初訪問
選挙シーン割愛。
十一月下旬の休日。
無事に生徒会選挙も済んで、次は期末試験が迫り、黒巣くんと試験勉強をすることにしました。
「家に来なさい。宮崎君の両親とは会ったのだから、次はこちらに挨拶するべきだろう?」
学園の廊下で場所はどこにするかを話し合っていれば、黒巣銀理事長が唐突に現れて微笑んで言う。
やんわり、と強い物言い。
確かに黒巣くんは私の両親と会った。次は私の番が筋かもしれない。
「じゃあ週末に」
唖然としている間に、理事長は決定事項にして、颯爽と廊下を歩き去った。
私と黒巣くんは顔を合わせる。
試験勉強兼恋人紹介となったそんな経緯で、黒巣くんの実家へ来たわけです。
「……畳の匂いがする」
「畳だからな」
黒巣くんの実家は、旅館のような大きなお屋敷だった。まるで武家お屋敷みたいに立派な家の中に入れば、畳の匂いが私の鼻に届く。落ち着く香り。
ピカピカのフローリングの廊下を歩いて、黒巣くんの案内で居間へ。
そこには着物姿の理事長がいた。
「やぁ、いらっしゃい」
「お邪魔します」
「ま、座って」
上質な艶を放つ黒の着物で座っている理事長に一礼をすれば、座るよう促されたので黒巣くんの隣に正座する。
テーブルを挟んだ向かいに、黒巣くんによく似た男の人。黒の着物が白銀髪を際立たせている。
黒巣くんを横目で見た。
黒いストライプのYシャツと白いネクタイ。和服ではないのは残念。
「ごめんね。音恋君。漆の両親は仕事で遅れてしまうんだ。だから先に勉強をしていてくれたまえ。挨拶は帰ってきてから」
「あ、はい。お忙しいところすみません」
「いやいや、呼んだのは僕だ。挨拶はついでで構わないから、漆の部屋で存分にいちゃいちゃしていいよ」
「勉強だから!」
軽く笑う理事長が、すぐに黒巣くんの部屋に行く許可をくれた。
黒巣くんは理事長がいつもの軽口に反応。聞き流せばいいのに。
「え? 中等部からの想い人を部屋に連れ込むんでしょ?」
「いかがわしいから! 期末試験勉強をしてきます!」
黒巣くんは慌てたように私を立たせると、背中を押して今から一緒に出る。
孫の反応を楽しんで微笑む理事長は、ただ手を振り見送ってくるので、私は会釈をしておいた。
「黒巣くんのご両親は、呉服屋関係のお仕事してるんだよね?」
「あーうん。母の方が名家で、父の方は興味があって仕事の縁で知り合ったんだ。母は末っ子だから、黒巣の方に籍を入れてるけど共働き続けてる」
背中を押されながら、黒巣くんに確認する。
前から聞いてはいた。
黒巣くんの興味は、着物よりも学園だったんだ。
「黒巣くんも着物持ってる?」
「うん、なにかと貰うから」
「見たいな」
「いいけど。あ、俺の部屋ここな」
長い廊下を曲がれば、黒巣くんが襖を指差した。
私が両手で引けば、すぐに黒巣くんが背中を押して部屋の中に入れる。
窓は二つ。
右側の壁には本棚があり、左側の窓の下にはベッド。部屋の真ん中にはこたつテーブル。襖に囲まれた広い部屋だった。
「えっと、着物はこっち」
「……和の部屋に、ベッド?」
「……布団よりベッドがいいってねだりたくなるだろ」
本棚の隣の襖を開けて、黒巣くんは着物を探す。
私はベッドが気になり見る。
ねだったんだ。ベッド。
「あ、ほら。これだ」
「ん? わぁ……」
黒巣くんが手招きするから、隣に行って覗けば、大きな引き出しに着物が綺麗に折り畳めている。
美しい刺繍や鮮やかな模様に染められた男物。
あまりその手の知識はないけれど、高級なものだとなんとなく理解できる。
「黒巣くんが着たところ、見てみたいな」
肩が触れそうなほど近い距離にいる黒巣くんを見上げて、着てほしいと頼んでみた。
「だめ」
「……」
躊躇いなく、あっさりと黒巣くんは断った。
照れた反応はないから、照れ隠しではなく、本当に着てくれないみたい。
「イベントになら着てやってもいいけど」
