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魅惑の夜会ー1



 座席に持たれて眠る黒髪の男の子を眺める。本当なら、朝目覚めたら隣で眺めるはずだった恋人の寝顔。

陽に照らされた彼は、漸く目を覚ました。

 すぐに向かいに座る私を見付けて、黒巣くんはぼんやりと見つめてくる。

ロンドンのガイドブックを開いている私を隅々まで見てきた。

 白のトレンチコートに、ファーのついたブラウンのロングブーツ。最後に指にはめたペアリング。

 それから黒巣くんは自分の姿を見る。

黒のダウンジャケットと、ボーダーのニットを着ていた。

黒巣くんは着替えた覚えがないことに気付き、眉間にシワを寄せる。そして瞼を閉じて、黙ったまま考えた。

 横に目を向けてリュシアン達を視界に入れるなり、全てを把握したらしく額を押さえる。


「……どこだ……ここ」

「見ての通り、飛行機だよ」

「正しくは自家用ジェット機だろ」


 黒巣くんの呟きにシャンパンを、堪能するリュシアンとアメデオがバカにしながら答えた。

黒巣くんはそんな答えを求めていない。

 その自家用ジェット機が一体どこに向かっているのか、暗示で操られていた黒巣くんは知らないのだ。


「二人の素敵なクリスマスプレゼントで、私と黒巣くんをロンドンに連行してくれるそうです。わぁい、やったね」


 私は表情を変えず、淡々と言いながらガイドブックを見せた。

黒巣くんはヒクリと口元をひきつらせる。


「ロンドン……なんで、また、いきなりなんですか?」

「サプライズじゃなきゃ意味ないじゃーん。君の着物と一緒だよ、驚かせたかったの。それよりさぁ、誘われてるのに添い寝で済ませるなんて……男としてどうなの?」


 ワイングラスを器用にくわえながら、ニヤリとアメデオは笑いかけた。黒巣くんは赤くなりビクリと震え上がる。


「長生きしたおじ様達がするようなサプライズとは思いませんね」

「……」


 私がまた淡々と言えば、黒巣くんはまたひきつらせた。


「クリスマスに盗み聞きなんてっ……」

「邪魔はしなかったじゃん」

「今してるでしょ!? 拉致なんて、しかも国外!? 宮崎、なんで止めなかったんだよ!」


 しれっと返すアメデオに声を荒げて黒巣くんは私のことまで責める。

私は表情を変えずに、静かに言い返す。


「その二人のおじ様達は、私の両親に懲りもせずに会い、黒巣くんの祖父にも会い、ロンドンに連行する許可を貰いパスポートも荷物も用意させたのですよ。更には暗示の効く君を人質にしたのです。半分だけ吸血鬼の小娘に、千歳と三百歳歳上の横暴な吸血鬼のおじ様から、どう君を奪還しろと言うのですか? 激怒を通り越して呆れて諦めましたよ。悪いのは彼らの企みに気付いていながら阻止できなかった私です。こうなることを想定して、君や両親に吸血鬼の血を飲ませて暗示を効かないようにさせるべきでしたね」

「……いや……俺も、目を見た、迂闊でした……すみません」


 すぐに青ざめた黒巣くんは、謝罪した。


「ちょっとちょっと。ハニー。寧々ちゃん達に暗示はかけてないよー? オレと会ったことはきれいさっぱりヴィンスに忘れ去られたから、ちゃんとリューくんと挨拶して二人のキューピットで、ロンドン旅行で親睦を深めさせたいって暗示なしでお願いしたら快く頷いてくれたんだ」

「アメデオ! 今、宮崎が激怒してるってわかってないんですか!? この口調は長々と怒ってやるという意思表明ですよ! それにまた宮崎の両親に会うなんて、宮崎にどんなに怒られるか想像もできなかったのですか!?」

