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魔女っ子と蛇―6

三人称。






 転校生、アナトリア・アイギスは指を一振りする。立ち上がろうとした緑橋は、見えない力によってドアに叩き付けられた。

 その痛みよりも、緑橋は美月にこれを目撃されたことにショックを受ける。パニックに陥って、言葉を失った。


「初めまして、アンタに呪いをかけた魔女のひ孫よ」

「!?」


 アナトリアは机の上で、足を組み直すと両手を上げながら語り出した。


「昔々。美しい魔女に向かって、蛇使いの女が自分が世にも美しいと豪語した。だから美しい魔女は、永遠に醜い怪物にしてやった。永遠に愛されない苦しむ呪いを与えてやった」


 彼女の眼鏡は、ギラリと鋭利な光を放つ。


「なのに――――家族が出来て、孫が人間に混じって生活しているなんて、この上なく屈辱だわ」


 憎しみを込めて吐き捨てられた言葉に、緑橋は震えた。


「魔女に逆らう人間は、永遠に苦しむべきなのよ。この世で一番非力なくせに、粋がるんじゃないわよ。永遠に苦しむように、呪いをかけ直してやるわ。人間の姿を奪ってやる」


 次の言葉は、緑橋にとって何よりも恐ろしいものだった。身体の奥から指先まで冷たさが広がると、次は感覚を失う。

 しかし、我に返った。緑橋はまだ拘束されている美月を見る。なにも知らず、なにもわからず、混乱している恋人。


「は、橋本さんはっ! 橋本さんを解放してっ!」


 せめて彼女だけでも解放してほしいと頼もうとした。緑橋にそれが精一杯だった。


「指図するんじゃない! 醜い蛇が!」

「うわっ!!」


 アナトリアは一蹴し、緑橋はまた壁に叩き付けられる。頭を強打した緑橋は意識を失い、倒れてしまった。

 口を塞がれたまま美月は、悲鳴を上げる。


「……なによ、出来損ないの魔女。ああ、魔女の血を継いでるだけで、魔女と名乗る資格もないのよね、アンタ」


 美月を振り返ると、アナトリアは机の上に立って向き合った。そして嘲る。


「この怪物を孤立させる魔術をかけた時、隣のクラスの女と貴女には効かなかった。惨めな気持ちに貶めてやろうとしたのに……。隣のクラスの女は吸血鬼……アンタは魔女の血を継いでるから、操る魔術は効かない。それでアンタの正体はわかった」


 アナトリアは、憎らしそうに顔をしかめて睨んだ。


「惨めね。自分が魔女だとも知らされず、人間として生きてきたんでしょ。しかもあんな醜い怪物と恋人? ハン、ヘドが出るわ」


 美月に嫌悪を向けて、吐き捨てる。


「親切に教えてあげるわ。魔女はね、この世で最も優れている生き物なの。力を使って人を操り、好きな地位も名声も手に入れる。それが魔女よ」


 アナトリアは机の上で、長い金髪を揺らしながら、くるりと回った。たちまち、制服は漆黒のミニドレスに変わる。ヒールの高いブーツもまた漆黒。


「コイツの正体も知らないんでしょ。見せてやるわ。世の中にはモンスターがいるの。アンタの恋人は、この世で一番醜いモンスターよ」


 アナトリアが左手を上げると、気を失った緑橋の身体が宙へ浮いた。

 指を一振りするだけで、緑橋の姿が変わり出す。髪が垂れ落ちるような蛇へと変わった。緑橋の正体。

 美月は、目を見開いた。文化祭の日に、1度見たことのある姿。美月は、仮装だと思い込んだもの。


「容姿で惹き付ける吸血鬼にならともかく、このモンスターを選ぶなんて。魔女の力を教えてもらえないわけね。アンタ、素質ないのよ。あっわれねー」


 とん、とアナトリアは机から下りた。

 するり、と美月を拘束した赤い布がほどけていき、机の上に下ろす。口も解放されたが、美月はなにも言えないでいた。


「せいぜい自分の無力さを思い知りなさい。アタシはこれから、コイツの人間の姿を奪うわ。メデューサの一族を永遠に苦しめるために、ここまで来たんだもの。二度と会うこともないわよ、アタシに感謝なさい」


 アナトリアは笑いながら、ドアを出る。宙に浮かされた緑橋の身体も、引かれるように出ていった。

 残された美月は、まだ動けない。頭が理解しきれておらず、指を動かすことも意識を向けられなかった。

 モンスターが、実在する。

 美月は、魔女の子孫。

 アナトリアも、魔女。

 緑橋は、メデューサの孫。

 脳が破裂しそうになり、美月は頭を押さえて踞る。簡単には受け入れられない。理解が追い付かない。

 わかることは1つ。美月はアナトリアの言う通り無力だ。出来ることがない。


「……」


 少しの間、踞っていたが、美月は顔を上げた。髪が乱れて顔を隠すが、美月は整えず、白いセーターのポケットから携帯電話を取り出す。そして、電話を掛けた。


「……っ……」


 電話が繋がっても、美月は声が出せない。必死に、絞り出そうとした。


「……た……たすっ……――――たすけてっ……」


 やっと出せた声は、掠れた涙声。


「――――音恋ちゃん」


 美月は吸血鬼の宮崎音恋に、助けを求めた。




20150704

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