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待ち合わせ




 九月二十二日。秋晴れの日曜日。

 グループデートをすることになって、橋本美月ちゃんと寮の玄関前に立つ。


「今からでも……キャンセルしたいな」


 胸を押さえる美月ちゃんと全く同じことを考えていた。


「ここまで来たら、紅葉ちゃんが放してくれないよ」

「ですよね……」


 直前になってキャンセルなんて、乗り気な紅葉ちゃんに全力で阻止されてしまう。


「そう言えば、最初は断ったのになんで行くことにしたの? 美月ちゃん」

「え……あぁ、緑橋くんに誘われたから」


 美月ちゃんは、ほんのりと頬を赤らめると俯いた。

 黒髪はいつも通り下ろしている美月ちゃんは、シフォンの花柄ワンピースを着ている。秋らしい口がふわふわのブーツは、キャメル色。前髪を後ろで白いドットの深緑のリボンで結んでいた。ナチュラルメイクで唇にはチェリーピンクの口紅。


「緑橋くんに直接誘われちゃ……断れないよぉ……」

「だよね。きっと真っ赤になってしどろもどろで誘ってきたのでしょう?」

「うん。とても真っ赤にしてたよ……綺麗な顔で。でも真っ直ぐに私を見てくるから……断れなくて」

「……へぇ」


 頬を指で掻いて、美月ちゃんは苦笑を浮かべる。

 あの綺麗な顔を真っ赤にすることは、想像できた。

 でも美月ちゃんの目を見て誘ったなんて意外。目を合わせることが苦手で普段は俯いている緑橋くんが、いつの間にか成長したみたいですね。

 自分に自信のない彼は、いつも前髪で顔を隠して俯きがちだった。けれど、夏休みから黒巣くんのように恋をしたくて髪を上げて変わることにした。

 それで、美月ちゃんといい感じになれた。


「あ、音恋ちゃんは素敵な髪型だね」

「ああ、うん。桜子がいじりたいっていうから任せたら……なんというか、ゴージャスに」

「んー、ゴージャスというよりキュートかな?」


 微笑みを浮かべる美月ちゃんは、とてもおっとりしている。緑橋くんときっと相性がいいと思う。

 美月ちゃんが目をやるのは、私の頭。ポニーテールにしていたら、サクラが来て髪をいじると言い出した。髪をくるくるといじりカールを作ってくれたので、とてもお洒落に仕上がった。


