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魅惑の夜会ー8


 アメデオはウィルフレッドの手を取ると、握り締めた。


「会いたかったんだ! 初めまして!」

「……」


 コロッと態度を変えて満面の笑顔を向けるアメデオに、ウィルフレッドは呆れ顔をして手を引き抜く。


「つまり、日本にまでアイツの日記が渡ったのか? ハリー」

「はは、日記じゃなくって小説的なもん。日本語で書いたやつを、日本のハンターに渡したんじゃん?」

「はぁ。物好きな奴だ」


 ウィルフレッドに呆れた眼差しを向けられたハリーは、笑いながら肩を竦めた。


「アダム・オルブライトで日本語だったかい? お嬢さん」

「え? はい」


 ハリーが音恋の肩に腕を回して確認する。

アダム・オルブライト。日記のように書き綴られた本の主人公のハンターであり、作者だ。

 ハリーの腕が気に入らない黒巣は、音恋の肩からそれを落とす。その反応をハリーは気に入っていて笑う。


「本は複数あるのですか?」

「うん。アダムが自分の体験を他のハンターに伝えようとしたんだけど、フィクション小説だと思われちゃったんだよねー。吸血鬼と人間が結ばれた話なんて、当時のハンター達は鼻で笑ってたけどな」


 カリカリと頭を掻いて、ハリーは軽く笑った。

あの本にそんな想いが込められていたとは知らなかった。

 音恋は、ヴィンセントに目を向ける。東間紫の手元に届き、それがヴィンセントに渡った。


「あ、申し遅れた。オレはハリー・オルブライト」


 ハリーが名乗り、音恋に手を差し出す。

アダムと同じファミリーネームに、音恋は目を見開いた。


「アダムはオレの曾祖父。曾孫のハリーだ、よろしく」


 ウィンクして見せるハリーにポカンとしつつも、音恋は名乗り返して握手した。しかし差し出した手は握手するためのものではない。ハリーは音恋のその手にキスを落とす。

 カッとなった黒巣が叩き落とそうとするも、俊敏なハリーは避けては笑った。


「アダムとの約束でグールを作る吸血鬼やグール退治は、ウィルに手伝ってもらうことになっているんだ。アリシーさんと出会ってから、オルブライトのハンター一家はパシリ紛いなことをしてるのさ」

