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魔女っ子と蛇―5 緑橋ルイ視点



「黒巣くんは心配になって、ああ言っちゃっただけだよ。あまり気にしないでね?」


 ナナに近付くなと言われて、落ち込んだ僕を、橋本さんは最後まで励ましてくれた。

 すごく情けない顔でもしていたのか、何度も腕を撫でてくれた。

 なんとか力なく笑って、橋本さんを見送った。


 その夜。

 憂鬱になりながらも、勉強をしていたら、携帯電話が鳴った。

宮崎さんからだ。


「も、もしもし? 緑橋です!」

〔宮崎です。今、大丈夫?〕

「う、うんっ」

〔さっきはごめんなさい。黒巣くん、私と緑橋くんを心配しすぎて、ああ言ってしまっただけだよ〕

「ああ……うん……わかってるよ。橋本さんにも言われたんだ」


 宮崎さんまで励ましてくれて、ぼくはあからさまに落ち込んで見えたのかな。自分が情けなくて、苦笑を溢す。


〔緑橋くんなら、黒巣くんをよくわかってるとは思うけれど、フォローしておこうと思って〕

「あ、うん……大丈夫だよ。わかってるから」

〔よかった。彼の悪い癖は完全に直らないね、ごめんなさい〕

「み、宮崎さんが謝ることじゃないよ」


 中学で会ってから、ナナはナナだから……。


〔明日は中庭でランチしよう? 4人で〕

「え? い、いいのかな……また危険なことが起きたら」

〔もうこれ以上危険なことが起きるわけないよ。黒巣くんもなにもなければ、警戒しないだろうし〕


 宮崎さんが気を遣ってくれて、ランチにまで誘ってくれるから、涙目になる。

 ナナも、明日なにも起きなければ、近付くことを許してくれるよね。

 宮崎さんに何度も感謝して、電話を切った。

 勉強も切り上げて、ベッドに入って眠る。

 けれども、すぐに飛び起きた。なにか恐ろしいものが迫ってくる夢のせい。

 途端に、家の中から、ロンとランの泣き声が響いた。慌てて二人の寝室へ入ると、先にリンがいて、泣き止ませようとしていた。


「うわぁあっ!」

「どうしたの? よしよし」


 部屋の明かりをつけて、泣きじゃくる二人を抱き締めてあやそうとしたけれど、なかなか泣き止まない。


「うわああん!」


 ぼくもリンも、困り果てていれば、部屋のドアの元に、お母さんとお父さんがいることに気付く。

お母さんは泣いていて、お父さんが抱き締めていた。


「……今夜は一緒に寝ましょう?」


 お母さんがそう声をかければ、ベッドから下りて、ロンとランはお母さんとお父さんに抱きつく。

 二人を抱えて、お母さんとお父さんが部屋に戻る。

ぼくとリンも、顔を合わせた。

 いつまでもロン達の部屋にはいられないから、リンは先に部屋を出る。ぼくも部屋に戻ろうとしたら、廊下におばあ様がいた。


「……変わりはないか? ルイ」

「えっ? えっと……?」