俯いてちょっと落胆していたら、黒巣くんはそう続けた。
「祭りはないから……着物を着るといったら初詣か。どうせうちの母親が宮崎の分も用意するだろうから、一緒に着て行こうぜ」
さらりと初詣の約束をすると、引き出しをしまう。
「勉強しよ」と黒巣くんはこたつに入り、勉強道具を広げ始めた。
……黒巣くん、なんだか積極的。というか素直。
「……黒巣くん、アルバムある?」
「アルバム? 中等部は一緒だろ」
「うん。ちょっと見たい」
このまま勉強をするのではなく、もう少し黒巣くんの部屋の中を見たい。
ベッド側の押し入れを開けさせるために、言ってみた。本棚にはアルバムがないから、きっと押し入れだと推測したら的中。
黒巣くんはよつんばになって押し入れに向かうと開けた。
探している間に、私がベッドの脇の畳の上に座って待つ。
「ほら、あった」
「ありがとう」
「見ても面白くないだろ。クラス欄以外、写真は一緒なんだからさ」
黒巣くんから見付けたアルバムを受け取り、ベッドに凭れるようにして開く。
黒巣くんの言う通り、私も持っているアルバムと内容があまり変わらない。
「黒巣くんを探すために見るのは初めて」
恋人になった黒巣くんを見付けるためにアルバムをめくるのはこれが初めてだから、ある意味同じではない。
クラス別の生徒の証明写真が並ぶ名簿のページで黒巣くんを見付ける。
幼さがある愛らしい中一の黒巣くんだ。可愛い。
すると、目の前にいた黒巣がページをめくると、私の右側に移動した。
肩が触れるほどぴったり寄り添うと、一つの写真を指差す。
「宮崎見っけ」
別のクラス名簿に載る私の写真だ。
肩に触れそうなボブヘアーの女の子。
自然と私と黒巣くんはアルバムをめくりながら、互いを見つけあいっこした。
「ねぇ、黒巣くん」
「なに?」
「アルバム作らない? 二人の」
私と黒巣くんのアルバムが欲しくなってきてしまったので、提案してみる。
クラスの女の子が恋人との思い出専用のアルバムを作っていたのを見たことあった。
中等部はバラバラだけど、一緒の写真を貼り付けたアルバムを、いつかこうして並んで見てみたい。
「いいけど。永池先輩が勝手に撮ってくれるし……あの人頼んでもいないのに、宮崎の写真を送ってくるんだよな」
「黒巣くんも? 私もだよ」
「は?」
すんなり頷いてくれた黒巣くんは、私も写真を貰っていることを知ると目を丸めた。
あ、言わない方がよかったかな。
「ちょ、どんな写真だよ?」
「黒巣くんこそ。たくさん持ってるの?」
「見せるから、そっちも見せろよ」
黒巣くんは自分の携帯電話を取り出すと私を急かした。
黒巣くんなら、消せって言いそうだから嫌だな……。
そう思いつつも、肩で小突いているから、膝にアルバムを置いて見せる。
「え、なんだよ、その寝顔。いつのだよ」
「リュシアンに怪我させられたあと」
「これ、トリプルデートの時の写真か!? あの人、あんなとこまでアンタをストーカーしてたのか!?」
「黒巣くんこそ、キャンプファイヤーの時私を黙って撮ったくせに」
肩をくっ付けたまま互いにメモリー内の写真を一枚一枚見せあってみたけど、黒巣くんは消せとは言わなかった。
「そ、それは……宮崎があまりにも幸せそうに、はしゃいでるから……」
黒巣くんは口ごもる。
キャンプファイヤーで踊っている私を撮ったのは、幸せそうだったから。
「実際、幸せだったよ」
「……」
幸せそうじゃなくて、幸せだった。あの夏休みは本当に楽しい思い出。
そう返すと、黒巣くんが私の肩に軽く凭れた。
「……そう言えば、選挙のお礼ちゃんと言ってなかった」
「……生徒会長になった瞬間、私を抱き締めて何回も言ってたよ?」
「あれ、そうだっけ」
黒巣くんが生徒会長になった瞬間、私を抱き締めて何回もありがとうと言っていた。興奮のあまり、覚えてないみたいだ。
「えーと、まぁ、本当に……ありがとう。俺の夢を叶える手伝いをしてくれて」
