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お節介



三人称。




 音恋は芽生えた想いも、親友の桜子に打ち明けた。

 黒巣とは口喧嘩ばかりしてしまう桜子は、ショックを受けたが祝福もした。複雑そうに顔をしかめたが、親友の恋を応援したがった。

 しかし、音恋は想いを告げないと決めている。黒巣には他に想い人がいるのだから、隠すことにした。

 二学期に入り、またもやイレギュラーが発生。アメデオを捜しに、別の純血の吸血鬼が現れて学園に通い始めた。

 リュシアン・モルダヴィアは事情を知り、アメデオを起こしたがった。しかし、アメデオを起こすとハンターの東間と問題が起きるため、音恋は拒んだ。アメデオの意思でもある。リュシアンは自分なら気を変えさせられると豪語し、説得をすると学園に留まった。

 アメデオを起こせば、ヴィンセントの死亡フラグが立つ。ヴィンセントの弱点である音恋もまた、危うい。

 リュシアンに気を張りながら、音恋は学園生活をこなしながら黒巣への気持ちの整理をしようとしていた。それから、ヴィンセントと桃塚のことを考えるつもりだった。

 しかし、一つ、大きな勘違いをしている。

 黒巣は音恋をただ一人を想っていた。

 中学時代から、ただひたすら音恋だけを一途に想っていた。

 音恋はそれをまだ知らなかった。


 黒巣は音恋の気持ちが自分にあると、薄々気付き始めた。確信を得るために、じっと視線を送り続けたが、音恋は平然だった。あまり表情を変えないのだ。

 黒巣の気持ちに気付いたら、音恋がどんな顔をして見てくるのか。ずっとそのことを考えてしまう黒巣は、学園内で溜め息をついた。


 ある日の放課後。

 男子学級委員が風邪をこじらせて休んでしまったため、黒巣は女子学級委員の手助けをした。頼まれたわけではないが、ついでと言わんばかりの口振りで手伝ってから、生徒会へ向かう。文化祭は忙しい。


「くーろす!」


 遅れを取り戻そうと早歩きで一階の廊下を通っていれば、中庭から弾んだ声で呼び止められた。その人物を見て黒巣は僅かに顔を歪ませる。


「……なんですかー、草薙先輩」


 窓を開けて、二年生の草薙はにっこりと爽やかに笑いかけた。草薙は生徒会にもフレンドリーに接してくれる風紀委員だ。すれ違う度に挨拶をしてくれるのはいつものこと。

 しかし、今の挨拶には裏があると感じた。やけに笑顔だ。声も明るすぎる。わざわざ挨拶して近寄ったのも変だ。

 黒巣は警戒した。この予感はあれと酷似している。園部と七瀬に詰め寄られる時だ。


「黒巣、好きな人いるんだって?」

「……」


 窓辺に頬杖をついた草薙に問われて停止した黒巣は、一体誰が草薙に情報を渡したのかを考えた。

 口振りからして、誰かから聞いたらしい。喋りそうなのは、桜子だ。彼女に決まっている。


「姫宮がなに言ったかはわかりませんが、全否定します!!」

「いやだな、桜子が言い触らすわけないじゃーん。ほら、昔ね……というか去年かな。笹川先生が"理事長の孫も恋してんだから、お前らもしろー"とかなんとか言ってたことを思い出してさ」

「……!」


 情報源は奴かっ!

