初詣
明けましておめでとうございます!
初日の出のような赤のグラデーションに、色とりどりの華やかな花が散らばめられた着物。まるで日の出に照らされて、花が輝いているよう。
恋人からのクリスマスプレゼント。
それを身に纏って見とれていたけれど、次は恋人に見惚れてしまった。
漸く着物姿を見せてくれた黒巣くんは、思った以上に似合っていて、そしてかっこよかった。
彼らしい漆黒の着物に触れたくなる。大人びて見えて、そして少し色気も感じる彼を見つめた。
黒巣くんも私を見つめていた。
言葉をかけるべきなのに、なにも言えずただ互いに見惚れ合う。
「あらもうやだぁ! 二人とも新年早々見つめあっちゃって!!」
私の母の声に我に返った黒巣くんが、ビクリと震え上がった。
「ほら並んで並んで!」
「漆、音恋ちゃんと並んで! 笑って!」
カメラを持つ私の母と黒巣くんの母が、はしゃいだ様子で並ぶように肩を押すから私と黒巣くんはくっつく。
黒巣くんのお母さんの名前は、黒巣七美。おおらかに微笑む優しい着物美人な人。
私のお母さんとは会うなり意気投合して、まるで親友同士みたいに私と黒巣くんを写真におさめて喜び合った。
「もういいだろ、母さん。何枚撮るんですかー」
黒巣くんはしびれを切らして、七美さんのカメラを取り上げる。それから私の元に戻ると、一緒にさっきの写真を確認した。十枚近く撮っている。
私も黒巣くんも、ぎこちなかったり無表情だったり。「笑ってないじゃん」と黒巣くんが言うから、私も言い返して笑う。
そこでカシャリとシャッター音が聞こえた。
見ると黒巣くんのお父さん、黒巣黒さんが、カメラを向けてにっこりと微笑んだ。
「勝手に撮るなよ、父さん。もう十分だって言った矢先じゃん」
「ご、ごめん……やっと笑ったからつい」
黒巣くんは黒さんのカメラも取り上げた。途端にオロオロしながらも、黒さんは謝罪する。
黒さんはメンタルが弱いらしく、毒舌な父親と息子に挟まれてはよく涙目になるそうだ。
七美さんは昔からそんな黒さんを癒してきた存在らしい。
旦那さんを支えている奥さん。いい夫婦だと私は思いました。
「ほら、早く初詣をしようよ」
私のお父さんと話していた黒巣くんの祖父、黒巣銀さんが私達の肩を押して急かす。
黒巣くんの実家で、家族と一緒に年を明けて今から初詣に行く。
黒巣一家が毎年初詣に行く由緒ある神社に向かう。
「……」
黒い髪を結い上げて綺麗なうなじを見せる七美さんが寄り添う黒さんを見る。
その隣の銀さんと交互に見ていたら、銀さんが気付いて振り返った。銀色の羽織の銀さんはにっこりと笑いかける。
「僕と黒、親子と言うより兄弟みたいだって思っているでしょ」
私の考えていたことを言い当てた。
銀さんは白い鴉天狗。長寿で若い人間の姿を保っていて、年齢は不詳だ。
黒さんも七美さんも振り返る。
黒さんは鴉天狗と人間のハーフ。それ相応に長寿だけれど、やっぱり銀さんが若々しすぎて兄弟のように見える。
「でも黒の方が老け顔に見えるよね!」
年明け早々、悪気のない毒を吐く銀さんの隣で、黒さんは胸を押さえて涙目になった。
七美さんは「そんなことないですよ」と背中を擦って励ます。
「ほら、それ、シワでしょ?」と銀さんは追い打ちをかける。
口を開けば悪気が一切なくとも毒を吐く銀さんと、それに涙目になる黒さん。不思議な親子だな……。
「いやぁ、本当に銀さんは若々しいですねー。僕も孫が高校生になった頃、若々しくありたいです」
前を歩く私のお父さんが、ちらりと私に目を向けながら言った。
「私も! 孫が高校生になっても若々しいおばあちゃんでいたいですわ!」
ちらりとちらりと私のお母さんも、私に目を向けながらも銀さんに言う。
私は上に目を向けて、新年の爽快な空を眺めた。
私の隣を歩く黒巣くんは俯き、銀さん達はただ笑っていた。
神社には同じく初詣に来た人々がいる。おみくじを引いて、様々な反応をしていた。
両親に背中を押されたので私と黒巣くんが先に参拝。
鈴を一緒に鳴らしてから、賽銭を入れて、丁寧に二拝二拍手一拝。
終えたら、次は私の両親。
「宮崎、なにお願いした?」
私の両親を横目で見ながら、黒巣くんが聞いてきた。
「黒巣くんは私の幸せを願っただろうから、私は黒巣くんの幸せをお願いしたよ」
前半は冗談だけれど、私は平然と答える。
すると黒巣くんが驚いた顔で私を振り返った。
「な、なんでわかった!?」
かぁっと黒巣くんは真っ赤になってしまう。
冗談だったのに、本当に私の幸せを願ってくれたらしい。
私も顔を赤らめてしまう。
「えっ……あっ……っ!」
最初のは冗談だったと気付いた黒巣くんは、自分から願いをバラしたことに赤面した。
「自分の幸せを願えよっ」
「黒巣くんこそ」
