだと諦めてニッと笑う。

 遠回しで自分のことを言われて、桜子は真っ赤になった。

 自分にときめいていることが嬉しくて橙は、はにかむ。橙は桜子が好きなのだ。

 また悲鳴が頭上を横切ったため、橙は顔を上げる。気にする素振りが多くて、桜子は首を傾げた。


「カイ先輩、ジェットコースターに乗りたいのですか?」

「いや。乗ったことねーよ、こういうの」

「ああ、そうだったんですか」


 衝撃的な一言を桜子は、一度聞き流してしまう。

 しかし再び悲鳴が響いたあとに、橙が一度もジェットコースターに乗ったことがないということに気付き「ええぇっ!?」と声を上げた。


「な、ないんですか!? い、一度も!?」

「おう。遊園地は初めてだしな」

「初めてですんなり来ちゃったのですが!?」

「お前が一緒に来てほしいって言うから」


 遊園地初経験をどうも思わない橙は、桜子の反応が大袈裟で呆れる。

 桜子は焦った。橙の初遊園地を、音恋達のデートの尾行で終わらせていいのか。いいやだめだ。そんなのはだめだ。


「の、乗りましょう!! このジェットコースターに! 楽しいですから!」


 桜子は男性恐怖症にも関わらず、橙に手を差し出して誘った。異性に触れることは出来ないのだ。

 差し出された桜子の手を見て、橙は驚き目を見開く。

 兎のように震えた桜子は、真っ赤な顔で俯いた。


「て、は、無理です……」


 勇気を出したが、怖じ気付いて手を引っ込める。

 橙は笑った。桜子の精一杯の勇気が嬉しくて、真っ赤になっていることが可愛くて笑ってしまう。


「よく頑張ったじゃん。ほら、手を出せ。こうすりゃいいんだ」


 橙は長袖を引っ張り、手を隠してそれを差し出す。

 そうして触れないようにすればいいと提案したのだ。

 桜子は躊躇って自分の手を見る。それから袖で自分の手を覆い、そっと重ねた。

 拒絶反応は出ない。桜子はホッとした。


「これなら出来るじゃん、一歩前進だな。じゃあ乗るか」


 桜子の男性恐怖症が完治するのも近い。橙は胸を弾ませて、桜子の手を引いてジェットコースターに向かった。




 一方その頃。

 飲み物を買いに寄っていたら音恋に黒巣が耳に囁くシーンを遠目で見てしまい、戻りづらくなった緑橋と橋本は立ち尽くす。


「戻りづらいね……」

「うん……」


 とてもじゃないが、行けない。邪魔な気がしてならないのだ。戻るタイミングを見計らって物陰から伺う。


「念のために訊くけれど、二人は付き合ってないんだよね?」

「うん、残念ながら……」

「ああ、黒巣くんは好きなんだ?」

「えっ、あっ……!」

「大丈夫、誰にも言わないから」


 緑橋の口振りから察して、黒巣の方は確実に気があると見抜いた橋本は笑みを向ける。緑橋は悪くないと、肩を叩く。


「……紅葉ちゃんはあの二人もくっ付けたいわけだ」


 今朝橋本が質問した時に、音恋の方は黒巣に好意はないと否定していた。でもどうだろう。

 音恋は演技力の高さを評価されている。橋本も尊敬するほどだ。だから上手く嘘をついたのかもしれない。

 少し橋本を気の毒に思っていたようだし、自分は七瀬達にデートをセッティングされまいと隠したのかもしれない。

 他にも隠す理由は、ありそうだ。音恋の演技力なら、隠し通せるだろう。

 人の秘密を明かすのは嫌だ。橋本は黙っておくことにした。伝えるかどうかなんて、本人次第だ。

 寧ろ本人の意思が最重要だ。


「でもお似合い。わかるな、黒巣くんが音恋ちゃんを好きになるのも。可愛いもの、私から見てもすっごく可愛くて羨ましいくらい。とてもいい子だし……恋をするなら音恋ちゃんみたいな相手がいいよ」


 自分以外を勧める橋本に、緑橋は目を丸めた。


「緑橋くんにも、もっと可愛くていい子が相応しいと思うよ。外見で惹かれる私なんて……だめだよ」


 薄く笑って俯いた橋本は、手にしたクレープにかぶり付く。イメチェンした緑橋に惹かれて、橋本から話しかけたことがきっかけ。

 緑橋は迷う。何て言うべきだろうか。何て返すべきなのだろうか。迷うが早く言葉を返さなければと焦る。


「あ、あ、あのっ……橋本さんはっ」

「?」

「ぼくのことを、過大評価しているし、自分のことを過小評価し過ぎて、ますっ!」


 適切な言葉を選びながら発するには、緑橋は一杯一杯だった。しかし言いたいことは言えている。

 橋本は自分を低く評価していた。音恋と比べて劣等感を抱いている。まるで自分と同じで、緑橋は言わずにはいられなかった。


「釣り合うとかは、わ、わかんないけれど……ぼ、ぼくなんてそんな、かっこよくないし……で、でもっ、橋本さんは魅力があって、だからぼくは惹かれててっ、だがらそのっか、かわっ、かわいい……と、思いま……す」


 伝えなくては、と必死だった。

 橋本は過小評価していても、自分は惹かれていると知ってほしかった。

 緑橋の精一杯の勇気だった。好きな異性に可愛いと言って、耳まで真っ赤になって俯く。今すぐにでも、逃げ出したい。穴に入ってしまいたい。


「あ……ありがと……」


 同じく真っ赤になる橋本も俯いた。

 顔も目も合わせられない二人は、俯いたまま立ち尽くし、顔の火照りを冷まそうと手に持つジェラートやクレープを口に入れた。

 音恋達と同じく、あまり効果はなさなかった。

 この次はどうすればいいのだろうか。

 嫌な沈黙が続き、二人は居心地が悪くなる。


「どーしたのっ!」


 そこに登場したのは、天真爛漫な笑みを浮かべた七瀬だった。二人は、驚き震え上がる。


「べ、べべべつにっ!!」


 緑橋は知られたくなく、必死に首を横に振った。


「ふーん、そっか! じゃあ行こう!」


 園部の腕を引きにこにこした七瀬に先導されて、集合場所へと向かう。


「おっせーよ、どこほっつき歩いてた?」


 頬杖をつく黒巣が真っ先に文句を言った。



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