魅惑の夜会ー6
2話連続更新!
「ヴィンス先生……」
ポーカーフェイスを保っていた音恋も、驚きで目を見開く。
「なんでお前がロンドンに来てるんだよ。まさか、未練がましく恋ちゃんをストーキング?」
アメデオはヴィンセントに絡みに行き、白い薔薇のブローチを着けた胸を指で押し退けた。ヴィンセントは目を細めて、アメデオを見据えた。
「……お前こそ、何故二人を連れてきているのですか? 一体なにを」
音恋と黒巣が吸血鬼の夜会にいる原因は、アメデオとリュシアンにあると見抜いてヴィンセントは視線で責める。
「すみません、音恋さん。こんなことをしでかす前に止められず……」
「ヴィンス先生が謝ることではないですよ。それより……ヴィンス先生は、何故ここに?」
すぐに申し訳なさそうな表情で音恋に謝罪をした。大丈夫だと音恋は首を振り、何故ヴィンセントがロンドンにいるのかを問う。
ヴィンセントが答えるより先に、アメデオが間に割って入った。
「ハッハーン? 恋ちゃんから乗り換えた運命の人探しかぁ」
「アメデオ……」
ニヤニヤとからかうアメデオの腕を掴んで、音恋は退けて、ヴィンセントから引き離す。
「冬休みの予定だったのですね……」
「はい。音恋さんに背中を押されたので……先ずはロンドンの夜会から参加してみたのです」
音恋を愛して守り抜いたことを称賛し、神が教えてくれた。
ヴィンセントがかつて愛した人の生まれ変わりの存在。
ヒントは吸血鬼だと言うことだけ。
冬休み前に音恋は探しに行くことを勧めた。
「世界は広いのに、なんでまロンドンを選んだんだよー?」
「それは……」
むくれたアメデオは、問い詰める。ヴィンセントは答えることを迷い、音恋を見た。
それで音恋は気付く。
ヴィンセントもあの本を理由にロンドンを選んだのだ。元々、ヴィンセントが愛した人が持っていた本。その舞台。
だから広い世界の中、ロンドンを選んだ。
「私達も、あの本が理由でロンドンに来たのです」
「え?」
「リュシアンとアメデオが、本に出てきた吸血鬼を捜しに……」
「……なるほど、そうでしたか」
音恋達がいる理由は、本の登場人物を見付けるためだ。
リュシアンとアメデオに巻き込まれた理由を知り、ヴィンセントは納得してまた責める視線を向ける。
「……とても、綺麗ですね」
にこり、と音恋に優しく微笑むと、ヴィンセントはもう一度アメデオを見据えた。
「私も捜すのを手伝いましょう。見付けたり、見当たらなかったら、すぐに二人を帰してあげなさい」
そう告げると、ヴィンセントはパーティー会場の中へと消えていく。
アメデオは面白くないと膨れっ面をして睨み続けた。
「あーあー、興醒めだなぁ」
「へそを曲げることない。予定通り、二人は離れないように。絶対にね」
リュシアンはアメデオを宥めると、音恋と黒巣に釘を打つ。念のために黒巣には、二度打った。
リュシアンとアメデオは、音恋達から離れて目標を捜しに向かう。
音恋と黒巣は、バルコニーに出る扉を背にして立って待つ。開いたそこから、風が入り込んで二人を撫でた。
着飾った吸血鬼達は横目で見るが、近付こうとしない。
「吸血鬼になって、理解できただろ」
「?」
「人間の頃はヴィンス先生に無警戒だったけど、モンスターの目から見ると吸血鬼って禍々しいだろ?」
聞き耳を立てられていてもお構いなしに、黒巣は音恋に言う。
モンスターになった音恋の目には、確かに着飾った吸血鬼達は見目麗しくきらびやかな人々が、少し毒気に感じるものを纏っているように映る。
魅惑的な毒のよう。
生徒会と風紀委員が吸血鬼を毛嫌いしていたことが、よく理解できた。