「去年かなり頑張ったんだから、もっと欲張れよっ!」
「……黒巣くんが幸せなら、私も幸せだよ」
少し恥ずかしくて、私は着物の袖で口元を隠して小さく呟くように言う。
ちらりと見てみたら、黒巣くんが耳まで真っ赤になってしまっていた。
「っ……俺もだから……」
わなわなと震えたけれど、黒巣くんは観念したように呟き返す。
互いに恥ずかしさで俯いてしまう。でも嬉しいと伝えたくって、私は手を伸ばして黒巣くんの右手を握った。黒巣くんは黙って握り返してくれた。
「新年早々、バカップルだね!」
そこで銀さんが私達に言葉をかけてきたから、黒巣くんも私も震え上がる。
銀さんだけ聞いていたみたい。
参拝を済ませた両親達はおみくじを引こうと手招きして、先に行ってしまった。
「僕としては、去年のような災難が起きないことを願ってほしかったな。神様が観賞していないなら、去年ほどの危機は来ないと予想するけれど……こうも吸血鬼を招かれては何が起きることやら……」
空を見上げたあと、銀さんは私を見て飽きれ顔をする。
「吸血鬼ホイホイだよね、音恋君」
「……宮崎は、悪くないです」
銀さんから庇うように、黒巣くんは言ってくれた。
「え? 悪いとは言ってないよ。ただ吸血鬼を引き付ける磁石みたいだよねって話」
それが責めているような言葉に聞こえているとは知らないらしく、ケロッとしたまま銀さんは私の頭を撫でる。
「二年生になったら、吸血鬼の同級生が増えるんだ。それこそ神様に頼まなきゃ」
「……きっと大丈夫ですよ」
「そうだといいけどね」
そう言うけれど、銀さんは気にした素振りを見せずにおみくじに向かう。
吸血鬼の生徒達が転入するのは、私達が二年生になってから。
リュシアンいわく、それまでは学園を様子見をするそうだ。
「神様に頼んでも……吸血鬼相手じゃなぁ……」
最強のモンスターである吸血鬼が暴れませんように、とお願いしても無意味に思えて黒巣くんは一人言を漏らす。
「見てみて恋ちゃん! 大吉当たっちゃった!」
「僕は吉だったよ! 恋ちゃんも漆くんも!」
はしゃぐお母さんとお父さんに急かされて、私達もおみくじを引いた。
「あ、大吉だ。……友人にも恋人にも恵まれるいい年になるって」
去年に引き続き、友人と恋人に恵まれるいい年になるのかと思うと少し楽しみ。恋人はもういるけれど。
私は隣の黒巣くんを見上げたけれど、彼は少し顔色を悪くしていた。
悪いことでも書いてあったのかと手を伸ばしたら、黒巣くんは取られないようにと高く上げる。
それを銀さんがサッと取るから、黒巣くんは慌てて取り返そうとした。
そんな黒巣くんの頭を掴んで止めながら、おみくじを見た銀さんはたちまち大笑いを響かせる。
「あははは! 凶だって! しかも恋人と別れるって書いてある!」
「お、おじいちゃんっ!」
「僕は吉だよ。今年は平穏だって、ちょっと安心して過ごせそうだよー。漆は穏やかにはいかないみたいだね」
黒巣くんが赤面しながらも奪い返すけれど、手遅れみたいだ。
「素直にならないと恋人と別れちゃうかもしれないって。あーあ、素直になるって一番不得意でしょ、漆。しかも音恋君の方は恋人に恵まれるときているから……あははは! 短い付き合いだったね」
「別れないからっ!! 絶対!!」
笑ってしまう銀さんに、自棄になって黒巣くんは大声で言う。
素直にならなかったことが原因で恋人と別れるとおみくじに書かれていて青ざめた黒巣くんを私も笑ってしまう。
「宮崎も笑うなよっ!」
気付いた黒巣くんがキッと睨むように見てきた。
「大丈夫だよ、黒巣くん」
囁くような静かな声で私は笑いかける。
「黒巣くんが大好きだから……」
別れるようなことは起きない。今はそう確信している。
黒巣くんが大好きだから。
「……」
「……」
「……」
「……」
私の言葉は黒巣くんと銀さんだけではなく、双方の両親の耳に届いた。
やがてお母さんが持っていたカメラで、カシャカシャカシャカシャカシャカシャと連写し始める。
「やだっ、恋ちゃんがっ、恋ちゃんがっ、デレた!」
「……ビデオカメラ、持ってくるべきだったね」
感動したと言わんばかりに、お母さんは泣きそうなふりをして、お腹が大きなお母さんをお父さんは目頭を押さえながら支えた。
何故か真っ赤になっている黒巣くんは、銀さんに支えられている。
七美さんを後ろから抱き締めるようにおみくじを見せ合っていた黒さんも、そして七美さんも、微笑ましそうに見ていた。
私は新年早々賑やかで、今年はいい年になりそうだと思えて嬉しかったです。
銀「え? なに? 幸せすぎてつらい? あはは、なに新年早々のろけてるの漆」
初登場!
漆くんの両親でした!
今年も、恋ちゃん達を
よろしくお願いいたします!
20150102