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怖がりな仔猫



「……あら?」


 期末試験中でも、一時間という短い時間だけ音恋は部活に参加した。

 終わったあとは一緒に帰ろうと約束した恋人である生徒会長の元に向かい、生徒会室には予想外の人がいたため、首を傾げる。

 桃塚が座っていた席には、生徒会長になった黒巣。

その左の赤神の席には、副会長の橙。その向かいには会計の緑橋。

その二人の隣は、書記と庶務の席。本来は空席なのはずが、桜子とリュシアンが座っていた。


「やっほ! ネレン!」

「サクラ……リュシアンも、何故……お仕事を?」

「生徒会になったの!」


 きらきらと目を輝かせて、桜子は胸を張って音恋に報告。

生徒会になったと言われ、音恋は目を丸めた。


「臨時だよ。姫宮さんは書記、ボクは庶務」

「臨時? ああ、来年から双子さんが空席を埋まるまでね」

「そう」


 この学園は中等部から高等部へエスカレーター式に進学するため、中等部の生徒会長と副会長は高等部に入ると同時に生徒会に入るのが通例。

だから選挙後は書記や庶務が空席になる。

仕事に取り組めるまで、元生徒会長と元副会長が穴を埋めるはずだったが、今回は桜子とリュシアンが名乗り出たそうだ。


「桃塚先輩が助かるって喜んでくれたよ! あたしもこの学園のために何かしたくって! 大好きだもん!」

「……そっか」


 生徒会選挙に参加したことがいい影響を与えたらしい。

無邪気に笑う桜子に、音恋も口元が緩む。


「来年の選挙に立候補したいな!」

「そう言うのは、臨時期間をこなせてから言えよ」

「こなすもん!!」


 大きな窓を背にした黒巣は冷たいことを桜子に言うが、内心では桜子の言葉に喜んでいるに違いない。

 音恋はそう思った。

黒巣は学園が大好きだから。


「リュシアンは何故?」

「迷惑をかけた学園に償いと、そして未来への献身だよ。まだ仕事が終わりそうにないから、座って待つといい」

「ありがとう」


 黒巣からリュシアンに視線を移して問えば、微笑んで答えて音恋に椅子を用意してくれた。

それに座って、音恋は待つことにする。


「聞いて驚け、ネレン! サクラが初めての人間の生徒会になったんだぜ!」

「この学園始まって以来のですか? すごいね、サクラ」

「えへへ」

「臨時、だけどな」


 橙が桜子の肩を叩き、音恋に告げた。桜子が照れていれば、黒巣が水をさす発言をするため二人に睨まれる。

 この学園の生徒会は、モンスターの人間が務めてきたのだ。

臨時でも、初の人間の生徒会。

 流石だと感心していた音恋は、ふとあることに気付く。


「……そう言えば、双子さんと会ってない」


 最後に会ったのは文化祭。一ヶ月も音沙汰がない。


「双子さんとは、文化祭で君に引っ付いていた猫又の双子かい?」

「そう。猫塚美海くんと、猫塚美空くん」


 リュシアンに問われて、音恋は答えた。


「事件を聞いてるからな……アイツらなすっ飛んできそうなのに」


 猫塚達の音恋への執心をよく知る黒巣は、変だと首を傾げた。

何せ音恋は死ぬほどの目に遭ったのだ。


「……半吸血鬼化したから、かな」


 音恋は口元に手を当てて、猫塚達が会いに来ない原因を予想する。

猫塚達も音恋の半吸血鬼化したと聞いているはずだ。それが猫塚達が会いに来ない理由。

彼らは臆病だ。吸血鬼に進んで会いには来れない。


「おや。彼らなら会いに来ているじゃないか。まさか、気付かなかったのかい?」

「え?」


 リュシアンは頬杖をつくと、嘲笑を浮かべて音恋に向ける。


「ここ数日、仔猫の姿で学園を彷徨いている。君を校舎の外から眺めていたよ。君はそれでも半吸血鬼かい?」

「……教えてくれればいいのに」

「おや? ボクに非があるのかい? それはそれはすまない。君の鈍感さに気付かなくて」


 キラキラと輝く麗しい笑みで、リュシアンは毒を吐いた。


「おい、宮崎。コイツが貶す度になにか罰を与えろよ。アンタにはどんなに重い罰でも与える資格がある」


