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気がある素振り


三人称、生徒会室にて。



 音恋がさらわれたことを知る由もない黒巣は、生徒会室で黙々を仕事を片付けていた。少々不機嫌な雰囲気を放ちながら。

 問題を起こしたがるアメデオが不在中は平穏とばかり思っていたが、次から次へと問題が起きようとする。平穏に音恋と学園生活を送りたいと思っている黒巣は、唸りそうなほど顔をしかめた。


「なー。ルイのカノジョが関係者になったんだし、親睦深めるために遊びにいかねーか? 遊園地とかさ」


 そう提案したのは、橙だった。

 始祖の吸血鬼が増えたというのに、なにを呑気な。黒巣は横目で睨みながらも、沈黙した。


「いいですね! 魔女の美月ちゃんも関係者になったから、いっぱい遊びましょ! ね!」


 桜子は目を輝かせて真っ先に賛成した。


「ボクはパスさせていただきます。姉上が来ていますので」


 リュシアンは、さらりと断った。単に興味がなく、顔を上げないまま淡々と仕事を片付けていく。


「んーじゃあ、ルイのカノジョを誘って、ネレンも誘うからぁ……トリプルデートな!」


 ニカッと笑いのける橙に、黒巣も顔を上げたが、一番大きく反応したのは桜子だった。

 トリプルデート。黒巣と音恋。緑橋と美月。橙と桜子。カップル成立に、顔を真っ赤にした。


「な、なななんで、そうなるんですか!」

「いいじゃん、デート」

「デートじゃないです! 親睦会でしょう⁉︎」

「カップルが三組なんだし、デートでいいだろ」

「ダメです!!」


 桜子が拒んでも、橙は譲らない。

 参加するしないを答え損ねた緑橋は、オロオロと二人を交互に見た。

 桜子と橙は、友達以上恋人未満の関係。ついに橙が進展させるつもりなのかもしれないと、黒巣は横目で眺めた。音恋も進展させるために、遊園地デートどころではなくなるかもしれない。そう思うと、黒巣は少しむくれてしまう。

 そこで、生徒会室の扉がノックされて開かれた。


「失礼しまぁす。風紀の副委員長でーす」


 明るいノリで入ってきたのは、木葉小暮。団子状に髪をまとめているいつもの髪型。橙の後ろを通って、黒巣に向かう。


「……珍しいな。木葉、お前が生徒室に入ってくるなんて」


 橙はじとりと珍しい客を目で追う。

「そうだっけ」と小暮は笑ってみせた。


「生徒会長。風紀委員からの報告書です」

「はい……」


 昼間の件を思い出して、黒巣はぎこちなく受け取る。しかも、小暮はニヤニヤしていた。目を背けて、黒巣は気付く。さっきまで顔を上げようとしなかったリュシアンが、手を止めて小暮を見ていた。


「木葉先輩。今ちょうど魔女の橋本さんと親睦を深めるという口実で、遊園地に遊びに行こうって話していたところなんです。一緒にいかがですか? 参加者はここにいる生徒会と宮崎さんです」