「もしかして、音恋ちゃんの好きな人って黒巣くんなの?」

「……どうして?」

「だって……とってもお洒落してるから」


 私は白いレースのワンピースにボルドーのラメ編みニット。それから黒いタイツに短いブーツ。張り切りすぎているように見えるのでしょうか。

 サクラに可愛いと絶賛されたのですが。


「好きな人がいるって言ってたし……今日来る黒巣くんなのかなぁって」

「私と黒巣くんはおまけみたいなものだよ。紅葉ちゃんときょんくんのカップルと緑橋くんだけじゃ、唐突すぎて緊張しちゃうと思ったから」

「そっか、違うんだね。ごめん」


 否定も肯定もせずに、私は応えておいた。

 今日は覚悟しておいたから、平然を装える。無表情フェイスも保てるでしょう。


「お待たせ! 行こう!」


 ブーツの紐を結ぶことに手間取っていた紅葉ちゃんが、飛び出してきた。

 彼女はアイボリーベージュのモモンガニットガーデを羽織っていて、中にはブラウスとミニスカートだ。そして、いつもの栗色の緩い髪の二つ結び。


「どうして駅で待ち合わせるの? 一緒に行けばいいじゃない」


 歩き出して私は質問する。てっきり皆で一緒に駅に向かい遊園地に行くと思っていたのに、男子組は一足先に出たらしい。それで駅で待ち合わせだという。


「男子足るもの、待つことに慣れてくれなきゃ! 待ち合わせ場所で、恋人をどきとぎ胸を高鳴らせながら探し待つ練習!」

「気が早すぎるよ……紅葉ちゃん」

「遅かれ早かれ出来るじゃん、恋人。それに二人には黒髪を靡かせて、立って待ってくれる恋人の胸に飛び込む練習をしてほしいの!」

「絶対にしないからね」


 一人テンションが高い紅葉ちゃん。美月ちゃんは微笑み、私は淡々と返す。

 紅葉ちゃんには私の気持ちに気づかれないようにしないと。美月ちゃんと緑橋くんみたいにくっ付けられてしまう。


「恋人の練習じゃなくて、普通に遊園地を一緒に楽しもう? ね?」


 美月ちゃんと緑橋くんが付き合う前提で今日を過ごそうとする紅葉ちゃんに、美月ちゃんは苦笑を浮かべてやんわりと止めた。


「遊園地では恋人未満のうぶな気持ちで楽しんでね!」

「んー」


 前提を覆そうにもない紅葉ちゃんに、美月ちゃんは困った笑みを浮かべて首を傾ける。

 私は絶対にバレないようにしましょう。

 今日は無表情フェイスを保つ自信があります。

 出来たら黒巣くんの好きな人は誰か、探りを入れたいけれど止めておきましょうか。気付いてしまった草薙先輩は、知った方がいいと言っていたけれど。

 皆緑橋くん達をくっ付けることに意識を向けると思うから、私も集中しよう。


「それに黒巣くんと寮を出たら、ファンの子に妬まれちゃうじゃん?」

「ああ、確かにそうだね。そう言えば、黒巣くんに好きな人がいるんだって。始業式のあとにうちのクラスの子が告白したら、"好きな人がいるから"って断られたらしいよ。いいのかな、今日誘って」

「いいの、いいの。それにしてもファンクラブがあるのに、好きな人公言しちゃうんだ。すごーい」

「なんだか最近になって、断る理由がそれになったらしいよ。恋人ではないみたいだね」

「へー、誰だろうね? 音恋ちゃん」

「さぁ、検討もつかないな……」


 駅には直ぐについた。

 改札機前には、顔が整った男子が三人。


「きょーん! お待たせー」

「待ってないよ、おれも今来たところ」


 真っ先に紅葉ちゃんがくるりと跳ねた茶髪を靡かせてきょんくんの胸に飛び込んだ。園部暁こときょんくんは、受け止めて微笑みを浮かべる。

 きょんくんは、アイボリーベージュのニットガーデを着ていた。紅葉ちゃんとペアルックでしょうか。


「嘘つけ、十五分前から待ってるじゃん」

「これが正しい恋人の待ち方です」

「喧しいから!」


 黒巣くんの突っ込みを無表情で返すきょんくんは、ちょっと男装女子に見えてしまうほど、相変わらず可愛い顔立ちだ。文化祭の舞台では、ヒロインをやることが決まっている人だもの。