 質問の意味がわからず、ただポカンとしてしまう。


「……明日、あの娘を連れておいで」

「へっ!? 橋本さんを!?」

「吸血鬼になった娘の方だ」


 橋本さんではなく、宮崎さんを連れてこいと言われ、ぼくは目を見開く。

 部屋に戻ったはずのリンがドアを開けて、ぼくを睨むように見た。


「ナナ先輩と修羅場?」

「ち、違うから! そんなんじゃない!」


 リンを部屋に押し戻して、ドアを閉じる。


「えっと……宮崎さんは、用事があるので無理かと……」


 リュシアンがアメデオの就職祝で宮崎さんを連れ回す約束をしているから、明日は無理だ。


「大事な用なら、話しますが?」

「……なら……いい」


 おばあ様は潔く諦めると、廊下を歩いて消えた。

 首を傾げて立ち尽くしたぼくも、自分の部屋のベッドに戻る。

 こうして、最後まで不可解な1日は、終わった。




 翌日はナナに拒まれると思い、一人で登校した。

 どうやら、昨日の事件はもう知り渡ったらしい。クラスメイトはヒソヒソと話して、ぼくを避けるように移動していった。

 照明器具に潰されかけたあとに、トラックに潰されかけたんだ。不幸続きのぼくに、近付いたら巻き込まれる。

ナナと同じだ。

 しょんぼりしながら、ぼくは席についた。


「おはよう。緑橋くん」


 ポン、と肩を叩いて笑いかけてくれたのは、橋本さん。

彼女の優しい微笑みに、胸の中に熱さが込み上げた。

 ランチは宮崎さんが誘ってくれて、お昼休みは一緒にとろうって、話をしておく。

「よかったね」と、橋本さんは喜んでくれた。


 お昼休みまで、なにも起きなかったから、ナナも渋々と言った様子だけれど。


「お昼行こうぜ」


 と声をかけてくれた。

隣のクラスの宮崎さんと合流して、ランチを買おうために食道に向かって階段を下りる。


「音恋ちゃん、本当に髪、素敵だね。いつから伸ばしているの?」

「中学に入ってから」

「中一の時は肩までだったよな」


 橋本さんが、宮崎さんの髪に触れているところを見ていたら。

 2階を過ぎた途端。

 ガッ、と足を掴まれたようにとられたぼくは、階段から落ちた。

 咄嗟に手をついたけれど、結局背中を打ち付けて、下についても、前にあった教室の中にまで転がり……。


  ガシャン!

  バシャン!


 倉庫がわりのそこで、なにかにぶつかってしまって、掃除道具入れの下敷きになってしまう。

 誰かが片付けをサボったであろうバケツの水をもろに被った。


「緑橋くん!」

「ルイ!」

「だ、大丈夫……」


 すぐにナナが掃除道具入れを退かしてくれる。ちょっと背中が痛いだけで、大した怪我はなさそう。


「ごめんなさい……」


 宮崎さんがそっと謝って、落ちたけど割れずに済んだ眼鏡を差し出した。助けられなかったことを謝っているんだ。今回は橋本さんに触れられてから、ナナも宮崎さんも下手に動けなかった。


