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魔女っ子と蛇ー3 緑橋ルイ視点


2月10日。

今日は赤神先輩の誕生日です!

ハッピーバースデー!




「ルイ。お前はいつ、恋人を紹介するつもりだい?」


 夜、おばあ様が部屋に来て問うから、ギクリとしてしまう。

 先輩方に橋本さんを紹介するのは、明日に決まった。でもその件じゃない。

おばあ様に紹介しろって話だ。


「ま、まだっ……まだ、正体を、話していないので……」


 橋本さんに正体を話さなければいけないこと、それから橋本さんが魔女の血を継いでいることをおばあ様に話さなくてはいけないこととかで、酷い緊張に襲われて心臓を吐いてしまいそうだ。


「ふぅん? 去年の夏に連れてきた娘は、いい娘だった」


 おばあ様が残念そうに言うのは、宮崎さんのことだ。宮崎さんを気に入っている。


「か、彼女は……ナナの恋人です」

「つまりは鴉の坊やに、かっさらわれたのだろう? 情けない」

「そ、そういうわけじゃ……」


 おばあ様は言うだけ言うと、ぼくの部屋をあとにした。

 宮崎さんはナナがずっと想っていた大切な人だ。かっさわれたわけじゃなく、ナナがやっと想いを伝えた。

 ぼくにとって、今も宮崎さんは特別な人だ。いつも宮崎さんの言葉には、励まされて、背中を押されてきた。

今回も、宮崎さんのおかげで、なんとか立ち上がれた。

 宮崎さんも……ナナと同じ、親友みたいな存在かな。いや、宮崎さんにとったら、頼りない友だちなんだろうな……。

 でも、ぼくにとって、ナナも宮崎さんも、心強い味方だ。

 頼りない自覚はある。現にまだ、橋本さんに打ち明ける自信がない。きっと時間がかかる。でも、宮崎さんのおかげで、一歩踏み出す準備が出来た。

 踏み出さなきゃ。

 踏み出さなきゃ。

不安と緊張と戦いながら、眠ろうとした。



 翌朝、口から胃が飛び出すのかと思うくらい、酷い緊張に襲われた。

 お腹と口を押さえながら登校すると、橙先輩に捕まって連行された。早く紹介しろとのことだ。

 でも橋本さんはまだ朝の部活中だから、桃塚先輩と赤神先輩とともに廊下で待った。

 恋人として紹介するなんて、初めてだ。でも正体を明かすよりは、ハードルが低いと言い聞かせて、心の準備を必死にした。


「……おい、ルイ」


 低い声で呼ばれて顔を上げると、腕を組んだ橙先輩が同じ壁に寄り掛かり、ぼくを見ていた。


「お前、キスはしたのか?」

「っ!?」

「なんだ、してねーのか」


 火がついたように顔が熱くなってしまった。

 キ、キキ、キス!?


「カイ君、藪から棒だなぁ。よくないよ、いきなりは」


 廊下の窓を背にする桃塚先輩は苦笑を溢す。


「いやでも、付き合って3ヶ月か? ネレンとナナは付き合った日に、ネレンの誕生日にキスしたそーですよ」


 ぼくに問いながらも、橙先輩は言った。桃塚先輩の隣でよそを向いていた赤神先輩がこちらを向く。


「ほーう。漆のやつ、意外と手が早いんだな……」

「そ、そうだったの? ……へぇ」


 宮崎さんが好きだった二人は、複雑のようだ。


「漆がお前に話したのか? 自慢気に?」


 ジロリ、と赤神先輩が橙先輩に視線を送る。

 いや、漆がその手のことを橙先輩に話したりしない。ぼくにさえ、恥ずかしがってしぶしぶと言った感じだったけど、話してくれた。


「いえいえ、アイツは話しませんよー。サクラがペラッと話しました」


 橙先輩は笑う。

漆がぼくに話したように、宮崎さんは姫宮さんに話した。宮崎さんのことは、大抵姫宮さんから聞いてきた。


「で? ネレンの感想は?」


 赤神先輩が目をぎらつかせて問う。

 か、感想って……キスの!?