「あらあら? 人聞きの悪い。あなた方一族は好んで手を貸す癖に」

「アリシーさん達が好きだからねー」


 ハリーは年相応に明るく笑い、アリシアンは笑い返す。

 アリシアン。元祖吸血鬼のパシリをしているハンター一家。

百年前から、手を組んでいる吸血鬼とハンターがいたことに、一同は驚いた。

 ハリーの様子からして、傲慢で強い吸血鬼に嫌々従っているわけではない。本当に好いていると笑いかけている。

音恋達にはそれがわかった。


「姉上……貴女と言う人は……なんて素晴らしい人なのですか」

「ふふ、当然よ」


 リュシアンが唖然としながらも称賛すると、胸を張り鼻を高くしたアリシアンは気品に笑う。


「アリシアンさんの血の匂いがするけど……」


 音恋がアリシアンの血の匂いについて訊いてみた。


「吸血鬼相手の時は、アリシーさんの血を貰うんだ。オレはいいって言ってるんだけどさー、万が一死んだら吸血鬼になってほしいんだって」


 その気はないと言った風に、ハリーは笑って答える。


「家族を作る前にお前達一族を死なせられないわ」


 アリシアンが微笑んで返した。

保険のためにも、人間と死んでも吸血鬼として目覚めるように血を与えている。

 アリシアンとオルブライト家の絆。吸血鬼とハンターの絆。

 リュシアン達は大半が脅しでハンターに頼み込むというのに、と音恋は横目で見た。

その視線に気付いたリュシアンは、肩を竦めて見せるだけ。


「それにしても、奇怪ね。本当に本当に」


 フッと風を切り、アリシアンが音恋の背後に立つ。

ハリーは前に立ち、十字架のシルバーネックレスを音恋の頬に当てた。


「銀が効かない吸血鬼なんてなー。雑種強勢のみたいだね、ハーフは確か銀効くんだろ? 暗示は使える? 夢の中に入れる? 不死身?」


 ぺちぺち、シルバーを頬に当てながら、ハリーは質問攻めをする。見かねた黒巣は、ハリーの手を掴んだ。


「心臓に突き刺しても、銀は効かないのかしら?」


 そっとアリシアンが音恋の耳に囁く。音恋は固まった。

物騒な内容に、黒巣はいちはやく音恋を引っ張り出す。


「大丈夫か!?」

「麗しい声……」

「……このっ、重度の耳フェチめ!」


 物騒な内容でも、音恋はアリシアンの声にメロメロだ。黒巣は心配して損した。


「新種の吸血鬼を射止めた鴉天狗くーん」


 そんな黒巣の頬に、ハリーが十字架をぺちっと当てて笑いかける。


「君、例の学園の理事長の孫なんだって? そこにいる最強のハンターさんはお元気ー?」

「え、東間のことか?」

「姉ちゃんの方じゃなくって、最強のまま引退した笹川の方。今も強いー?」


 ハリーが興味を示したのは、元最強のハンター、笹川仁。ハンターが興味を示しても不思議はないだろうが、現役よりも引退した方に興味を持つことが気になった。


「オレ、仁くんと戦ったよー。仁くん率いる鴉学園諸君とだけどねー。強いよ、君よりね」


 ウィルフレッドから伴侶について聞き出そうとしていたアメデオが、振り返って言う。ハリーより凄腕だと強調して告げた。


「へぇー?」


 ハリーは好戦的な眼差しと笑みを浮かべる。アメデオはその反応を気に入り、クスクスと笑った。

 黒巣は悪い予感で顔色を悪くする。

型破りで好戦的なこのハンターが、笹川仁に会いに来た場合、どうなることやら。


「……?」


 音恋はハリーとアメデオの向こうに立っているヴィンセントが、他所を向いていることに気付いた。

 庭の奥をただ見つめている。

音恋が首を傾げていると、ヴィンセントが動き出した。

まるで何かに吸い寄せられるように歩き出す。

 音恋は不可解に思い、リュシアン達に目を向ける。

 リュシアンは姉と話していて、アメデオはウィルフレッドのコートを掴みながらハリーを挑発、ハリーは黒巣の襟を掴んだまま笑って応えていた。

ヴィンセントの様子に気付いていない。

 音恋は心配し、あとを追う。

薄暗い庭園を歩いていくと、覚えのある匂いが鼻に届いた。

仄かな甘さの花の香り。

白い薔薇のものだ。

 音恋は足を止めた。

ヴィンセントはまるで花の香りに誘われた蝶のように進んでいく。

 ゆっくりと音恋は踏み出して追う。辺りに匂いを溢す白い薔薇の花壇を見つけた。

 ほんのりと光を帯びた白い薔薇の前に、一人の女性が座っている。編み込んだ長い髪も光を帯びた純白。

純白のドレスに身を包んだ彼女は、まるで白い薔薇の妖精のよう。

 彼女を見て、ヴィンセントは立ち止まっている。

ヴィンセントに気付いて、純白の女性が立ち上がった。

 二人は口を開かないまま、ただ見つめ合う。なにかを感じているように、見つめ合っていた。

 それはさしずめ、小説のワンシーン。

運命の相手と出会った瞬間のよう。スポットライトが当たり、そこには二人だけ。二人しかいない。二人だけの世界。世界に二人だけ。

 運命の出逢い。

仄かな光を帯びているせいか、音恋にはそう感じた。だから声をかけず、息を潜め、そっと離れた。


「おやおや?」


 アリシアンの声に驚き、音恋は震え上がる。アリシアンは離れたヴィンセント達を見つめながら笑って、音恋の前に立つ。


「吸血鬼同士が惹かれ合う瞬間を目にすることは、わたくしもあまりないわ」


 アリシアンの目にも、ヴィンセント達が惹かれ合っているように見えたらしい。

白い薔薇の妖精のような女性も吸血鬼。


「傲慢な者が酷く多い吸血鬼の中から、伴侶を見付けることは難しい。かと言って人間の中から見付けることも、また難しい。我々の子は更にね」

「……子?」


 意味深に呟かれたそれに、音恋は瞳を瞬かせる。


「わたくしが転化させた吸血鬼達の子よ。みなは"アリシの子達"と呼ぶのだけれどね」


 アリシアンが永遠の愛を与えた吸血鬼達の子ども。


「わたくし達は誰も立ち入れない街に住んで暮らしているの。他の人間もモンスターも目にすることも足を踏み入れることも出来ないように、魔女に魔法をかけてもらった街よ。そこで穏やかに暮らしてもらっているわ」


 永遠に愛し合うことを許された吸血鬼のカップルが、穏やかに暮らす街。

アリシアン、そしてハリーが守る街がある。アリシアンが築いた愛の楽園。

 始まりの吸血鬼、アリシアンは、愛情深い吸血鬼だと思えた。


「来客が来ない分、出逢いもないから、我々の子達は伴侶を見付けられないでいるの」


 困っていると素振りで伝えるように、自分の頬に手を当てたアリシアンは、夜会会場に目を向ける。


「あそこにいる吸血鬼達より、とても魅力的でいい子達なのに……」


 軽蔑を込めて、アリシアンがぼやく。

夜会会場にいる吸血鬼は、容姿や力で相手を決める者ばかりだ。

 音恋に視線を戻すと、アリシアンはにこりと笑いかけた。


「それで、貴女の学園の理事長に折り入って頼みたいことがあるの」


 アリシアンの指先が、音恋の頬を撫でた。

そこでようやくハリーから逃げ出せた黒巣が、風とともに割って入る。

 ハリーに掴まれて少し乱れた背広を片手で直すと「離れるなよ」と音恋に一言。

「ごめん」と音恋は黒巣の手を握り締めた。


「貴女達のなり染めを是非聞きたいわ」


 その手を見たアリシアンは、面白そうに笑みを深める。黒巣は身構えた。


「その前にわたくしの頼みを聞いて欲しいの。いいかしら?」


 優しく問うが、黒巣達には拒否権は必然的にない。せめて、無茶な頼みではないことを祈るだけ。黒巣は黙って、祖父に伝える頼み事はなにかと待つ。


「うふ」


 愛らしく笑って見せたあと、アリシアンは告げた。


「我々の子達を数名ほど、学園に通わせていただきたいの」


 吸血鬼の子を数名、通わせてほしい。

 その頼み事に、ヴィンセントにパシられた日々と、アメデオの襲撃日と、リュシアンの入学の日々が、走馬灯のように巡った黒巣は、青ざめて震え上がった。

 心情を察した音恋はそっと肩を撫で、アリシアンに目を向ける。

アリシアンは美しい顔に楽しげな笑みを深めた。




20141222

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