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魔女っ子と蛇ー2




 朝の部活を終えて、始業式に出るために体育館に向かって歩いていると、音恋の隣を美月が来た。


「緑橋くんから聞いた?」


 微笑んで問われた音恋は、真っ先に美月が魔女だと言う話を頭の中に浮かべる。しかし、それではないだろう。


「なに?」

「緑橋くんね、日記書いてるんだって。ブログじゃなくて、日記ノートにね。それでね、文才があってね、物語も書いたことあるんだって」


 音恋に内緒話をするように、穏やかな口調で美月は楽しげに話す。


「弟くん達に読み聞かせてあげるために、おとぎ話も書いてあげたんだって。それで、緑橋くんが書いた台本で、きょんくんと紅葉ちゃんも一緒に演技したら楽しそうだなぁーて。どうかな?」


 美月の笑みを見て、今朝リュシアンから聞いた魔女の話と、被らないと音恋は思った。


「楽しそう。私もやりたい」

「うん、じゃあまたあとで決めようね」

「うん」


 音恋は頷くが、緑橋の状態を考えると物書きする余裕などないだろう。

 ただでさえ、まだ自分の正体を明かせずにいた緑橋に、美月が魔女の血族だと言う事実は重い。


「……ねぇ、美月ちゃん。美月ちゃんは魔女?」


 美月から、音恋は直接聞いた。


「あれ、緑橋くん、そんなこと話したんだ? そうなの。ハロウィンが近くなるとおばあちゃん、お酒が進むの。それで去年、酔っ払って"魔女なのよー"って。でも、わたしが魔女の仮装をしようとしたら、"魔女は正体を明かしてはならないのよ"って、止められちゃった」


 少し照れたように頬を押さえながらも、美月は答えた。酔った拍子に、重大な秘密を明かしてしまったのか。


「元々、魔女みたいなおばあちゃんだとは思ってたの」


 前を向いて、美月は続けて言う。


「おばあちゃんの温室にはたくさんの植物があって、アロマとか、特製の美容パックとか、作ってたから」

「……ふぅん」


 美月の話からして、魔女らしい美月の祖母は、悪い魔女ではなさそうだ。


「ネーレーンー! おはよう!」


 体育館に入ると、親友の姫宮桜子に抱き締められ、その話は終わった。


「A組に転校生が来るんだって! あ、ほら、あの子!」


 桜子が目を向ける方に、抱き締められながら音恋も、美月も目を向ける。

 集合しようとしている生徒達の中に、見慣れない生徒を見付けた。目を引く光輝く金髪は腰まで届くツインテールで、赤い縁眼鏡をかけた小柄の女子生徒。

 二年生の生徒の中を歩く彼女は、注目をされても臆した様子もなく突き進む。音恋達はあとを追うように後ろを歩いた。そこで、音恋はその女子生徒の匂いが、砂糖のような甘いものだと気付く。