「十五分前から? なんかごめんなさい」

「あ、ぜ、ぜんぜん、大丈夫だから!」


 謝る美月ちゃんに、緑橋くんは慌てて首を横に振る。

 緑橋くんは白いドットの深緑色のYシャツに、黒のシャツ。ジーンズはファーのついたブーツの中にイン。

 黒巣くんと目が合ったけれど、言葉は交わさなかった。

黒巣くんはボルドーと黒のボーダーガーデを着ていて、ネクタイをつけたYシャツに黒いジーンズ。こちらも黒い革のブーツにイン。

 黒巣くんは目を丸めた。

 私も気付いて、緑橋くんと美月ちゃんを見る。

 美月ちゃんも気付いたみたいだけれど、緑橋くんは気付かずに首を傾げた。

 私と黒巣くんは、ボルドー。

 美月ちゃんと緑橋くんは、白いドットの深緑。

 紅葉ちゃんときょんくんは、アイボリーベージュ。

 全くお揃いの色をつけている。

 そう言えば緑橋くんのYシャツをきょんくんが持っていた気がする。

 土曜日は、紅葉ちゃんがしつこくなに着るか訊いてきたし、美月ちゃんにリボンを渡していた。

 私が目をやれば、紅葉ちゃんは明後日の方向を見て「さぁ、出発ー!」と改札機を通る。

 紅葉ちゃんは、完全に二組のカップル扱いをする気ですね。


「あ、えっと、これ切符」

「あ、ありがとう。ごめん、お金今」

「ああいいんだ、七瀬さんのルールで電車代は男子が持つって。はは、七瀬さんには逆らえないね」

「ふふ、そうだね。じゃあアイスは私が奢るね」


 視線が交わされていないけれど、緑橋くんと美月ちゃんは俯いて笑いあうと改札機を通る。

 私に「ん」と黒巣くんが切符を差し出してきた。それを受け取れば、黒巣くんは改札機に向かう。私も通ろうと後ろに並ぶと。


「可愛いじゃん、宮崎」


 顔だけ一度振り向いて黒巣くんは一言だけ口にすると、改札機を通り緑橋くんを追い掛けた。

 いつもは私服を見ても、何の感想も言わないくせに。

何故今日に限って……。

 緑橋くんの後ろを歩く黒巣くんは、髪を掻いて照れたような仕草をした。

 嗚呼、どうしましょう。もう無表情フェイスを保つ自信がなくなってしまいました。



 日曜日なので電車はそこそこ混んでいて、三人分しか席を確保できなかった。当然女子が座るべきだと、暗黙の了解みたいに黒巣くん達は吊革を握る。甘えて私達は座った。


「着いたら何から乗るー?」


 きょんくんと向き合うように、座席に座っている紅葉ちゃんが明るい笑みで問う。

 緑橋くんを前にしているけれど目を合わせられない美月ちゃんは、紅葉ちゃんに顔を向けていた。


「皆は絶叫系は大丈夫?」

「ジェットコースター好きー!」

「私も好きなんだ、音恋ちゃんは?」

「私も好きだよ」

「いないのかよ、女の子らしくビビる奴」


 絶叫系アトラクションを好きとほのぼの笑う女子ばかりで、私の前を立つ黒巣くんは呆れる。

 若干一名笑みを引きつらせてるよ、黒巣くんの隣の緑橋くん。


「じゃあお化け屋敷は?」

「あー怖いよね。きょんから離れられない。いつもだけど」

「放さないよ」


 きょんくんが、女の子らしく怯えそうなお化け屋敷のことを出した。二人は通常運転。


「お化け屋敷は極力入りたくないかな……。脅かす側ならいいけれど」

「怖いよね、いきなり大声を出して現れられちゃ」

「脅すアトラクションだから当然だろ。つかコンセプトについてのコメントはなしか」

「暗くてどんな格好しててもあまりわからないから、仮装するだけ無駄だと思う」

「お化け屋敷を全否定するな! 今そんな話してないから!」

「お客が脅す側のお化け屋敷がいいな。黒巣くん、クラスの出し物をそれにして」

「できるわけないだろっ」


 黒巣くんがぶつくさ言うから、冗談を言えばツッコミを入れられた。俯いていた美月ちゃんは、やり取りを見て笑う。

 けれども緑橋くんの笑みは、さっきよりも引きつっていた。美月ちゃんが妖怪やモンスターが苦手かもしれないことに、ショックを受けたみたいだ。


「美月ちゃん、怖くて嫌いなお化けはいる?」

「え? 変な質問だね」


 私が訊いてみれば、緑橋くんが強張った。

 私に顔を向けている美月ちゃんは、微笑んで首を傾げる。


「んーそうだね……長い黒髪を滅茶苦茶にして地面を四つんばで駆け回るお化けと、チェーンソー持った仮面のモンスター以外となら戦えると思う」

「戦うのかよっ」

「あはは」


 頬に人差し指を食い込ませてから答えた美月ちゃんは、すかさずツッコミを入れた黒巣くんが面白かったのか笑う。


「じゃあ、メデューサは?」


 私は直球を放つ。

 緑橋くんと黒巣くんが息を呑んだのがわかった。


「メデューサって、見たら石にするモンスターだよね。確か美しい女の人だよね……絶世の美女なら石になってもいいから見てみたいかな」

「蛇の髪でも?」

「うん」


 のほほんとした微笑みで、美月ちゃんは答える。ちらりと確認してみれば、緑橋くんは少しほっとした笑みになっていました。




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