「ううん! ぼくの不注意のせいだから!」

「……不注意だけじゃねーだろ」


 ぼくのあとに、顔をしかめたナナが言う。


「お祓いしてもらった方がいいんじゃねーの? ランチはそのあとな」

「黒巣くん、またそういうことを」

「アンタが怪我してからじゃ遅いんだよ!!」


 ナナは宮崎さんの手を強引に引っ張った。また酷い目に遭ったから、ランチは中止だ。

 本当にお祓いしてもらうべきだと、ぼくも思う。

 宮崎さんが万が一、人前で怪我してしまったら、まずい。怪我は一瞬で治ってしまうから。

 そうじゃなくても、好きな人が怪我をしてしまうなら、それを阻止したくもなる。


「は、橋本さんも、宮崎さん達と行った方がいいよ。ぼくといたら、怪我してしまうかも」


 ハンカチで拭ってくれる橋本さんに、ぼくから離れた方がいいと伝えた。

 橋本さんにも、怪我、してほしくない。


「……わたしは大丈夫だよ」


 きょとんとしたあとに、橋本さんは微笑んだ。


「わたし、何気に運がいいから。一緒にいれば不幸も起きないと思うよ」


 そう言って、立ち上がるのを手伝ってくれた。

 着替えようと一緒に教室まで戻ってくれた間も、ずっと手を握ってくれていたから、胸の中がとても熱くなった。


 ――――橋本さんなら。

 ぼくの正体を見ても、こうして、手を握ってくれる気がした。

 掌の暖かさが、信じる力を与えてくれていると感じた。


 涙を落としそうになってしまったから、髪を整えるフリをして隠す。


「……好きです……」


 思わず、口から気持ちが溢れ落ちた。


「え?」


 手を引く橋本さんが、ぼくを振り返る。ぱちくりと、目を瞬いてぼくを見た。

 あ、よかった……聞こえてない。セーフ。

 よかったと安心したけれど、橋本さんの顔が真っ赤になった。聞こえていたんだ。


「……わ、わたしも、です」


 俯いて、橋本さんはそう言ってくれる。

 ぼくも真っ赤になって俯くけれど、嬉しすぎて、とても幸せだった。


 午後は制服を軽く洗って干して、ジャージで過ごす。相変わらず、転校生には睨まれて、ナナや他の生徒には避けられていたけれど、橋本さんだけはそばにいてくれた。

 放課後まで、なにもなくって胸を撫で下ろす。橋本さんの身にもなにもないから。

 髪を整えようと、結び直そうとしたら、バチンと切れてしまった。

 ナナは「お祓いしてもらえ」と言って帰ってしまう。

 それを見た橋本さんは、苦笑を溢す。


「シュシュならあるよ」

「……ううん、もう帰るだけだからいいよ」


 橋本さんの可愛いシュシュまで壊したら申し訳ない。橋本さんは肩を竦めると、黄緑色のチェック柄のそれを鞄につけ直した。

 ぼくは目元が隠れないように前髪を整える。結ばないと遮られてしまい、苦戦した。

 すると、席に座ったぼくの前にいた橋本さんが、髪に触れる。黙って撫でてくれたけれど、ぼくの机に頬杖をついて提案してきた。


「前髪、切ろっか」

「へ?」

「わたし、結構上手いと自負してるよ。どうかな? いい?」


 前髪を切る。橋本さんが、切ってくれる。

元々顔を隠すために伸ばしていた前髪だから、今なら切ってもいい。

橋本さんがやってくれるなら、なおいいと思う。


「うん……じゃあ、お願い、します」


 頷くと、橋本さんは嬉しそうな笑顔になった。


「家庭科室からハサミ借りてくるね」

「え? 今やるの?」

「うん。今日は部活休みだし、すぐ終わるから。待ってて」


 弾むような軽い足取りで、橋本さんが教室を出る。

楽しそうな姿に口元が緩んだ。

 でもすぐにあの転校生の鋭い視線を向けられていることに気付き、慌てて顔を伏せた。

 チラッと見てみたら、転校生は鞄を持って、教室を出ていった。

 はぁ、とため息をつく。何故、彼女は睨むんだろう……。

 ぼくの不運は、彼女の仕業だろうか。でも、やっぱり理由がわからない。

 他のクラスメイトが帰っていく中、ぼくは橋本さんが戻ってくるのを待ちながら、考えてみた。

 すっかり日が暮れて、空が薄暗い赤になった頃、ぼくは一人になった。

 30分は経つのに、橋本さんが戻ってこない。

 迎えに行こうと思い、ぼくも家庭科室に向かうことにした。

 途中の廊下に会うとばかり思ったのに、橋本さんを見付けられず、家庭科室についた。

 他の用事が出来たのかと思ったけれど、それなら連絡するはず。橋本さんは白いセーターのポケットに携帯電話を入れていたから。

とりあえず、確認しようと、家庭科室のドアを開けた。

 次の瞬間、吸い込まれるようにぼくは中に倒れる。

ドアはピシャンと閉じた。


「!?」

「遅いわよ」

「!」

「まぁ、おかげで邪魔者は帰ったみたいだけど」


 声がした方を見ると、転校生が机に座ってぼくを見下ろしている。

 小柄で、長いツインテールを垂らした転校生は、変わらず眼鏡の奥で鋭い視線で、ぼくを見ていた。

 彼女の後ろには、宙吊りにされた橋本さんがいる。

赤い帯のような布が、橋本さんを拘束していた。

口も塞がっている橋本さんは、すごく、怯えた目をしている。


「さぁ、メデューサの孫。醜い怪物になる時間よ」


 転校生は、冷たく告げた。




20150527

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