 爽やかに笑って言う草薙とは対照的に、黒巣は顔をしかめてわなわなと震える。


「その様子だと、まだ想ってんだな」

「草薙先輩に関係ないでしょー」

「んー、そうもいかねーの。ある意味、あるからさ」


 逃げようとしたが窓から身を乗り出した草薙に、肩にかけた鞄を掴まれて阻止された。


「なんの関係があるって言うんですかっ」

「黒巣の想い人が誰か、訊くミッションがあるんだ」

「誰ですか、そんなミッションを下した奴は」

「クライアントのことは明かせないんだなー、これが」

「……」


 逃げようと試みるが、草薙は放そうとしない。

 草薙は黒巣の想い人を知りたがる誰かに頼まれた。音恋だということは、黒巣は知る由もない。


「ソイツにも関係ないでしょう!? 俺のことは放っておいてください!」

「関係なくないっ!!」


 誰であろうと黒巣が誰を想っていても関係ない。強引に逃げようとした黒巣だったが、更に強い力で引き寄せられたかと思えば草薙に怒鳴られた。


「お前がそうやって素直にならないなら、おれが告白して彼女を手に入れる! お前そうなってもいいんだよな!? いいんだな!?」

「!!」


 草薙の怒鳴り声と射抜く眼差しに、黒巣は肌にぴりぴりと痛みが走るのを感じた。


「――なーんてな!」


 一瞬にして草薙はにっこりと笑って威圧を消し去る。

 嫌な緊張に強張った黒巣は、ガクリと拍子抜けして肩を落とす。冗談だったようだ。


「こんな展開になっちまうかもしれないぜ? いいのかよ、黒巣。ずっと想ってる相手は……今も一人だけなんだろ?」

「…………」


 関係ないと言いたかったが、また怒鳴られるかもしれないと黒巣は返答に困る。

 今も昔も、音恋が好きなことはバレてしまっていた。

 肯定するべきなのか、否定するべきなのか。

 草薙に話す筋合いはない。勿論、探れと頼んだその誰かにも。


「まっ。ここで話せないよなー」


 草薙は周りを見ると、クスリと笑う。聞かれたくない話だ。


「じゃあ友情を深めてから話そうか。なっ! どっか遊びにいこうか、んー日曜日空いてる?」

「……いや、日曜日は……先客が」


 風紀委員に遊びに誘われることに驚きつつも、黒巣は困惑する。何故ここまで探ってくるのだ。

 頭の中には音恋の顔が浮かぶ。デートだと話すべきか。否、厳密にはデートではない。音恋の部活仲間と一緒にグループデートの約束がある。


「じゃあ月曜日。バッティングセンターにでも行こうぜ、休みなんだぁ」

「……」

「なっ!」


 爽やかに笑いかける草薙を邪険にできなかった。


「はー……まぁ、いいですけど」

「よし、じゃあ月曜日な」


 他に予定もない。だからと言って草薙に恋愛相談なんて躊躇してしまうが、断ることが出来ずに頷く。やっと鞄から手を放した草薙は、黒巣の髪を軽く撫でた。

 それから草薙はスタスタと中庭に戻っていく。撫でられた頭を押さえて黒巣は、なんとも言えない顔をする。

 笹川仁の影響だろう。人の恋愛に首を突っ込むな。心の中で悪態をつき、唇を尖らせる。

 否、宮崎音恋の影響かもしれない。音恋が関わってから、犬猿の仲だった生徒会と風紀委員の距離が変わった。

 草薙が黒巣の恋愛に首を突っ込むのも、また音恋が影響を与えているに違いない。むずむずしてしまう。

 スタスタ、と黒巣は早歩きで生徒会室へ向かった。その途中で、黒巣は音恋を見付ける。

 C組の教室前の廊下。窓辺に頬杖をついて中庭をぼんやり眺めている音恋は、黄昏ているようだ。ふわりと秋の風に吹かれて音恋の黒い髪が舞う。病的な白い肌を強調する黒髪は、陽射しを反射して艶めく。