「あんまり、吸血鬼に染まるなよな……」
あんな禍々しいモンスターにはなってほしくない。
黒巣はぼそりと言って、遠巻きに見てくる吸血鬼から目を背けて、そこから見える中庭を眺め始めた。
音恋は手を伸ばして、黒巣の手を握る。そして微笑みかけた。
「アメデオも、リュシアンも、ヴィンス先生も……私も違うよ」
「……わかってるよ、それくらい」
そのパーティー会場にいる吸血鬼と、違う。あんな風にはならない。
黒巣は目を伏せると、ぎゅっと音恋の手を握った。
少しの間、二人は黙る。
黒巣はまた中庭に目をやった。
「バルコニーか……中庭で踊るか」
「そうだね。でも、捜しものを終えてからにしよう。あまり離れすぎないように」
踊る約束を確認するように、音恋は頷く。
吸血鬼達がいることを除けば、素敵な場所だ。ピアノとバイオリンの生演奏が流れていて、バルコニーならそれに合わせて踊れるだろう。
薄暗くて中庭がよく見えないのが、残念だと音恋は肩を竦めた。
そんな音恋を見て、少し口元を緩ませた黒巣は、早く音恋と踊りたくなった。
吸血鬼達が談笑を再び楽しみ始めたパーティー会場に目をやり、アメデオ達の姿を確認する。
三人は別々に吸血鬼に声をかけて聞き出していた。今もいるかわからない吸血鬼とそのご令嬢のカップル。
最初の吸血鬼と人間のカップルといわれている。
健在だということを願い、捜しているアメデオとリュシアンを、黒巣はぼんやりと眺めた。
「――――…」
そんな黒巣の胸の中に、焦りが突き刺さる。
そんなはずはないと、黒巣は言い聞かせたが、不安に押し潰されて心臓がもがくように跳ね上がった。
約束したのだ。
離れないと、離れないと、約束したにも関わらず、隣にいるはずの音恋の気配が忽然と消えてしまった。
黒巣が確かめるために隣を見ると――――そこに音恋の姿はなかった。
こんな場所で、音恋が黙って姿を消すわけがない。離れたら互いに危険だと、理解していたのに、音恋が一人でいなくなるはずがないのだ。
なのに、音恋は、いない。
「みっ……宮崎!?」
黒巣は声を上げて、音恋の姿を捜す。パーティー会場の中に、バルコニーに、青いドレスに身を纏った音恋を捜したが、見付からない。
音恋を呼ぶ声に反応して、アメデオとリュシアン、そしてヴィンセントが、瞬時に黒巣の元に現れた。
「オレ達の手を出すとは、身の程知らずめ」
アメデオが吐き捨てる。
音恋が消えたと一目で理解したリュシアン達は、薄暗い中庭を睨んだ。
僅かに残る音恋の匂いを見付けるなり、バルコニーから飛び出して、中庭を進む。
迷路のようにいりくんだ中庭だったが、リュシアン達は真っ直ぐに音恋の元へ辿り着いた。
遅れて黒巣も降り立つ。
「……宮崎っ!」
暗闇に包まれた中庭の真ん中に音恋が佇んでいた。黒巣は音恋が無事で安堵する。しかしすぐに、音恋の様子が可笑しいことに気付く。
音恋は、なにも言わない。吸血鬼の夜会に乱入した時はポーカーフェイスだったにも関わらず、強張った表情で固まっていた。
暗闇が見えているリュシアン達は、その理由が見えていた。
「!!」
黒巣も目が慣れて、遅れて気付く。
音恋の細い首を、何者かが握っているのだ。
音もなく連れ去った何者かが、暗闇に紛れて音恋の背後に立っていた。
Happy Birthday
音恋ちゃん。
今日はハロウィンであり、恋ちゃんの誕生日です。
ハロウィンは漆黒鴉学園を書き始めたきっかけですので、なんだか感傷的になってしまいます。
恋ちゃんは、とても愛しいです。これからも、どうぞ恋ちゃんをよろしくお願いします。
20141031