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茜色の光







 八月十九日の月曜日。

 鏡と向き合って髪を整える。黒巣くんはポニーテールが好みだからポニーテールにしようか。いや、相手の好みに変えることはない。髪は下ろしておこう。

 髪の毛に指を通している自分の落ち着かない感じに、顔を少ししかめてしまう。緊張してしまっている。

 何度服装を変えただろう。ベッドに脱ぎ捨てた服をかき集めてクローゼットに戻す。それから自分の服装を再確認。

 両親にイタリアで買ってもらった赤いフリルの白いワンピース。胸元の紐をリボン結びにして、前髪を撫で付ける。

張り切っているように見えないでしょうか。大丈夫ですか。ぐだぐだ考えるのはやめて、私は待ち合わせ場所に行くことにした。

 待ち合わせ場所は、駅前通りにあるカラオケ店前。

 一時から飽きるまで四人で歌う予定だったけれど、二人になった今はどうするつもりなのでしょうか。

 待ち合わせの三分前に到着すれば、既に黒巣くんが店の前にいた。

 ボリュームある黒い髪とややつり目の黒い瞳。ツンツンした態度だけれど、ルックスが良くってモテるイケメン。

 ワインレッドのストライプシャツに黒いベストで、黒いズボンのポケットに手を入れて立っていた黒巣くんは私を見る。

 私と目を合わすと、瞬きを一つ。それから私のワンピースを見るように目を動かすと、また私と目を合わせた。

 次は、私より上の方へ視線を上げると左右を見た。


「……姫宮は? 迷子か?」

「今日は、来れなくなったの」

「はぁ!? ドタキャンかよ!」


 私が一人でいることに不審がっていたから、答えると驚いた反応をする。素で、驚いているみたいだ。ドタキャンで怒っているようにも見えた。


「じゃあ今日は俺とルイとアンタの三人?」

「緑橋くんは来ないって、昨日メール来たけど」

「……はぁ!?」


 声を上げる黒巣くんは、初耳という様子。瞬時に携帯電話を取り出すと緑橋くんに電話をかけた。

「あ、電源切ってやがるっ!」とどうやら繋がらなかったらしい。

 これは黒巣くんが仕組んだわけではなかったみたいです。

 緑橋くんが断りもなく黒巣くんに黙って、二人きりのデートをセッティングしたらしい。私と黒巣くんをくっ付けようとしている。緑橋くんが、まさかこんなことを仕組むなんて本当に意外。


「じゃあ今日はアンタと俺だけじゃん! なんで中止って言わないんだよ!」

「……私と二人が嫌なら、帰ろうか」

「えっ、いや、そ、そうじゃ……」


 黒巣くんは私とデートをするつもりではなかった。

 彼の想いを知ったきっかけは、中庭でうたた寝していた黒巣くんが手に持っていた携帯電話の画面にいつの間にか撮られていた私の写真があったからだ。露骨に嫌がる態度からして、黒巣くんが私を想っているなんて早とちりじゃないかと思えてきた。