「……転校生は、モンスターなの?」


 未だに抱き付いている桜子に、音恋は囁くように問う。


「え? 聞いてなーい。もしかして吸血鬼?」


 キョトンとした桜子が、声を潜めずにそれを口にしたため、すぐ隣にいた美月が反応する。桜子は固まった。

 美月は首を傾げて見てきたが、始業式開始が近い。手を振ると、美月は自分のクラスの元に向かった。


「……こら」


 ぺし、と音恋は桜子の額に掌を当てる。


「ごめんなさいぃ……」


 桜子はしょんぼりと顔を伏せて、反省して見せた。



 始業式の今日、午前で生徒達は部活活動をしたり、下校をする。音恋は部活前に桜子とともに、生徒室に向かった。

 同じく生徒室に向かっていた白衣姿の笹川仁を見付ける。元気のない後ろ姿に顔を合わせた二人は、迷わず近寄った。


「明けましておめでとうございます、笹川先生」

「あけおめ、笹川せんせっ!」


 音恋は仁の右腕に、桜子は仁の左腕に、しがみついて挨拶をする。


「おー、明けましておめでとう、美人さん達」


 疲れたように笑いながらも、仁はしがみついた二人ごと、その場でくるりと回った。


「新学期早々、お疲れのようですが、大丈夫ですか?」

「あー大丈夫大丈夫。音恋ちゃんと桜子ちゃんの顔が見れただけで、疲れが吹っ飛んだ」


 見上げる音恋の頭をポンポンと叩く仁の笑みから、疲れは消えそうにない。音恋が放すことにすると、桜子も放れた。気遣われているとわかり、仁は苦笑を溢す。


「聞いてくれ。今年の初夢は、吸血鬼達に学園を侵略される夢を見たんだ」

「……それは、暗に私を責めているのですか」

「いやいや、遅かれ早かれ訪ねて来ただろう。ただ、去年の疲れもあってな……」


 去年は大変な年だった。

今年を暗示するような初夢に、新年早々疲労でぐったりして、肩を竦めた仁の背中を、音恋と桜子は撫でた。


「ま、強い味方もいるし、今年も乗り切るさ」


 漸くニカッと明るく笑った仁は、二人の背中を押して生徒室に入れる。

 生徒会長の席に、黒巣。その後ろの窓辺に桃塚と赤神淳。

副会長の席に座る橙空海の隣に、桜子が座る。


「宮崎さんはこちらに」

「あ、ありがとう」


 先に来ていたリュシアンが、音恋の手を引いて座っていた席に座らせた。ガタリと黒巣が机を揺らして、リュシアンを睨む。リュシアンは笑って音恋の肩に手を置く。

「まーまー」と桃塚は宥めた。


「遅れたか? すまん」


 風紀委員の笹川竹丸と、草薙彦一が来れば、会議が始まる。


「今回、ルイの交際相手である一年A組の橋本美月が、モンスターである可能性があると発覚しました。種族は魔女。どうやら、彼女は自分が魔女の血を継いでいること、モンスターの実在を、知らないようです。魔女は身内にも正体を隠すことが可能なモンスター。橋本美月は酔った祖母がポロッと魔女だと言ったのを聞いたらしいので、祖母は魔女でしょう。魔女の匂いを嗅いだことのあるリュシアンが、橋本美月は魔女だと断言しました」