 音恋も少しムッとしてしまうが、黒巣はその二倍は効いたようで、リュシアンを指差す。

 罰ならこの学園に滞在すること。

黒巣のように皮肉を口にする度に、大好きと言わせても仕方がない。

音恋は首を振った。


「今も来ているよ。集中すればわかることだ」

「…………うん」


 リュシアンはクスクス笑うと、手元の作業に戻る。

 音恋が猫塚達の気配を探してみれば、見付けることが出来た。

期末試験の期間中で部活がなく生徒が少ないからこそ、音恋にも二つの気配が二人のものだと理解できた。


「俺が取っ捕まえてガツンって言ってきてやるよ! ネレンはネレンだろ!! くっだらね、ちびどもめ!」

「いいですよ、先輩。あまり二人を刺激なさらないでください。余計怯えてしまいます」


 橙が立ち上がり、殴る気満々で拳を固めるため、音恋は止める。

 今後同じ生徒会を務めるのならば、もう少し猫塚達に優しくしてほしい。


「会えばわかってくれます。会いに行きますね」


 音恋は立ち上がると鞄を置いて、猫塚達の元へと向かった。

それを見送ったリュシアンは、やがてニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

席を立つものだから黒巣は「仕事!」と呼び止めた。


「ボクは眠らない種族だ、ちゃんと終わらせますよ。生徒会長。……面白くなりそうだ」


 リュシアンは仕事を後回しにして、音恋を追う。

黒巣も追いかけようとしたが、緑橋が許さなかった。


「ナナはだめ! 生徒会長だろ!」

「うっ……ぐぅ……」


 生徒会長たるもの仕事はサボれない。サボってはならない。

黒巣は扉を見つつも、腰を下ろした。

 どうもリュシアンを音恋と一緒にいさせることに抵抗を覚えてしまう。

心配だが、黒巣は早く仕事を終わらせることにして急いだ。




 猫は危険と判断すると逃げる生き物だ。大抵の生き物がそうだろう。

食堂に繋がる渡り廊下の隅を、ロシアンブルーの仔猫の姿で並んで歩いていた猫塚達は、前方から歩いてくる音恋に気付くなり回れ右をして逃亡した。

 初対面から好かれていた音恋にとって、初めてのことで戸惑う。同時に少々不快になる。

あんな風に尻尾巻いて逃げられては、いいものではない。

 ほんの刹那、考えた音恋は屈伸をすると、白い薔薇の庭園に逃げ込んだ仔猫を走って追った。

 振り返ってぎょっとした猫塚達は、なんとしても引き離そうと無我夢中で地面を蹴る。

しかし、運動音痴を克服した音恋を振り払うことは叶わない。

 バン、と向かいの校舎の壁に行き着いた音恋が手をついた音に、猫塚達は震え上がり、校舎にそって駆けた。

音恋は締め切られた窓を揺らしながら追い掛ける。

 今のスピードは序の口だ。

猫塚達が方向転換をして食堂の渡り廊下から校舎の中に入り、保健室の方へと走り出したのを見て、残りの生徒に見付かる前に確保しようと音恋は本気を出した。

瞬き一つの刹那で、五メートルは離れていた距離は詰められ、音恋の両腕に猫塚達は抱えられて捕まる。


「ニャー!!」


 甲高い悲鳴を上げた仔猫はもがくことなく、石になったかのように固まった。

普段なら猫塚達が音恋に抱き着く。音恋は仕返しと言わんばかりに、加減に気を付けながらギュッと仔猫を抱き締める。


「な、なにしてるんだい? 音恋ちゃん」

「笹川先生……」


 それを目撃したのは、走る音を聞き付けて保健室から出てきた笹川仁だ。

 音恋の力が緩まった隙に人間の姿に戻った猫塚達は、仁の後ろへと隠れる。

 音恋はむすっとした。


「すみません……逃げられると追ってしまいたくなりまして」

「捕食者の目をしてるぞっ、音恋ちゃんっ!」


 ス、と目を細める音恋に、仁は苦笑を浮かべながらビクリと小さく震え上がる。チラッと見た猫塚達も震え上がり、白衣にしがみついた。

 どうしよう。

猫塚達は、互いに顔を合わせて黙ったまま相談した。

 するとその場が静まり返る。音恋が何かを言うとばかり思っていた二人は不安になり、そっと仁の腕から顔を出した。

 音恋は廊下に立っている。