「……どういたしまして」
顔を合わせないけど、黒巣くんが改めてお礼を言うのは珍しい。
今日の黒巣くんは、自宅にいるせいか、とても素直。
「……それで、部活の方はどうなんだ?」
「うん、新しい台本の練習、順調だよ。来年の新入生に見せるために頑張ってる」
「ふーん……」
園部くんに突っ掛かれて、黒巣くんは私の部活動を気にしているみたいだ。
気にしなくとも、部活動を犠牲にしたつもりはないのに。
「園部と恋仲の役なんだよな?」
「うん。私ときょんくんの役はお姫様と王子様なんだよ。あ、前に話したよね」
「キスシーンはあるの?」
「…………」
キスシーンは、あります。
「あるのかよ!?」
黒巣くんはぎょっとした顔を上げた。
私はとぼけて他所に目を向ける。
「もう練習でしたのか!? 浮気だぞ!」
「やだな、したら報告するよ」
「最悪な報告だよ!」
「まだそのシーンは議論中。黒巣くんが怒るって、皆が反対してくれてるの。でも紅葉ちゃんと部長は賛成でね……まだ決まってない」
掴みかかる黒巣くんにちゃんと浮気をしていないことを伝える。
紅葉ちゃんは演技だと完全に割り切り、公演を楽しみにしていた。部長は激しくを強く希望してたっけ……それは言わないでおこう。
黒巣くんの独占欲は紅葉ちゃんが部内に広めたから、美月ちゃん達が拗れることを心配してくれていました。
「……俺達、あの日にしたきり、してないじゃん」
ムスッ、とした黒巣くんは不機嫌に呟く。
黒巣くんとキスしたのは、交際を始めた日。私の誕生日にしたきり。
ま、黒巣くんは額にキスしてくれたこともありましたが、確かにあれきり。
「わかったよ。じゃあキスシーンはフリにしてもらうか、カットしてもらうから。ね?」
「…………」
黒巣くんは応えることなく、私の隣に座り直す。
今度は肩が触れていない。
まだ不服そうな横顔だ。
私は肩をくっ付けたあとに、少し背伸びをして黒巣くんの左頬に唇を重ねた。
目を丸めて黒巣くんは私を向く。
私は何事もなかったみたいに、携帯電話に目を戻す。
けれどすぐに黒巣くんの手が伸びてきて、顔を戻された。
黒巣くんの顔が目の前にあると思えば、唇を重ねられる。
まさか、いきなりキスをされるとは思いもしなかったから、顔が物凄く熱くなった。
ちょっと深くて、戸惑う。唇から、なんだか痺れるような感覚が走る。
「……宮崎」
「は、はい……」
唇を離すと、黒巣くんは額を重ねて口を開く。
「勉強、しよ」
「は、はい」
黒巣くんはアルバムをベッドの上に置くと、私から離れてこたつに戻る。
不意打ちをしたつもりが、返り討ち……。
ちょっと仕返しに私は黒巣くんを呼び、振り返った彼をカシャリと携帯電話で撮る。
「初訪問でキス。ってコメントつけておくね」
アルバムを作ったら、この写真のコメントはそう書いておく。
きっと真っ向から阻止すると思ったのに、黒巣くんは予想と違う反応をした。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、携帯電話を片手に戻ってくる。
なんですか、その笑み。
「じゃあ俺にキスされて真っ赤にする宮崎を撮る」
畳の上に押し倒された。
真上の黒巣くんはカメラを構えると、私を見下ろしたまま顔を近付ける。
「や、やだ」
「だめ」
携帯電話を退けようとしたけれど、黒巣くんは躊躇いなくあっさりと断ると、また私に唇を重ねた。
素直な黒巣くんには、なんだか負けてしまいます。
「ん……」
勉強を始めたのに、いつの間にか眠ってしまっていた。
こたつのあたたかさのせいでしょう。
向かいの黒巣くんもノートの上に腕を重ねて眠っていた。
シャッターチャンスだと思い、私は携帯電話で黒巣くんの寝顔をカシャリと撮っておく。 私が眠っている間に、先に黒巣くんが私の寝顔を撮っていたことを知るのは、数日後です。
嬉しすぎて攻め攻めな漆くんでした。(笑)