「だめだよ、漆くん。旅行中、あだ名で呼ばなきゃだめー。恋ちゃん、漆くん、アメくん、リューくん」

「酔っぱらってるのかアンタ!!」


 私の両親に暗示をかけた上に人質にした前科があるアメデオを、黒巣くんは私の代わりに声を上げて怒るけれど、ほろ酔いのアメデオには効果なんてない。

 怒鳴るだけ体力の無駄です。


「寧々ちゃんに言われたんだよぉ。漆くんに、恋ちゃんって呼ばせることが条件。だぁかぁらぁ、宮崎って呼んだら……オレが恋ちゃんにちゅーするから」

「!?」


 ニヤリと不敵に笑うとアメデオは、私に向かって投げキッスをしてきた。私は無視をしておく。


「……寧々さんめっ」


 黒巣くんは頭を抱えた。

初対面の青年に簡単に預けた私の母の軽さを嘆く。

私としては黒巣くんの祖父の軽さにも嘆いていただきたい。

私の両親と同じように笑顔で許可したはずだ。元旦までには帰すと約束したらしい。


「何故ボクまで? リューくんなんて、間抜けだ」

「いいじゃーん。愛称は親睦を深められるよ、ねぇ? れーんちゃん」


 シャンパンを啜りながらリュシアンは愛称に文句をつけたけれど、へらへらしながらアメデオは私に問う。


「自分達の歳を思い出してから、考え直したらどうですか?」


 横目で見据えて言い放てば、笑顔のまま固まったアメデオは、顔を逸らして注いだばかりのシャンパンを飲み干した。


「機嫌を直してよ、恋ちゃん。ロンドンで初デートが出来るなんて、いい思い出になると、いい方に考えて」

「勝手にデート先を決めて、私が怒るとは予想しなかったのですか? モルダヴィアお爺様」

「……」

「……漆くんもいるんだから、機嫌直して、恋ちゃん」

「黒巣くんを私のご機嫌とりのために巻き込んだのですか。本当に、本当に、どうしようもなく傲慢なお爺様達ですね」

「……」

「……」


 無表情のまま刺々しく言い放てば、漸く二人はシャンパンをテーブルに置いた。

時間が経てば私の機嫌が直ると思ったら、大間違い。

 次がないように、どうなるかを思い知らせてやります。


「……それで、なんでまたロンドン?」

「小説の吸血鬼を見付けるそうです」

「小説?」


 私はテーブルに置いていた小説を、黒巣くんに渡した。

ヴィンス先生が持っていた実話を元にした小説だ。

登場する吸血鬼を見付けることが二人の目的。


「君だって、知りたいだろう? その吸血鬼と令嬢がその後どうなったかを」


 リュシアンは顔を上げて問う。

ヴィンス先生によれば、この小説に登場する吸血鬼と令嬢は、初の吸血鬼と人間のカップル。

小説には結ばれた二人がその後どうなったかは、描かれていない。


「リュシアンが血を与えていなければ、吸血鬼夫婦になって今も健在のはずでしょう? 知り合いじゃないなら令嬢が健在ではないことぐらい予想できますよね」


 リュシアンの血なら純血の吸血鬼に成れる。けれどもリュシアンは初めて、二人の存在を知ったようだったから令嬢を吸血鬼にしていないはず。

令嬢がいないことは確実だ。


「そんなに怒らないでくれ。君らしくない。二人とも健在ならロマンチックだと思わないかい?」

「……」


 肩を竦めてリュシアンは微笑む。

愛を求めるリュシアンとアメデオらしい。カップルの健在を望んでいる。

二人にとって暇潰しではなく、希望を見付けるためだ。

 吸血鬼の中に愛する人を見付けられなかった二人も、小説に描かれたカップルになりたいと願っている。

だから、今も健在で愛し合っていると信じていたい。


「それに、運が良ければ……ボクの姉が令嬢を吸血鬼に変えているかもしれません」


 音信不通のリュシアンの姉。

リュシアンと同じく始祖の吸血鬼である姉が、吸血鬼に変えた可能性がある。

 零ではないらしい。


「ボク達の運が良ければ……姉と再会できる」


 そっとリュシアンは囁くように付け加えた。

リュシアンは、音信不通の姉と再会することを期待している。

けれども今回の一番の目的は、この小説のカップル。


「……住所が、書いてないみたいですけど。どう捜すつもりなのですか?」

「簡単だぁよぉ」


 黒巣くんは見付け出す方法を問う。

それに答えるのは、アメデオだ。


「吸血鬼が吸血鬼を見付けるなんて至極簡単。吸血鬼が参加する夜会に出ればいいのさ。ほとんどの吸血鬼が参加するもの。定住している吸血鬼なら、高い確率で会える」


 にんやりと笑いながら、アメデオは無意味に人差し指をくるくると回す。

 リュシアンも夜会に参加してアメデオを見付け出そうとした。

吸血鬼が集まる夜会。


「……」

「……」


 私と黒巣くんは顔を合わせた。

ポカンとした表情をしてから、二人でアメデオを見る。

 その反応にアメデオは、可笑しそうに笑みを深めた。

リュシアンも同じように私達を眺めて笑みを深める。


「恋ちゃんの夜会デビューにかんぱーいっ」


 カラン、とアメデオとリュシアンは、シャンパンのグラスをぶつけ合った。


「……は?」


 私は今朝と同じく、唖然としてしまう。

 強制的にロンドンに連れてきた挙げ句、私を純血の吸血鬼が集う夜会に強制的に参加させるつもりなのですか。





横暴吸血鬼二人と

不機嫌な恋人と

ロンドン旅行をすることになってしまった災難な漆くんでした。(笑)


20140701

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