 黒巣くんが想いを明かすと思って来たけれど、そうじゃないなら帰る。言い出すと黒巣くんは、言葉を探した。


「……俺と二人でカラオケなんか、つまらないだろ。姫宮もいねーし、楽しむために遊びに来たんだからさ」


 親指でカラオケ店を差すと、黒巣くんは言いにくそうに言った。正直に自分と二人きりでカラオケはつまらないと冷静に判断したので、中止を言い出したみたいだ。

 元々、私が夏休みに友だちとカラオケした経験がないから、黒巣くんはカラオケに行こうと提案してくれた。

 黒巣くんと二人きりでカラオケ。確かにサクラがいるといないでは、盛り上がりが違いますね。

 それに密室で二人きりは……ちょっと。


「じゃあ帰ろうか。また改めて四人で」

「……待てよ」


 引き返そうとしたら、肩を掴まれて止められた。


「暇なら、他のことしようぜ。例えば隣の隣のショッピングモールに行って映画観るとか」

「……観たい映画があるの?」

「……ん」


 黒巣くんは表情を変えないようにしながら、頷く。

 私は考える素振りを見せてから、「じゃあ映画を観よう」と頷き返した。

 手を離すと黒巣くんは駅へ歩き出す。私もついていった。

 黒巣くんは左手はズボンに入れたままで、右手は前後に揺らす。ヴィンス先生や桃塚先輩なら、迷わず私の手を握るのだけれど。なんて比べてしまうなんて、バカですね。


「……宮崎。今日は底が高いサンダルを履いてるんだな」

「うん。どうして?」

「別に」


 顔だけ振り返ると、黒巣くんは私の足元を見る。コルクエッジのサンダルなので、身長は十センチ近く高くなっていた。

 ヴィンス先生や桃塚先輩なら"可愛い"と褒めてくるけど、黒巣くんの場合は"悪足掻き"と皮肉を言うのかな。私は小柄だから。


「ただ……走れるかなぁって」

「何故?」

「電車、走れば間に合うんだけど、走れなきゃいいや」

「大丈夫だよ」

「本当か? 病み上がりだろ」

「ううん、全然平気」

「……そっか」


 黒巣くんは左手首の腕時計を見るために、前を向く。

 体調は良くなった。なんとなく目を向けたショーウィンドウに、前を歩く黒巣くんの横顔が映る。安堵したような笑みを浮かべているから、むずむずした気分になる。


「よし、じゃあ転ばないように気を付けて走れ!」


 いきなり黒巣くんが走り出すから、慌てて追い掛けた。追い風に背中を押されて駆ける。鴉天狗の黒巣くんの力でしょうか。

 駅についても黒巣くんはスピードを緩めず、改札口を抜けると階段も駆け降りた。電車に乗り込めば、扉が閉じる。

私が息を整えていたら、黒巣くんは窓の外を睨んだ。余裕のない私は呼吸に専念した。

 予想するに、緑橋くんが見守るために尾行していたのでしょう。それを振り切るために走り込んだ。緑橋くんらしくない。本人に黙ってデートをセッティングして尾行する人が、私の周りに他にいるような気がする。誰だっけ……。


「なぁ。怪我、ない?」

「うん」


 全然息が乱れていない黒巣くんが確認するので、していないことを伝える。二駅なので、入り口に立ったまま電車に揺られた。

 黒巣くんが観たい映画は、今話題のアクション映画。

コメディ、アクション、サスペンス、ラブストーリーと幅広く演じる実力派ハリウッド俳優が主演だ。黒巣くんもそういうの好きなのかと思っていれば、いわくありげな笑みを浮かべた。


「ハリウッド俳優に、モンスターがいるんだぜ」

「そうなの?」

「教えてほしい?」

「……うん」

「教えなーい」

「そう言うと思った」


 私の興味を引いておいて、黒巣くんはモンスターであるハリウッド俳優の名前を教えてくれなかった。


「理事長の情報?」

「うん。小さい頃に会わせてもらってサイン貰った」

「ふぅん。……映画業界にもいるんだね」

「ま、そこら中にいるさ。人間として生きてる連中は」


 黒巣くんが小さい頃にサインを貰うくらいだから、何年も前からハリウッド俳優の人を脳裏に浮かべて推測する。

 人間として生きてるモンスターが、存在している。正体を隠して、人間として生きてる。

 眠ってしまったあの日の夜、アメデオが夢の中に現れた。吸血鬼の能力の一つ。夢の中で穏やかに話せた彼が、見せてくれた光景を思い出した。

 モンスターが正体を現して、人間の生徒と体育祭をしている校庭。いつか、実現するかもしれない未来。


「格好や年齢や性別が違う人達が乗る電車の中が、いつしか正体を晒したままの様々なモンスターが加わるような光景になるのかな」

「……」


 夏休みで遊びにいく子どもや、部活帰りの学生、主婦やサラリーマンに、老人。様々な人間が乗車している光景に、いつしかモンスター達が本来の姿のままそこにいる未来が近付いているのだろうか。