「へっ? いや、聞いてないッスけど……」


 橙先輩は顔をひきつらせた。


「上手かったとか、下手だったとか、聞いてないのか?」

「聞いてないッス」

「淳……聞いてどうする気なの」

「別に、聞いてみただけだ」


 桃塚先輩も、笑みをひきつらせる。赤神先輩がしれっとした顔でそっぽを向くと、そこでチャイムが鳴った。朝の部活が終わったんだ。

 すぐに演劇部の教室から、出てきたのは宮崎さん。


「おはようございます、先輩方、緑橋くん」

「おう、ネレンおはよう!」

「おはよう」


 ペコリと頭を下げて挨拶した宮崎さんに、ぼくも挨拶しようとしたけれど、橙先輩の声に掻き消されてしまい俯く。


「頑張ってね、緑橋くん」


 宮崎さんはぼくに目を向けて、声をかけてくれた。励ましに、また勇気をもらえた。


「う、うんっ」


 なんとか頷いた。

宮崎さんは小さく頷き返すと、廊下を歩き出す。けれどもすぐに足を止めて、赤神先輩を振り返った。


「カレ。キス、上手いです」


 と、一言。

ぼく達の会話を聞いてたんだ。宮崎さんには、聞こえていた。

 桃塚先輩はビクリと震え、橙先輩は固まる。

赤神先輩だけが、にこりと微笑んだ。


「比べてみるか?」

「お断りします」

「遠慮せずに」


 サッと断る宮崎さんに、赤神先輩は迫ろうとしたけれど、桃塚先輩が掴んで止めた。


「なに言っちゃってんの!? 淳! よくないよ、よくないからねっ!」


 宮崎さんは頭を下げると、廊下を歩き去る。赤神先輩は不機嫌な顔になり、桃塚先輩は叱りつけた。

そこでまた部室から人が出てきた。


「あれ? 緑橋くん、おはよう。どうしたの? こんなところで」


 出てきたのは、ぼくの恋人。橋本美月さん。

 肩からするりと艶やかな黒髪が落ちた。橋本さんは微笑んで、ぼく達がいることに首を傾げる。

 緊張が一気に高まった。

次から次へと演劇部員が出てきたため、先輩達は避けてぼくの後ろに立つ。先輩達をきょとんとして見た橋本さんは、軽く会釈をして挨拶した。

 ぼくがおろおろしていれば、桃塚先輩に背中を撫でられる。


「え、えっと……そのぉ……」


 顔が真っ赤になるのがわかった。熱い。きっと情けないほど、真っ赤なんだろうな。


「改めまして、僕は桃塚星司です」


 見かねた桃塚先輩から、自己紹介をした。


「ごめんね、いきなり。どうしても卒業前に、ルイくんの恋人さんに会ってみたくって」


 にっこりと笑いかける桃塚先輩のおかげで、橋本さんは状況を理解して、ほっとした様子で笑い返す。


「あ、えっと……?」


 橋本さんがぼくを見る。

だからぼくの紹介を待っているとわかった。顔を真っ赤にしながらも、ぼくは言う。


「ぼ、ぼくの……恋人の……橋本、美月……さん、です」


 ぼくの恋人。胸がガッと熱くなる言葉だ。

 初めて、橋本さんを恋人として紹介した。ああ、もう、心臓が飛び出してしまいそうだ。


「ふふ。どうもよろしくお願いします」


 橋本さんは小さく笑うと、桃塚先輩に言葉を返して握手をした。桃塚先輩は、笑みを深めて橋本さんを見る。彼女の匂いを嗅いで覚えようとしているはず。


「赤神淳だ。知っていると思うけれどね」

「あ、はい。前に部活見学した時の演技、お二人とも素敵でした」

「どうもありがとう」


 次に赤神先輩が手を差し出して、橋本さんと握手をした。赤神先輩の顔には、いつもの穏やかな微笑。魅力的なもの。


「橙だ。……ルイのどこが好きなんだ?」


 橙先輩も手を差し出して、握手をするなり訊いた。

桃塚先輩もぼくもギョッとする。


「へっ? えっとぉ……」


 突然のことで、橋本さんの声が裏返った。頬も赤くなっている。

 ぼくは思わず、そんな橋本さんを凝視した。

橋本さんはそれに気付いて、更に頬を赤くする。


「……ぜ、全部……です」


 耳まで赤くなりながら、橋本さんは俯く。

全部、ぼくが好き。それは嬉しい。でも……。


「全部……ね?」


 じとりと赤神先輩に見られて、ぼくは視線を足元に落とす。

 ぼくの正体を、橋本さんは知らない。ぼくのもう1つの姿を見ても、橋本さんが好きと言ってくれるだろうか。