 よくこんな距離で音恋を見ていた。

 中一の冬から、ずっと見ていた。ずっと想っていた人。

 告白したら、距離はどうなるのだろうか。

 近くなるのだろう。それとも遠くなるのだろうか。


「……」


 ぼんやりと見つめていたが、音恋の憂いのある眼差しに黒巣は少し顔をしかめる。

 最近音恋は浮かない。日曜日に訊いてみよう、と黒巣は考えた。日曜日は十中八、九音恋と肩を並べる羽目になる。話題の一つにしようと決めた。


「あ、ナナ。遅かったね」

「早くしろよな、仕事溜まってんだから! お化け屋敷やるクラスが四クラスもあるんだぜ、暗幕がたんねーて。お前なんとかしろ」

「いきなり来たばっかの俺に仕事押し付けないでくださいよー。……自分が仕事できないからって」

「俺を仕事できない奴みたいに言うな!」


 生徒会室へ入れば、緑橋から挨拶。それから二年生の生徒会会計の橙から仕事を振り分けられてしまい、黒巣はボソリと橙の神経を逆撫でする。


「あ、ナナ。土曜日園部くんの部屋で遊ぼう」

「は? 園部の?」

「うん、いいよね?」

「……」


 緑橋から聞いて、黒巣はあからさまに嫌な顔をした。

 園部暁。美少女フェイスの美少年。演劇部だ。グループデートの主催者である園部の恋人、七瀬紅葉がなにかを企んでいる。

 しかし、行かないわけにはいかない。

 今回のグループデートは、緑橋と同じクラスで演劇部の橋本美月のためだ。互いに気がある二人のために、園部と七瀬と黒巣と音恋も一緒に遊園地に行く。

 前回、緑橋と一緒に音恋と黒巣のデートについてきた。草薙を超えるお節介。七瀬は、音恋と黒巣もくっつける気でいるため、嫌々だった。




 土曜日に園部の部屋に行くなり、黒巣は激しく後悔する羽目になる。


「さぁ! 脱ぎなさい!」


 男子寮だというのに、園部の部屋には七瀬がいた。嬉々として異性に破廉恥発言をする七瀬に、黒巣は露骨に嫌がる。


「はぁあ?」

「あれ、話してなかったっけ。明日のコーディネートを決めるって七瀬さんが……」

「聞いてたら来てねーよ!」


 緑橋がきょとんとする。黒巣は怒鳴った。七瀬のファッションショーをやると知っていたなら断っていた。

 今からでも退室する。黒巣は帰ろうとしたが、七瀬に掴まれて押し倒された。


「放せバカ! お前が指定する服は着ねーよ! 自分でテキトーに決める!」

「だめです! 誰がチケットを買ったと思ってるの!? この紅葉様には服装を決める権限があるわ!!」

「ねーよ! 勝手に決めたくせに、押し付けがましい!!」

「音恋ちゃんがキュンってするコーデにするから脱ぎなさい!」

「脱がそうとすんな変態!!」


 強攻に走る七瀬に馬乗り状態にされて、黒巣はもがいた。

 音恋の心を射止めるためにも、黒巣が更にかっこよくみえるコーディネートを選びたい七瀬は脱がせにかかる。

 園部や演劇部の男子の上半身を見慣れている七瀬に躊躇はない。衣装担当なのだ。普段から、園部の服も決めている。

 緑橋はどうしたらいいのかわからず、あたふた。


「いいのかよ、園部! カノジョが他の男の服を脱がそうとしてるんだぞ!?」


 黒巣はベッドに座って眺めている園部に助けを求める。

緑橋では七瀬を止められない。そもそも自分以外の男の上にいるなら嫉妬しているはずだ。何故早く止めない。


「紅葉がしたいから、止めない」


 園部は淡々と七瀬の味方をする。


「いいのかよ!? 嫉妬してないのか!?」

「してるよ。だからあとで――――…黒巣にしたことをそのまま紅葉にする」

「……」

「……」

「……」


 園部の発言に、黒巣も七瀬も緑橋も固まる。七瀬は絶賛黒巣のシャツのボタンを外していた。つまり、園部は七瀬を――。


「……じゃあ……きょんにされたいことを、するね」


 頬を赤らめて七瀬はちょっぴり嬉しそうだった。

 黒巣は悪寒が背中に駆け巡って青ざめる。