黒薔薇色のセーラー服を着た大人しい雰囲気の生徒。

 ほんの少しの妖気を持っていることと、吸血鬼の匂いがあること以外、猫塚達がよく知る音恋が立っていた。


「久し振り。美海くん、美空くん」


 遅くなったが、音恋は静かに挨拶をした。猫塚達がよく知る優しい声だ。

半吸血鬼になっても、音恋であることは変わらない。

 躊躇して白衣を握り締める猫塚達の背中を、仁はそっと押してやった。

 壁をなくした二人は俯きがちに音恋に近付くと、戸惑いながら手を伸ばす。

音恋は伸びた手を掴み、握ってやる。

うるっ、と二人の目に涙が浮かんだ。


「音恋先輩っ!!」


 がばっと、二人は音恋に抱き着く。いつもなら衝撃でダメージを感じるところだったが、音恋は微笑んで二人の頭を撫でた。


「私が怖かったの?」

「だって、だって……」

「だってぇ」


 泣きじゃくる猫塚達はまともに話せないようだ。

音恋は仕方ないと頭を撫でてあやす。


「なんだ、あっさり解決ですか」


 仁の後ろに、仕事を颯爽と終わらせて様子を見に来た黒巣が立つ。


「ん? なんだ、漆坊。嫉妬か? 音恋ちゃんに追い掛けられたいならちょっと逃げてみればいいんじゃないか?」

「追われたいとか一言も言ってないから!」


 仁にからかわれて、黒巣はすぐに否定した。


「本当の姉と弟みたいだね」

「! リュシアン……」


 いつの間にか保健室のドアにリュシアンが寄り掛かっている。


「ま、二人にとって音恋ちゃんは本物のお姉ちゃんみたいなもんなんだろうな」


 仁は微笑ましくなって言った。

「ふぅん」とリュシアンは横目で音恋達を眺めると、にこりと作り笑いを黒巣に向ける。黒巣は嫌な予感しかしなかった。


「君は独占欲が強いが、宮崎さんは違うみたいだね?」

「……」


 何が言いたい、と黒巣は黙って睨む。


「来年あの弟達が高等部に入ったら、ずっと宮崎さんに引っ付いて離れないだろうから、君も大変だね。って思ってね」

「!」


 リュシアンに言われて、黒巣はハッとして気付く。

 間違いなく寮生活を選ぶ猫塚達は、朝昼晩と食事を音恋ととりたがるだろう。

学園にいても見付ける度に音恋に抱き着く。休日も音恋と居たがり、せがまれた音恋が黒巣とのデートをキャンセルするようになる。

 そこまで想像した黒巣はバッと音恋達の方を振り向いた。


「お前らっ!! 今すぐ宮崎から卒業しろ!!」

「!?」


 廊下に響いた黒巣の声に、音恋も猫塚達もギョッとする。


「ひどいっ! 先輩、ボク達から音恋先輩を奪ったくせに!」

「奪ったくせに音恋先輩から離れろって言うの!?」

「奪ったってなんだよ! 人聞き悪いなっ!」

「この泥棒鴉!」「この泥棒鴉!」

「泥棒鴉!?」


 猫塚達は放さないと言わんばかりに、音恋を挟んで引っ付いた。

 珍しく黒巣に反抗的になる二人の言葉に、黒巣がギョッとしていれば、仁とリュシアンは吹き出す。


「泥棒鴉が音恋お姉ちゃんを盗った!」

「盗ってねーよ! そこの二人笑うなっ!!」


 泣きながら声を上げる猫塚達に黒巣は否定してから、笑いを堪えきれていない仁とリュシアンを怒る。


「……あれ、二人が会いに来なかったのは……黒巣くんと交際し始めたから?」


 まさかと思い、音恋は聞いた。


「ボク達の許可なしで付き合うなんてひどいよお姉ちゃん!!」

「せめて一番に報告してよお姉ちゃん!!」

「許可も報告も必要ないだろ! お前らいい加減その設定から卒業して宮崎から離れろっ!!」

「やだ!」「やだ!」


 すりすりと顔を擦り付けてくる猫塚達は、半吸血鬼化よりも黒巣との交際がショックだったらしい。

シスコンな猫塚達も、独占欲がある。

 尚更離れろと黒巣が二人の襟を掴むも、音恋にしがみついて離れなかった。

 来年は騒がしくなりそう。

音恋は少し気が重くなってしまった。






一年の頃は、先輩がライバル。二年になると後輩がライバルになりそうな漆くんです(笑)

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