 ちらりと、橋本さんを見てみたら、目があった。赤くなる顔を隠すように両手で隠している橋本さんの瞳は、熱がこもっている。そして、照れくさそうに微笑んだ。


「いいね! また機会があったら話そうね、美月ちゃん。じゃあっ」


 桃塚先輩は赤神先輩と橙先輩の背中を押すと、先に教室へ戻った。

 ぼくの正体を受け入れたら、また話すことになる。

受け入れたら、の話だけど。


「私達も行こ?」

「あ、うんっ」


 橋本さんがぼくの手を握って引いてくれた。

 温かい手だ。

 ぼくの正体を知ったら、この手で触れてもらえないかもしれない。

 ぼくの正体を知ったら、もう好きだとは言ってもらえないかもしれない。

 ぼくの正体を知ったら、ぼくを嫌うかもしれない。それが、怖くて、怖くて、堪らない。

 ぼくを嫌わないでほしい。

 ぼくを好きなままでいてほしい。


「緑橋くん?」


 無意識に握り締めてしまったらしく、橋本さんが振り向いた。


「……顔色、悪いね……」

「あ、いや……大丈夫だよ?」


 慌てて笑って誤魔化すけど、泣いてしまいそうだ。泣くな泣くな。堪えよう。


「やっぱり気にしてるの? 転校生のこと」

「……え? 転校生?」


 転校生って、ぼく達のクラスに来た子のことかな。


「え? 気付いてないの? 昨日、緑橋くんのこと、すごく睨んでたよ」

「えっ、ぼくなにかしちゃったの?」

「……」


 足を止めた橋本さんは、困ったように笑った。


「緑橋くんってば……ちゃんと人の顔を見なきゃ。転校生の顔、覚えてないでしょ」


 昨日は一日中、魔女について考えていたから、転校生なんて見ていない。いっぱいいっぱいだったけど、人の顔をよく見ないのはぼくの悪い癖だ。


「だめだよ」


 つん、と橋本さんは、ぼくの額を小突いた。ぼくは真っ赤になって俯く。

 そのまま、ぼくと手を繋いだまま教室に入った。クラスメイトに見られて、少し恥ずかしかったけれど……。

 転校生を見るなり、恥ずかしさなんて吹き飛んだ。一番後ろの席に座る小柄な女子生徒は、赤い縁眼鏡の向こうからぼくをギロリと睨んでいた。慌てて、目を背ける。

 ぼく、本当になにかしちゃったのだろうか……。

昨日の記憶は曖昧で、原因がわからず、悶々とした。

 ああ、でも、今は橋本さんに正体を明かすことについて、考えなくちゃ。


 どうやって、打ち明かそう。一度姿を見せたけれど、あれは仮装と思わせた。また見せたら、仮装と思うだろう。見せながら、正体を話そうか。

 どんな方法なら、橋本さんを怖がらせずに済むだろうか。

 そんなこと、ぼくの姿じゃ難しい。


「おいこら、ルイ。ボケッとしてると顔面に食らうぞ」


 ナナに言われて、ハッと我に返る。

 体育の時間。体育館で男女別で、ドッチボールをしている最中だ。

 A組対B組中だ。ナナはリュシアンを負かせようと、熱中している。


「緑橋くん」


 ダムッ、とリュシアンがボールを床に落として弾ませた。


「恋人が応援してくれているよ」


 そう言われて、思わず隣のコートを見てしまう。橋本さんはぼくを見ていなかった。宮崎さんと一緒に外野に立っている。アウトになったみたいだ。

 ボン、とお腹にボールが当てられた。強烈すぎて、ぼくは倒れてお腹を押さえる。

 純血の吸血鬼にしては、優しい一撃だけど……痛い。


「なに引っ掛かってるんだよ、バカルイ!」

「ご、ごめん……」


 ナナに怒られてしまったぼくは、もうコート内にいられないから、橋本さん達の方へと向かう。

 話し掛けようと思ったけれど、その前にポニーテールを揺らして宮崎さんが振り返った。

 瞬きした瞬間に、上を向いていた宮崎さんがぼくの横に現れる。そしてぼくの腕を引っ張った。


 ガシャンッ!!


 ぼくが立っていた場所に、ライトが落ちて硝子を撒き散らす。それを見て、ぼくは恐怖で固まる。

 宮崎さんが引っ張ってくれなきゃ、ぼくは……。

 遅れて、生徒達の悲鳴が響き渡った。




20150210

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