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魅惑の夜会-4 黒巣漆視点



「そう慌てなくとも、彼女を食べたりしない」


 隣の寝室に入るなり押し付けられたYシャツをしぶしぶ着ていたら、リュシアンに焦りが伝わったらしく言われた。

 慌てていないが、宮崎がドレス姿であのアメデオと二人で寝室にいることに気が気じゃない。

 宮崎を拉致した前科があり、花嫁にしようとした前科があり、ベッドに押し倒した前科があるんだ。食いそうだろ、アイツ!


「彼女の言葉に喜んでいるんだ。少しだけ二人にしてあげてくれ」

「……あっそう……」


 宮崎が友だちと認め、一緒に過ごしたいと言ってくれたのだ。喜ぶのも当然。

 リュシアンも必死に探していただけあって、アメデオ思いだな……。


「……ところで。鴉天狗の俺なんかが、高貴な吸血鬼様の夜会に参加していいんですかー?」


 Yシャツのボタンをしめながら、俺は今更ながら問う。


「そう毒を吐かなくていい。どうせ自惚れた連中が自分達に酔いしれる夜会だ」

「アンタの方が毒吐いてるぞっ」

「そうかい? 君は自分に酔いしれる連中を馬鹿にしながら楽しめばいい」

「毒舌ばっかだな」


 リュシアンはクローゼットに並べられた背広を選びながら、クスクスと笑う。

 同族すら貶す。流石は元祖だな……。


「ボクとアメデオは例の吸血鬼を探す。君は片時も宮崎さんから離れないず、そばにいてくれ。その辺の吸血鬼より強くとも、新米だということに変わりないし、迂闊に強い吸血鬼に気に入れられては拉致されかねない。君もそうなるのは嫌だろう?」


 ニヤリ、とリュシアンは俺の不安を煽るように笑って言う。

……絶対に嫌だ。


「ボク達の連れだと示しておいても、一人になっていたら声をかけられてしまう。紳士のつもりで一人でいる女性に声をかけるものだからね。ボクは新種の存在を示したいが、宮崎さんを他の吸血鬼と深く関わらせるつもりはない。例の吸血鬼以外はね。宮崎さんも興味ないはずだ。見付けるまでの間、離れて待っていて」


 リュシアンは背広選びに戻る。

 今夜の目的は人間であり吸血鬼である新しい種族になった宮崎の存在を知らしめて、小説の吸血鬼を見付けること。

 言う通り、宮崎は他の吸血鬼に興味はない。宮崎が関心を示す吸血鬼は、ヴィンセント先生とリュシアンとアメデオだけ。

 古典的な吸血鬼じゃないからこそ、こうして他の種族である俺といる。

 夜会に参加する古典的な吸血鬼なんて、宮崎は興味を抱かない。

 古典的な吸血鬼じゃないからこそ、宮崎は友だちでいるんだ。


「……宮崎が興味を示さない吸血鬼になりたくないなら、今後はあらかじめ相談するべきじゃないですかー」

「そうだね。強引な旅行は今回限りにするよ」


 宮崎に見限られないようにいつもの調子で言ったが、リュシアンは軽く笑うだけ。

 そうだった。元祖のリュシアンは至極余裕なんだった。俺の言葉なんて軽々と受け流す。


「ボクより自分のことを心配するべきだ」


 一着を取り出すと、リュシアンは俺を指差してニヤリとほくそえんだ。

反撃がくると読んで、俺は身構える。


「悪癖のせいで、いつか見限られてしまうよ。嫉妬ばかりしていないで、誠意をしっかり見せておけ。……あと、いつまでYシャツに時間をかける気だい? 宮崎はもう髪を整え始めているよ」


 隣の部屋の会話が聞こえているリュシアンが、俺に呆れて着替えを急かした。しぶしぶ俺は渡されたズボンに履き替える。


「君がフラれれば、ボクもアメデオも彼女を口説き落としにかかる。復縁する隙なんてないと、頭に入れておくといい」


 そっ、と声を潜めたリュシアンに、目を見開く。

 宣戦布告か、それ。

また俺を焚き付けているだけなのか。それとも本気で宮崎を……?

 リュシアンはただほくそえんで、クローゼットを漁る。全然真意が読めない。


「君達が愛し合っている間は、引き裂くようなことはしないよ。そうだ、イギリスのアクセントを教えてあげようか? 宮崎さんにセクシーと言われたいだろ?」


 動揺しないようにしていたのに、それには思わず畳もうとしたズボンを落としてしまう。


「ま、まままさかっ……!」


 宮崎がイギリス人のアクセントをセクシーと褒めたのは、俺とのデートの最中だけだ。

 つまりは、つまりはっ!

コイツ、俺達の初デートをどこかで盗み聞きしていたな!?

