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一番好きな声



 必死に熱さを振り払い、話題を探す。黒巣くんがまた私をときめきさせるから、ムキになってしまいました。

 黒巣くんに意識されては、余計平常心ではいられない。落ち着きましょう。


「そーいえば、アンタ。最近なんか……悩みでもあるのか? 元気ないように見えるって言うか……リュシアンのせいで負担感じてる?」


 黒巣くんから、話題を振ってきた。

 目を向けてみれば、ほんの少しだけ頬に赤みが残っているけれど、真面目な横顔。


「……アメデオのことで、少し悩んでるだけ」


 思い当たる悩みと言えばそれだ。アメデオのこと。

 黒巣くんは私と目を合わせる。アメデオについて悩んでいることに、少し怪訝な表情をしていた。


「アメデオは悪い奴だ。リュシアンに唆されるなよ、何されたか覚えているよな? あんなに怖い思いされたんだぞ。起こせば同じ目に遭うかもしれないぞ」


 黒巣くんは私がリュシアンの要求に応じようと悩んでいると思い止める。

 覚えてる。両親を人質にとられて、助けを求められず屋上で崩れ落ちた。

 そこに黒巣くんが来てくれたこと、ちゃんと覚えてる。


「実はね……アメデオと会ったの。何回も夢の中で。ほら、吸血鬼は人の夢の中に入れるでしょ、アメデオが眠った日、ヴィンス先生の家で寝ていた私の夢の中で会いに来てくれたの。彼は"起こさないで"って釘を刺して……」


 まだ黒巣くんに話していないことを打ち明ける。

 いつからだろうか。彼に色々と話すようになったのは、一体いつからでしょうか。


「もう十分だって、満足そうに微笑んでさよならって言ったの。そのあとも何回か夢の中で会って話をしたのだけれど……夢の中だからなのか、とてもとても穏やかだったんだ」


 現実で会った一日と、夢の中で会った時間を比べながら、遊園地を見上げた。


「愛を欲しがる力のありすぎるお子様だった。欲しくて欲しくてたまらなくって、その有り余った力で足掻いて足掻いて苦しんできた吸血鬼なんだ、アメデオは。勿論それは今まで殺めてきたことの免罪符にはならないし、目覚めてしまえば黒巣くんが言うように同じことをする。本人もそう思っているし、穏やかなまま死んでしまいたいと……そう思っているんだ」


 彼の苦しみを想像して、悲しくなり涙が出そうだから堪えて笑みを作る。


「だから彼の意思を尊重して起こさないことを決めているのだけれど……でも、でもね。黒巣くん」


 笑みは、上手く作れなかった。


「自分は過ちを犯してしまうから眠ったままがいいって、自制が出来るなら……きっと起きたら変われると思うんだ。誰もがハッピーエンドを迎えるなんて、神様にも出来ないのはわかってる。でも、今のアメデオなら……ハッピーエンドを迎えられるかもしれない。そう思ってしまうんだ、どうしても……不意に考えてしまうんだ」


 アメデオの意思に従うと決めても、何度も何度も悩んでしまう。

 リュシアンがアメデオの意思を変えられる可能性があるから、迷いが生じてしまうんだ。


「私はアメデオとは真逆で生きたいから……理解できなんだ。死んで償うこと。アメデオなら、幸せに長く生きて償えるから……もしもリュシアンが東間さんから逃げ切る方法を見付け出せたならって、考えちゃうんだ」


 アメデオならば、殺めた人達の分を生きられる。死んで償うより、生きながら償ってほしい。

 そう思うのは、私が死を望まないからでしょうか。押し付けがましい願いなのでしょうか。


「ごめんね、遊園地に遊びに来たのにこんな話して」

「笑うなよ」

「え?」

「無理して笑うな。全然笑えてないぞ」


 黒巣くんは私に手を伸ばすと前髪を撫でてきた。

 その手から優しさが伝わり、胸が熱くなる。


「これでいいんだよ、宮崎。起こしてアメデオも宮崎も後悔してしまわないように……それでいいんだ」

「……そうだね」


 起きたアメデオが再び過ちを犯して、起こしたことを後悔しないように、黒巣くんはこの決断を肯定する。

アメデオは、起こさない。

 それでいいんだと黒巣くんに言われるとホッとしてしまう。


「ありがとう……黒巣くん」

「……ん」


 黒巣くんは撫でるのを止めて、そっぽを向いた。

 肩の荷が下りたみたいに、なんだか軽さを感じる。


「あー……そう言えば、誕プレ決まった?」

「? ああ、あれはまだでしょ。あと一週間ある」

「アンタ、絶対忘れてたろ」


 話題を変えた黒巣くんは、来月の誕生日プレゼントについて考えることを忘れていたことを見抜く。頬杖をついてムッとする。

 六月六日の黒巣くんの誕生日に、プリンをあげた。だから黒巣くんも、私には誕生日になにかプレゼントをしたいと言っていた。うん、忘れてしまいました。


「んー、特段ないんだよね……本当に」

「貰って嬉しいものはないのかよ」

「ふぅん、黒巣くんは私があげたプリンは、嬉しかったんだ?」

「はぁ!? ばっ……そんなわけっ……」


 私から誕生日プレゼントの嬉しいものだったのかと訊いてみれば、黒巣くんは顔を真っ赤にして否定しようとする

でも言葉を詰まらせた。


「べ、別に…………そんな…………ちょっと、だけ、な」


 完全否定せずに黒巣くんは、小さく小さく答える。ちょっとだけ、嬉しかったと。

 今日の黒巣くんは、また素直モードだ。普段なら真っ向否定なはずなのに、本音を言う努力をしてくる。

 真っ赤になって俯く黒巣くん、可愛いです。


「好物だからだよ! それでアンタは何なら嬉しいんだよ」


 ちょっとだけツンとして黒巣くんは催促する。

 そしてパクリとジェラートをたいらげた。


「……囁き声」

「は?」

「囁き声でいいよ」

「いや……確かにアンタの大好物だけども。なに、赤神先輩の声を録音して渡すべきか。着信音にしたいのかよ」

「ううん、赤神先輩じゃなくて……君の声なんだけど」


 私の好物は、声。前世からそうだ。大好物なのが囁き声。前世の時から、吸血鬼のハーフで生徒会副会長の赤神淳先輩の声が好きだと、黒巣くんは知っている。けれども、貰って嬉しいのは、黒巣くんの声だ。