 ふと、思った。


「……絶対に実現してやる」


 私と同じく車内を眺めていた黒巣くんは、ニッと口角を上げて笑う。まるで難題だけれど立ち向かうのが楽しいみたいな笑み。

 共存世界を望むから、黒巣くんは漆黒鴉学園の理事長になることが夢だ。

 アメデオが望む未来を、実現しようとする漆黒鴉学園のトップ。

 きっとその未来を実現するために必要な存在に、なるでしょう。




 ショッピングモールの映画館で、高校生二人分のチケットを購入しようとしたら販売員のお姉さんが笑顔で訊いた。


「本日はカップルデーです。カップル割りにいたしますか?」


 男女二人だから、当然恋人同士だと思ったのでしょう。割引きをしてもらえるなら、カップルと平然と名乗る。皆やっていることでしょう。

 でも密かに想っているであろう黒巣くんと、カップルだと名乗るのは躊躇してしまう。

 黒巣くんと私は数秒停止したあと、目を合わせた。それから、お姉さんに目を戻す。


「……カップルです」


 同時に小さくカップルと認めて、割引きしてもらうことにしました。ちょっと気まずくなりつつも飲み物を購入して劇場に入った。


「あのカップルの女の子、小さくて可愛い。男の方、イケメンだし」


 すれ違う夫婦らしき男女が囁くように話すのが聴こえる。

 桃塚先輩とだと兄妹に見られたけど、黒巣くんと二人だと普通にカップルに見えるみたい。聞こえていたであろう黒巣くんは、嫌がるように足を早める。

 本当に嫌なのか、照れているのか、わからないな。

 元々、彼のことは前世でゲームをやっていた時から、わかりにくかった。ミステリアスなクーデレ。現実だと、余計にわかりにくい。

 黒巣くんの左に並んで座る。冷たい飲み物を喉に流し込んで、スクリーンを眺めた。黒巣くんにデートのつもりがないと知ってから、拍子抜けしてしまったせいか、緊張はない。

 上映が始まる。最強の仲間をかき集めて、敵組織と戦う話。豪華キャストと派手なアクション。飽きないハイテンポな展開は、目が放せなかった。いつの間にか凭れていた身体を起こして身を乗り出して観ていた。黒巣くんもだ。

 時々この後の展開を予想して黒巣くんが耳元で囁いてきた。的中すると笑った。

 コミカルなところではツッコミも入れて笑う。私も各シーンの感想を漏らすと、黒巣くんは同意したり反対したりした。


「面白かったね!」


 映画館から出てから、私はつい黒巣くんに笑いかけてしまう。上映中も笑いすぎていた。

 黒巣くんにばかり笑いかけていたことが、原因かもしれないというのに、忘れて映画を楽しんでいた。

 一学期の期末試験で学年一位をまた取れて、黒巣くんが褒めてくれたから、つい笑いかけてしまった。それが始まりのような気がする。

 無表情キャラのふとした笑顔で恋愛感情を抱いてしまうありがちなフラグのせい。

 今日は黒巣くんの真意を確認することが目的だったのに。結局のところ、黒巣くんはどうなんだろう。


「観てよかったろ?」


 黒巣くんは子どもっぽく笑い返した。俺の手柄と言わんばかりに、胸を張る。

 見惚れた様子も見せず、ただ楽しげに笑う。じんわりと熱くなる。

 何に例えればいいかはわからない。この熱さ。

 何かに例えられるはずだけど、出てこない。


「あっ。ゲーセン。対戦しようぜ。確かゲーム対戦は十六勝十三敗三引き分けだったよな」

「君が十六敗だよ」

「は? アンタが十六敗だって」

「違うよ、私が十六勝だって」

「よしじゃあ先に勝った方の主張を通そうぜ」

「望むところです」


 勉強会の最中、休憩中に黒巣くんとゲーム対決をしていた。

 黒巣くんとの対戦結果はよく覚えてないけれど、負けている覚えはなかったので譲らなかった。それで先に勝った方が優勢と決めることにする。

 最初は銃撃のゲーム。ゾンビを倒すゲームだ。協力プレーものだけれど、ポイントがより多く稼いだ方が勝ちというルールにした。なので獲物の取り合いだ。両者一歩も譲らないまま最終ラウンドまで上り詰めて、クリアした。