 悪ければずっと監視を……!?


「異国の地で大事な友人達だけにしておけるわけないだろう?」


 リュシアンは堂々とデートを見ていたことを白状した。

 つまりは俺が宮崎にキスしていたこともっ!

火がついたように顔が熱くなった。燃え上がったみたいだ。


「もっと素直にならないと、寛容な彼女の気持ちが離れてしまうよ。くれぐれもくだらない喧嘩を始めないように」


 宣戦布告したかと思えば、今度は助言してきた。わけわからない。恥ずかしさでいっぱいで悪態がつけない。

 少してから、俺はリュシアンのある言葉が気になった。


「……今、友人達って、言ったか?」


 宮崎と俺を、友人達って言った気がする。宮崎はともかく、俺も……?


「……ボクは黒巣漆のことも友人と思っているよ」


 リュシアンはそう返した。

「君は違うのかい」とリュシアンは背を向ける。

 友人と認められた俺はただただ唖然としてしまい、返答に困った。

リュシアンの後ろ姿に、先程の余裕がない。調子狂うな……。


「友人って認めてやってもいいけど」


 口から飛び出したのは、上から発言。心底自分が嫌になる。


「またバスケでもしよう。負かせてやる」

「また負かせてやるよ」


 振り向いたリュシアンが笑いかけるから、俺も安心して笑い返す。

 ピシッと背広を着ると、リュシアンに髪をいじられた。ちょっと力が強すぎて髪が抜けるかと思った。

ネクタイを締めて、俺は準備完了。


「ちょっと。ドレスを汚さないでくれよ」


 不意にリュシアンが壁に向かって言う。

アメデオが宮崎に何かしているらしい。ドレスを汚すようなことってなんだ。心配になっていればリュシアンが答えた。


「踊っているだけだよ」


 宮崎とアメデオが、隣で踊っているらしい。

それはそれで嫉妬するんだけど……。


「待っている間、宮崎さんと踊っていたら?」


 リュシアンがニヤリとからかう笑みを向けてきた。

 文化祭は踊り損ねたから、今夜宮崎と踊る……。それは悪くなさそう。

 俺はとりあえず宮崎からアメデオを引き離そうと隣の部屋に戻る。

 真っ先に目に入るのは、寄り添って微笑み合っているアメデオと宮崎だった。

長身のアメデオが見下ろすのは、ゴージャスな感じに髪をクルクルに巻いた宮崎。文化祭とはまた違う感じだ。

青い青いドレスのせいか。

 はたまた、お似合いのようなアメデオと並んでいるせいか……。

 アメデオと青いドレスの宮崎。俺より似合っているように思えて、俯いてしまう。悔しいが、認めたくないから、睨むようにアメデオを見る。


「じゃあオレ達も着替えてくるねー」


 アメデオが宮崎の頭を撫でると部屋を出ようと俺を横切る。その際に、アメデオはにんやりと勝ち誇った笑みで俺を見下ろした。

 カチンときて、風でぶっ飛ばしたかったが、グッと堪えて宮崎の元に歩み寄る。

 ズカズカと乱暴な足取りになるから、俺は深呼吸して気を沈める。


「それ、リューくんにやってもらったの? かっこいいね」


 宮崎が俺の髪に触れた。ヒールを履いているから、簡単に届く。

アメデオと違う身長差に妬いた。


「漆くん?」


 唇を尖らせる俺を見上げて、宮崎は首を傾げる。


「……身長ほしい」


 俺はボソリと呟く。


「……」


 宮崎は俺から手を離すと、言う。


「身長差、離れたら……私からキスできなくなるのだけど。……それでいいの?」

「えっ」


 宮崎が俺のネクタイを握って、丸い瞳で見上げてきた。まるで一昔のイギリスのお嬢様みたいな髪に包まれた宮崎に見つめられて、ドキドキと胸が高鳴る。

 宮崎からキスできなくなる……。

宮崎がキスしてくれると言うなら、さっきの嫉妬心は吹っ飛んでしまう。

 そう言えば、宮崎と俺、キスしやすい身長差だって前に話したっけ。


「まぁ……暫くはこのままでいい……かな」


 俺は宮崎を見つめ返しながら、なんとかそれを言う。

宮崎は微笑むと、ネクタイを軽く引っ張って俺を引き寄せて唇を重ねた。

すぐに唇が離れる。

 気持ちが高ぶった俺は、自分からもう一度キスした。


「恋……綺麗だ」


 宮崎が好きな囁き声で告げれば、ほんの少しだけ頬を赤らめて照れたように笑ってくれた。

そんな愛しい宮崎にまたもう一度、キスをする。


「今夜、俺と踊ってください」


 ダンスの申し込みをして、長い長いキスをした。




20140911

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