 黒巣くんは目を丸めた。


「俺じゃなくて、一番好きな赤神先輩の声がいいだろ」

「いや…………」


 今一番好きな声は赤神先輩の声ではなく、多分黒巣くんだ。


「黒巣くんの声でいいよ」

「……俺の声、着信音にしたいの?」

「着信音にする発想はなかったけれど……手間だし囁くだけでいいよ。今ここで」

「ここで!?」


 黒巣くんはギョッとした。

 囁き声をプレゼントしてもらいたい。


「はぁ……? 囁くって、わかんねーし……なんて、囁くんだよ……」


 嫌々な態度をするけれど、私の要求を呑んでくれるみたいだ。

 何て囁かれたいか。

 黒巣くんに言われたい言葉は一つだ。でもそれは流石に頼めない。


「何でもいいよ。音恋、とかね。声を潜めるように言えばいいから」

「……」


 クシャクシャと、黒巣くんは髪を掻くと深呼吸をした。

覚悟が決まったらしい。赤神先輩やヴィンス先生と違って、こういうのは恥ずかしくてやりたくないだろうに。

 黒巣くん、チャレンジャー。

「よし」と黒巣くんは私の肩を掴むと、私の耳元に顔を近付けた。こつりと頭が触れる。私は目を閉じた。


「――――――…音恋……」


 少し躊躇ったあとに、黒巣くんは囁くように私を呼んだ。

 悲鳴や笑い声が響く遊園地が、遠退いたように感じた。


「ぐああっ、恥ずかしいっ……こんなん、本当に嬉しいのかよっ」


 ついに恥ずかしさに堪えきれなくなり離れた黒巣くんは、身体ごとそっぽを向く。


「……うん、嬉しい……ありがとう。ご馳走様です」


 私は頬を両手で押さえて俯いた。

 本当に御馳走様です。

 耳が熱い。そこからじんわりと熱が広がっていく。

 あたたかい。とっても嬉しい。嬉しい。

 ただ、名前を呼んでくれただけなのに。

 黒巣くんに言われると、心にまで響く。

 大丈夫だと言われると、本当に大丈夫な気がする。

 それでいいと言われると、自信がつく。

 黒巣くんに、好きと言われたらどうなってしまうのでしょうか。今以上に、好きと言う感情が膨れ上がってしまいそうだ。


「……アンタ、本当に耳弱いよなぁー」


 いつの間にか振り返った黒巣くんが、顔を覗くようにしてテーブルに突っ伏する。その頬は赤い。チラチラと私を見たり、他所を向いたりしている。

 ああどうしよう。バレてしまう。バカだな私。

 黒巣くんに囁かれたら、バレちゃうじゃないか。

 表に、出てしまう。黒巣くんが好きってこと。

 でも、黒巣くんにはいつもの私に見えるのかな。いつもみたいに、惚けているように見えるのでしょうか。それなら、いいのですが。


「なんか、あげた気がしない……」

「私は、とても嬉しいよ」

「囁いただけじゃん……」


 黒巣くんはテーブルに俯せたままくしゃくしゃとコーンに巻かれた紙を握り潰す。


「あのさ、宮崎……誕生日にメッセージ送る」

「メッセージ?」

「お、俺の声で……良かったなら……な、何でもいいだろう?」

「……うん、黒巣くんの声なら」

「……うん、じゃあ……プレゼントは、声ってことで」


 起き上がって背凭れに寄り掛かる黒巣くんは、紙を握った手で口元を隠して私を横目で見つめる。そんな黒巣くんが、どこか嬉しそうに感じた。


「メッセージ、零時に送るから聴けよな」

「寝てるから無理」

「起きろよ、その時くらい。プレゼントは真っ先に開けろよ」

「寝惚けててわかんないよ」


 黒巣くんは、ポイッと丸めた紙をゴミカゴに投げる。手前に落下しそうだったけれど、風を操ったのかそれはちゃんとゴミカゴの中に入った。


「宮崎の誕生日が来る頃には、平穏が戻ってるよな」


 黒巣くんの横顔は、とても嬉しそうで黒い瞳は輝いているように見えました。


「……そう言えば、二組とも遅いね」

「あ、たしかに。迷子か? 橋本がナンパされて誘拐されたか?」

「橋本さんは拉致されても誘拐はされないよ、多分」


 一向に紅葉ちゃん達が戻ってこないことに気付く。何処に行ってしまったのでしょうか。迷うほど遠くないはず。

キョロキョロしていた黒巣くんが、急に目を見開いた。


「どうかしたの?」

「え゛っ。……いや、知り合いに似てる先輩がっ」

「え? なに?」

「いや、知り合いの先輩に似た頭を……見たような、見てないような……」


 黒巣くんはサッと顔を背ける。知り合いに似た人を見掛けたのでしょうか。私も周りを見ましたが、見付かりませんでした。



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