 そしてリュシアンは、微笑んで小暮を誘った。

 ついさっき断ったはずが、参加することにしている。


「おい待てよ、リュシアン。お前、姉がいるからパスって……」

「姉とは夜中話せます」


 橙が問うも、リュシアンはしれっと返す。リュシアンが気を変えたのは、十中八九、小暮のせいだろうと、黒巣達は小暮に注目した。


「んー、参加したいのはやまやまだけど、私は人が多いのは苦手でさ……遊園地はちょっと」


 首の後ろをさすって、小暮は苦笑しながら断る。


「人混みぐれーでなんだよ。本当はモンスターと遊びに行きたくねーって、はっきり言ったらどうなんだよ?」


 普通なら、風紀委員ハンター生徒会モンスターの誘いには乗らない。橙は目をすがませて絡んだ。


「なーに言ってるの。半分吸血鬼のみやちゃんに、美少女のひめちゃんに、魔女の女の子がいるなら、ぜひとも行きたいね」


 小暮は橙の肩を叩いて、それを否定する。

 風紀委員長の草薙と並び、生徒会もといモンスターに友好的な態度。かつてないほど、生徒会と風紀委員の関係は良好になる予感だ。


「じゃあお願いします! 小暮先輩も来てください!」

「えーでも……人混みが……」

「お願いしますぅ〜来てくださいぃ〜!」

「んー」


 桜子は小暮にしがみついて懇願した。姉御肌な小暮は、頼み込まれてしぶり始める。


「先輩として、か弱い人間の後輩の頼みを聞いてあげなくてはいけませんよ、木葉先輩」


 リュシアンも参加を促す。小暮は折れた。


「わかった、わかった。私で良ければ、参加するだけするよ。詳細決まったら、連絡してね」

「やったー! ありがとう先輩!」


 桜子は大喜びしたが、結局四組のカップル成立になっていることに気づいていない。相も変わらずバカだと、黒巣は呆れて眺めた。

 小暮が生徒会室に出たあと、黒巣はリュシアンに目を向ける。口元に笑みを浮かべたまま仕事に戻るリュシアンは機嫌がよさそうだ。


「……そういえば、リュシアン。前に木葉先輩のことを聞いてきたって、宮崎から聞いたんだけど?」


 リュシアンに散々からかわれてきた黒巣は、ここぞとばかりに突くことにした。

 黒巣はニッと笑うが、リュシアンから笑みはなくなる。当然、聞こえている桜子も緑橋も目を丸めて、橙も注目した。


「デートに誘ってまで……そんなに気になるんですかー?」


 悪癖発揮。ツンツン、とリュシアンをつつく。


「揃いも揃って、単細胞のようだ。なんでもかんでも、恋愛に結びつけて、全くもって惨めな頭だね」


 リュシアンは笑顔を作ると、毒を吐き返した。

 黒巣の顔が引きつる。


「じゃあなんで木葉先輩を誘ったんだよ。最初は行かないって言ったくせに」

「ボクが気まぐれに行くことにしただけのこと。なんだい? ボクは親睦会に参加してほしくないと?」

「別にそんなことは言ってねーし。木葉先輩に気があるって認めればいいだろうが!」

「違うって言っているじゃないか。耳まで惨めなんだね」


 黒巣とリュシアンの間の空気がピリピリと張り詰め始めた。緑橋は慌てて「ナナ、落ち着いて」と声をかける。


「アンタの言動は、気があるって示しているだろうが!」

「ど、こ、が。ボクはたまたま話している最中入ってきた木葉先輩を誘っただけ。前に彼女のことを宮崎さんに訊ねたのは、彼女と図書室で偶然会って挨拶をされたからだ。’’風紀副委員長だからお見知りおきを’’ってね。偶然が二回重なっただけでは、不十分だ。その頭でわかったかい?」


 笑みのままリュシアンは、毒を突きつけた。


「ハン。アンタ無自覚なのかよ。そうやって人を見下した発言をしてまで否定しているところが、怪しいんだって気付かねーのかよ」


 黒巣は頭にきつつも、言い返してやる。


「茶化すように探ってくるからだろ。ボクはただ心配で……」


 そこでリュシアンは口を滑らせたように、自分の口を押さえた。


「心配……なんだよ? 木葉先輩がどうしたんだよ」


 リュシアンが気にする理由は、なにかの問題なのかと黒巣は身を乗り出す。リュシアンは黙った。

 そこで、橙も口を開く。


「心配することねーよ。木葉は人混みが苦手って理由で体育祭や文化祭サボって、海外でハンター業してて、一番経験豊富らしいぜ。そんなハンターのなにを心配するってんだよ」

「え、小暮先輩ってそんなにすごい人なんだ! サボリ魔なお姉さんかと思ってた!」

「なんだよ、サボリ魔なお姉さんって」


 風紀の副委員長に選ばれるほどの実力を兼ね添えていると、知らなかった桜子は声を上げる。


「木葉先輩の家族は元々海外でハンター業やってて、木葉先輩本人も一緒に手伝ってたらしい。確かにサボリ魔だけど、あの性格だし人望もあるから副委員長に選ばれた。あの人は嫌がってたみたいだけど」


 サボリ魔なのは、周知の事実。無理に体育祭に参加しようとして、顔を真っ青にしたことがあったため、小暮の大型行事の不参加は暗黙の了解となった。

 黒巣が言ってから、リュシアンに目を戻すとまだ黙り込んでいる。何かを考えている様子。


「……なんなんだよ、リュシアン。理由を言わなきゃ、宮崎と一緒に木葉先輩とくっつけてやるぜ」


 悪癖は発動したまま。黒巣は急かした。

 リュシアンはにっこりと笑みを深める。


「その宮崎さんだけれど、ボクの姉にさらわれたよ」

「……え」


 黒巣は爆弾を落とされて、仕返しのつもりが返り討ち。

 言葉を失って数秒固まったあと、黒巣は瞬時に携帯電話を取り出して電話をかけた。しかし、音恋は電話に出ない。


「ふ、ふざけるな! リュシアン! なんでアンタの姉が宮崎をさらうんだよ⁉︎」

「編入してくる吸血鬼達と会わせるためだ」

「純血の吸血鬼どもの中に放り込んだのかよ‼︎」


 もう一度かけるも、繋がらなかった。

 アリシーの子達までもが、来ていることは初耳だ。


「どこ連れて行ったんだよ!」

「そう無様にパニクらなくても、姉上は宮崎さんを傷つけない」

「他はわからねーだろ! 宮崎は純血の吸血鬼ホイホイだぞ!」

〔誰が吸血鬼ホイホイですか〕


 電話から音恋のツッコミが聞こえる。


「み、宮崎無事か⁉︎」

〔心配ないよ。編入予定の吸血鬼達と会っただけ〕

「それが心配なんだよ!」


 普段通りの冷静な声に、黒巣は天井を仰ぐ。


〔それがね、黒巣くん。思ったよりも……新学期は大丈夫そうだよ〕

「は、はぁ? どういうこと?」


 今すぐにでも居場所を聞いて迎えに行きたい黒巣は、窓辺に足をかけたポーズで固まる。


〔吸血鬼くん達……ものすごくーーいい子なの〕


 音恋の言葉が呑み込めず、黒巣は顔をしかめて聞き返す。


「なに、それ、暴君がテンプレの吸血鬼がいい子に見える?」

〔礼儀正しいし、とっても普通って感じで、いい子なの〕

「待って。もう一回言って」

〔礼儀正しくて普通のいい子達〕


 何度聞いても呑み込めず、黒巣はまた固まった。


〔手を煩わせるような子達じゃないの。とてもまともに育てられたみたいで、横暴な要求も押し付けそうにもないわ。予想外ではあるけれど、結構平穏な学園生活になりそうだよ。気を抜いて大丈夫〕


 耳に当てた携帯電話から優しい声が静かに響く。その声に従うかのように、黒巣は力を抜いて窓辺に突っ伏した。

 緑橋は慌てて駆け寄って覗き込む。

 黒巣の携帯電話を奪うと、リュシアンは代わりに話をする。


「宮崎さん。橋本さんと親睦を深めるために、皆で遊園地に行くことになったんだ。もちろん君も参加するよね?」


 脱力した黒巣を楽しそうに眺めて、音恋を誘った。



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