「やめろっ……自分で脱ぐからっ! いちゃつくなら二人きりでやれ!! 俺を巻き込むなヤンデレカップル!!」


 降参だ。降参。

 風変わりなカップルのいちゃつきに挟まれたくない。


「早く言えばいいじゃん」

「うぐっ」


 何事もなかったかのように、ケロッとして上から退いた七瀬が憎らしいと黒巣は思った。


「なぁ、黒巣」

「なんだよ」

「今の音恋だったらどうした?」

「は? ……はあ!?」


 園部の質問に黒巣は、一瞬意図がわからず眉間にシワを寄せたが、理解して肩を震わせる。

 もしも上に乗っていたのが、七瀬ではなく音恋だったら。想像した黒巣は顔を真っ赤にした。


「あーでも、音恋ちゃんに押し倒されたことあるよね。黒巣くん、へんたーい」

「アンタが宮崎を俺の上に倒したんだろうが! 変態はアンタだ!」

「きょん、黒巣が意地悪言う……」

「自分を棚に上げて、意地悪だね……よしよし」


 園部の隣に腰を下ろした七瀬は泣いたフリをしてすがり付く。ワナワナと黒巣は震えて、やはり来なければよかったと後悔した。

 ソファーで休んで音恋と話していた時に、七瀬が押して音恋が黒巣を押し倒す形になってしまったのだ。これだから、七瀬が嫌なのだ。


「え、なに? そんなこと、あったの?」


 知らない緑橋はキョトンとする。

 七瀬は泣いたフリをやめて面白可笑しく話し始めた。


「だぁっ!! んなことはいいだろ? 明日のことだ! ルイは橋本のことだけ考えてればいいんだよ!」

「それを言うなら黒巣は音恋のことだけを考えてればいい」

「俺はいいんだよ! お節介!」

「お節介がなければデートに誘えないくせに」

「告白できないくせにー」


 ズバズバ、園部と七瀬が黒巣に突き刺す言葉を放つ。


「そうだよ、ナナ。せっかくぼくらがデートをセッティングしても告白できなかったじゃん」


 嫌味ではなく、純粋に親友の手助けをしたい緑橋も続けて言う。この緑橋はともかく、七瀬や園部に草薙はどうしてこうも積極的に関わってくるのだろうか。お節介が多すぎる。


「うるせーな……とにかく明日は何されようが告白しないから!」

「黒巣くん黒巣くん」

「ん?」

「告白できたらいいものあげるから」

「子どもを釣るように言うな!」


 手招きする七瀬に吠えたくなる黒巣。この二人の相手は疲れる。


「聞いて驚け。音恋ちゃんの金髪姿の写メだ! 欲しいだろ、みたいだろ!」

「宮崎が金髪だとっ……!?」


 ベッドの上に仁王立ちする七瀬が驚いた顔をする黒巣を見下す。

「ウィッグだけどね」と淡々と園部は付け加える。

「あ、役の衣装?」と緑橋は納得した。


「音恋ちゃん、色白だから外国人さんみたいで超可愛いの、見たいでしょ、見たいでしょ?」


 にまにまする七瀬が、自慢げに言う。

 確かに音恋は色白だから金髪も似合うかもしれない。想像した黒巣は少し見たくなったが堪えた。

 直ぐに脳裏に窓辺で黄昏た音恋を思い出したからだ。風に靡く艶やかな黒い髪。触れたらしなやかで、手放したくなくなる手触りの美しい黒髪。


「宮崎は黒髪の方がいい……だからいらね」


 ぼそり、と呟き断る黒巣の頬は赤い。黒髪の音恋が好きだと言っているも同然。少しの恥ずかしさを抱いた。音恋の髪に触れたこともあって、思い出してしまった。

 そんな赤い顔を俯かせた黒巣を三人は見る。やがて園部と七瀬が手を伸ばした。


「そうかそうか、黒髪の音恋が好きか。よしよし」

「そうかそうか、お揃いの方がいいよね。よしよし」

「だからっ! 子ども扱いするなヤンデレカップル!!!!」


 にまにまとからかって頭を撫でてくる二人の手を振り払い、真っ赤なまま黒巣は声を上げた。それから一時間近く、ひたすら黒巣はいじられるのであった。



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