「やった!!」

「ちくしょっ!」


 三ポイントの差で私の勝利。私は勝って両腕を天井に突き上げた。

 途端に歓声が聴こえた。いつの間にか、観客が集まってて傍観されていたみたいだ。悪目立ちしてしまったので、黒巣くんと一緒に逃げるように帰ることにした。

 帰りの電車に乗って、またもや目的を忘れていたことを思い出して反省する。ゲームに熱中してしまった。

 私はバカですか。スライドドアに額を押し付けて反省。

 結局、黒巣くんが付き合ってくれて、夏休みの思い出が増えました。


「……宮崎、大丈夫か? 顔色、悪いぞ」

「え、あ、大丈夫だよ」


 行きと同じく入り口に立つ黒巣くんは、少ししかめた顔で見てきた。

 慌てて誤解をとく。押し付けていた額に手を当てたら、少し熱い。


「やっぱ体調悪いんじゃん。さっさと帰って休めよ」

「……うん」


 無理をしたら明日の部活も不調になりそうだ。寮に帰ったらすぐに休もう。


「スランプの方は?」

「え? さぁ……わからない。昨日は一日中サクラといたから、練習やってないの」

「ふーん、じゃあ相談したんだ?」

「うん。気も楽になったから、多分スランプから抜け出せると思う」

「へー。よかったじゃん」


 建物の影がいくつも流れていくのを見てから、顔を上げる。黒巣くんは窓の外を眺めていた。

 興味がない口振りのくせに、柔らかい微笑を浮かべてる。


  ガタンゴトン。


 微かな揺れを感じながら、照らされている横顔を見つめた。

 私を好きだという素振りは、見当たらなかった。私に優しくしてくれたり気遣ってくれたのは、いつもの黒巣くんに思えた。

 最近は素直さがあるけれど、ずっと前から黒巣くんは優しい。そうだと見せたがらないけれど。

 私を何度も助けてくれた、黒巣くんだ。

 嫌味をぶつけてきて、苛立って怒って怒鳴ってきても、不器用な優しさを右手で差し出してくれた黒巣くんだ。

夏休み前との違いが、見当たらない。

 黒巣くんは私の視線に気付いて顔を向けてきたから、私は窓に目を向けて戻す。


「……そう言えば、黒巣くんは――――…好きな子に告白したの?」


 彼女には、どんな風に接しているのだろうか。

 相変わらず不器用な優しさを差し出しているのか。

 想いは、ちゃんと伝えたのかな。知りたくて、訊いてみた。


「……追及、しないって言ったじゃん。今は話したくない」

「…………ごめん」


 横目で見た黒巣くんは、怒った表情をしている。拒絶されているように思えて、胸に痛みに似たものを覚えた。

 追及を拒む意思が、私に対する想いを拒絶する意思にも思えた。

 黒巣くんに私を想っている素振りが見えないのは、彼自身が抑え込んでいるからなのかもしれない。その想いを、よくないと思っているかもしれない。

 その想いを、伝える気なんて更々ないのかもしれない。私なんかよりも、ずっと想い焦がれている人を選んだのかもしれない。


「大丈夫かよ、宮崎」

「ん……」

「歩いて帰れるか?」

「大丈夫だってば」

「……無理すんなよ」


 少し頭が重い。身体が怠い感じがする。

 ここ数日感じていた無気力とは違う。単なる体調不良だ。

 黒巣くんに余計な心配をかけまいと首を振り、表情を歪ませないように平然を装う。平気だ。平気だから。全然、平気だ。ちゃんと歩いて帰れる。言い聞かせた。

 黒巣くんは追及しなかった。

 電車が着いて降りてからの帰り道は、会話がなかった。

前を歩く黒巣くんは歩調を遅くして私を置いていかないように気遣っている。

 その気遣いに、少し痛みを感じた。

 私に優しくしなくていいのに。