 既に皆に情報は届いていて、驚いた様子は見せない。名を呼ばれたリュシアンは右手を上げる。


「一つ、ご報告があります。宮崎さんから」


 そして音恋に発言を促せた。


「……転校生も、美月ちゃんと同じ匂いがしたので、リュシアンに確認してもらったところ、彼女も魔女のようです」


 音恋も右手を上げて、報告した。転校生もまた、魔女の血を継いでいる生徒。それに驚いた反応を見せるのは、黒巣達だ。


「はっ? 転校生は人間として入学したんだぞ!? どういうことですか、笹川先生!」


 立ち上がり、黒巣は仁に問い詰める。


「俺に言われても……モンスターかどうかなんて、申告してもらわないと……」


 仁は苦い顔をした。

通常、モンスターの生徒は自ら希望して入学する者と、声をかけられて入学する者に別れている。もちろん、関係者に正体を明かして。


「そう笹川先生を責めないで。生徒会長。魔女は忍び寄ることに長けた種族だ。あの甘い香り以外、魔女だという証拠は隠し通す。妖気でさえ、我々吸血鬼も感じ取れない」


 リュシアンは微笑んで、笹川先生のフォローをしながら、魔女について話した。

 魔女の香りを見破れなければ、自己申告以外、知る術がない。


「つまり、君達が知らないだけで、この学園に魔女がまだ――――いるかもしれない」


 リュシアンは、脅かすように告げてほくそえんだ。

 人間だと思っていた友人が、魔女かもしれない可能性がある。それも正体を意図的に隠した魔女かもしれない。意図的ならば、それは悪意を持つ。


「魔女は、大半が人を操る性悪モンスターだ」


 脅しを付け加えたリュシアンは、強張る一同を楽しげに見渡す。そこで音恋以外に動揺を見せない者に目が止まる。

 緑橋だ。彼は青い顔で俯いたまま。全くリュシアンの話を聞いていないことがわかる。

 そんな緑橋に呆れた視線を向けながら、黒巣は気を取り直して仕切った。


「と、言うことで、魔女の血を継いでいる生徒が他にいないか、捜してもらいます。存在を把握し、それから認識しているか否かを確認しなくてはいけません」


 そのために、今回は集まってもらったのだ。


「しっつもーん」


 そこで橙が右腕を上げた。大半が質問の内容を予想できた。


「魔女は強いのか?」


 血が騒ぐ橙は、好戦的な笑みを浮かべる。

「暴れちゃだめだよ?」と桃塚は、念のため釘をさす。


「魔女は個性豊かです、どんな魔法を使うかはそれぞれですから、強さもそれぞれです」


 唯一魔女を知るリュシアンが、それに答えた。


「吸血鬼とどっちが強いの?」


 橙の隣に座る桜子が、純粋に質問する。


「我々より強い種族は、神だけだよ」


 リュシアンは好戦的に微笑み、告げた。吸血鬼は、魔女よりも強い。


「言わなくともわかっているだろうが……一般の生徒達の前で、一悶着なんて起こすなよ?」


 仁は心配になり、釘をさしておいた。一同は頷く。


「見付けたら、マークして、週末には報告でいいか?」

「はい。急ぐべきですからね」


 竹丸が黒巣に確認した。週末までに全校生徒を確認する。いた場合、その後を話し合う。


「で……橋本美月の方は、どうするんだ?」


 全く口を開かない緑橋を気にして、後ろから覗こうとしながら竹丸は問う。しかし、緑橋から返答はない。


「それはもちろん、交際してますからねー、当然ー、そのうちに……明かすはずなんですけどねー」


 黒巣は緑橋の近くで手を振るが、やはり反応しない。

 明かすかどうかは、緑橋次第。緑橋の祖母と魔女の因縁は、一同が知っているため、誰も追及はしない。


「捜すには鼻が必要だな。風紀委員は宮崎が手伝ってくれるのか?」

「あ、はい。お手伝いします」


 じっと緑橋の横顔を見ていた音恋は、竹丸を振り返り承諾した。


「え、なんでそうなるんですか?」


 しかし、黒巣が口を挟む。


「なんでって……おれ達、人間だし、手伝ってくれないと」

「なんで宮崎が風紀委員側になるんですか? 俺の恋人なんですけど」

「えーと……」


 黒巣に睨まれ、草薙は苦笑を漏らす。


「黒巣くん、今それは関係ないでしょ?」


 音恋が諭した。魔女の匂いを知るリュシアンは生徒会。だから音恋は、風紀委員の手伝いをする。


「なら、ボクは宮崎さんとともに風紀委員を手伝おう。ボクと宮崎さんなら十分でしょう?」


 臨時生徒会のはずのリュシアンが言い出したため、黒巣がまた立ち上がった。


「余計意味がわからないんですけど!? 風紀委員には、リュシアンで十分でしょ! 宮崎返せ!」

「妬くなよ、漆」

「みっともないぞ、漆」

「落ち着こ、漆くん」


 黒巣の意見は通じない。橙と赤神、そして桃塚が黒巣を宥める。


「リュシアンがいなくとも、橋本美月を紹介してもらえれば魔女の匂いを覚えられる」

「うん、ルイくん。お願いできる?」


 美月の匂いを覚えて、赤神と桃塚、橙が魔女捜しをしようとするが、緑橋はまたもや無反応。

ここは緑橋が恋人を紹介する方が自然だが、緑橋は塞ぎ込んでいる。

 赤神は顔をしかめ、橙は拳を固めて殴ろうとしたが、桃塚が止めた。


「ね、音恋ちゃんが紹介してくれるかな? そ、それとなく、会わせてくれればいいから」


 緑橋がダメなら、親しい音恋に頼む。しかし音恋もすぐには答えなかった。

 ぱちくり、と瞬きする音恋に、桃塚達はキョトンとしてしまう。


「……嫌です」


 暫くして、音恋は断る。

「えっ!?」と桃塚は、ギョッとした。


「は、反抗期? 反抗期なの? 音恋ちゃん!? リュシアンとアメデオの悪影響なの音恋ちゃん!?」

「失礼ですね、桃塚先輩」


 あわてふためく桃塚に、リュシアンは冷静に返す。


「違いますよ、先輩。緑橋くんが紹介すべきですから」

 音恋は身体の向きを緑橋に向けると、彼の耳元に両手を近付けた。

 そして、パンッ!

 と両手を叩いて破裂音を響かせた。今まで俯いていた緑橋は流石に反応して、椅子から転がり落ちる。何が起きたのかわからず、眼鏡がずれたまま緑橋はきょろきょろと周りを見た。


「緑橋くん。先輩方が恋人さんを紹介してほしいそうです」

「え……ええっ!!?」


 会議の内容を何一つ聞いていなかった緑橋は、驚愕して更にきょろきょろする。


「自然に紹介してから、美月ちゃんに明かすかどうか、ゆっくり考えて決めて」


 音恋は両手を差し出して、静かに告げた。先ずは魔女捜しの仕事をしてから、ゆっくりと答えを出せばいい。


「いつかは、話すつもりだったのでしょう? 美月ちゃんに明かすいい機会です。美月ちゃんに認められてから、メデューサさんに認めてもらうために何をすべきかを考えるべきでしょう?」

「あ……あぁ……」

「美月ちゃんがメデューサさんに呪いをかけた魔女の可能性は低いし、魔女であっても緑橋くんの気持ちは変わらないでしょ?」


 緑橋は祖母の反対のことばかり考えていた。

魔女でも、美月に対する気持ちは変わらない。

 緑橋の正体を明かして、知ってもらってから、一番の壁である祖母と向き合う。

 どちらも緑橋にとって、高過ぎる壁で乗り越えることは難しい。だが、先に越えるべきは、交際中の美月に明かすことだ。

 一歩、踏み出す前に、考え込んでしまってはいけない。


「……ありがとう、宮崎さん」


 力なくだが、緑橋は笑みを浮かべ、音恋の手を借りて立ち上がる。


「どういたしまして」


 音恋は微笑み返した。




20150124



おかげさまで「漆黒鴉学園3」が発売です!

ありがとうございます!


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