 ちゃんと好きな子に注いでと、言ったのに。

 君は優しすぎる。

 やめてほしいのに。

 もう私に優しくすることを、私を助けることを、やめてほしい。

 君に不器用な左手に触れられると、欲しくなってしまう。

 その気持ちを独占してしまいたくなる。

 私だけを想って欲しいと、願ってしまう。


 私だけを想って欲しい。


 その気持ちを抱いていることに気付いて、私は理解した。

 私は、私は黒巣くんを――――――…好きなのだと。

 初めは嫌いだった。

 彼の悪態も口から出された言葉も鵜呑みにして、反発した。でも彼は皮肉や嫌味を口走る悪癖を持つけれど、不器用な優しさをそっぽを向きながら差し出す人だとわかった。感謝したんだ。心から感謝した。

 アメデオが私を連れ去ろうとした時、足掻くことも出来 ないと絶望して崩れ落ちた私の元に、駆け付けて叱ってくれて、私の手を強く握って必ず助けると言ってくれたこと。

黒巣くんのその言葉があったから、諦めずにいられた。皆が助けに来てくれると信じて、希望の光をなくさずにいられた。

 神様の贔屓で送られた場所でも、そこにいたいという自分の本心に確かめることができた。

 彼のその優しさは魅力だと思えた。他人なんて知らないと言わんばかりの態度をしても、こっそりと支えるような優しさを与える。とても、魅力的だと思えた。

 そんな彼が恋焦がれていると知って、相手を羨ましく思えた。好きすぎるほど、想う黒巣くんが素敵だと思った。

 第三者から見た恋する黒巣くんが素敵で、私も彼に想われたいと思ってしまったんだ。

 そっぽを向いて左手を差し出して見返り求めない優しさをくれる黒巣くんが、想いを焦がしている一面を見て、こっちが焦がれる思いを味わった。

 そんな黒巣くんをいつの間にか好きになってしまったのは、私の方だったんだ。

 だから、笑いかけてしまったのかもしれない。

 好きだから、笑いかけてしまうのかもしれない。

 この胸の熱さは、"好き"という感情なのかもしれない。

 例えるならそうだ。

 光だ。光のような暖かさ。これが、"好き"。

 だから、拒絶されていると感じると痛みを覚えてしまうんだ。

 私は、私は、黒巣くんが選んでくれることを期待していたんだ。きっとずっと前から、私は黒巣くんに気持ちがあった。

 黒巣くんが、私だけにその左手を差し出してくれることを、無意識に願っていたんだ。


「――――…」


 黒巣くんの左手を掴もうと、右手を伸ばした。

 でも歩みを止めてしまった私と歩き続ける黒巣くんとの距離は開いて、触れることすら叶わなかった。黒巣くんは気付くことなく、歩いてしまう。

 視界が、涙で霞んできた。茜色を纏う光に、黒巣くんの後ろ姿が染まっていく。

 私が好きなのはきっと、その子に恋をしている黒巣くんだ。その子に想いを焦がす黒巣くんだ。

 だから黒巣くんがその子を選ぶのならば、私はお互いの想いには目を閉じよう。

 それが君の幸せを邪魔しない方法だと思うから。

 君への想いは隠そう。君の恋が邪魔しないために。

 私は、私を想ってくれる二人と向き合って答えを出す。私を想うどちらかを見つめて、君に抱いた感情が芽生えるのを待とうと思う。


 ねぇ、黒巣くん。ありがとう。


 私が神様に贔屓されている存在だと知っても、想いを抱いてくれて。

 ありがとう。ずっと私を助けてくれて。

 ありがとう。幸せに導いてくれて。

 ありがとう。好きだって感情を抱かせてくれて。

 ありがとう。



 君の想いが、闇から射し込んだ光。



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