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交際宣言-2



 追い出されて静かな図書室に移動した音恋と黒巣。

大きな机に向かい合うように座ったため、生徒会室にいた時よりも離れてしまったことが気になり、手が止まってしまった黒巣に、音恋は言う。


「黒巣くん、昨日から桃塚先輩にきつすぎるよ。悪癖直す気ある?」

「いや、悪気は…………ちょこっとあるけど、気付いたら口に……」


 口から皮肉が飛び出す悪癖を持つ黒巣は、嫉妬や独占欲でつい桃塚や赤神に発揮してしまった。


「ふーん。じゃあ……黒巣くん、これから悪癖出たら……」

「ん?」


 音恋は黒巣がもっと気を付けるように、罰を提案することにした。

 カチ、カチ、とシャーペンを押して芯を出してから、音恋は髪を耳にかける。

黒い瞳はわざと窓の方に向けて、黒巣から逸らした。


「その度に、私に"大好き"って言うことにしよう」

「はっ!?」


 予想外の罰に、図書室に関わらず声を上げてしまった。

しかし図書委員は注意をしない。


「な、なんだよ、それ、罰になるのかよ……てか、罰で言わせていいのかよ」


 黒巣は疑問をぶつけた。

恋人に"大好き"と言うことを、罰と称してもいいのか。


「恥ずかしがり屋の黒巣くんにはハードル高いでしょ」

「うっ……」


 音恋はシャーペンを動かしながら答えた。

素直ではない黒巣には、ある意味罰だ。


「それに、誰かを傷付けるような言葉を口にしたあとに、私に大好きって言い続けたら……」


 シャーペンを握ったまま頬杖をつくと、音恋は黒巣と目を合わせた。


「私を想うように、他の人にも優しくできるようになるでしょう?」


 大きく黒い瞳は穏やかな眼差しで真っ直ぐに黒巣を見つめる。

 黒巣は誰よりも音恋を傷付けたくない。想っている音恋を大好きと言う度に反省していけば、音恋に優しくするように他人にも優しくできるだろう。

 効果的だと理解できるが、確かにハードルが高い。

正直、嫌だ。


「黒巣くんが悪癖を出す回数分、大好きって言われたい」

「!」


 音恋はさらりと言うと、作業に戻る。

躊躇いない音恋の真っ直ぐな言葉に、黒巣は動揺した。ドキドキと高鳴ってしまう。

 こちらも大好きと言われたい。

黒巣はそう言い返したかった。

そこに誰もいないなら、音恋を真っ直ぐに見て伝えたはずだろう。

 そう、誰もいなければ。

黒巣はジロリと向けられる視線を睨んだ。

視線というより、レンズだ。


「写真、撮らないでもらえますかー? 永池先輩」

「あ、お構い無く続けるアルヨ」

「いや、そうじゃないですから!」


 受け付けからカメラを向けてくる永池は、先程から音恋達を撮っていた。

今のところ図書室にいるのは、この三人だけだ。


「はっ! これは失敬! 透明になるアルヨ!」

「問題はそこじゃないですから!」


 透明人間の永池は、姿を消す。問題はそこではない。カメラを向けているところだ。


「ところで黒巣くん。公表の件は? どうするの?」

「公表? んー……別に宮崎との交際を公表することないだろ。あのカメラみたいに見られてたら……落ち着かねーよ」


 音恋は永池のことは気にせず、昼休みの話を持ち出す。

黒巣の意見は、公表の意思なし。


「見られることは、公表しなくとも同じだよ。黒巣くんが交際を認めるか、認めないかで、私の風当たりが決まるんだよ」

「風当たりって、宮崎。アンタは人気者だ、危害加えるような輩はいないさ。いても、俺が……守ってやるから」


 淡々とした音恋に、黒巣は一瞬詰まるがちゃんと音恋を守ると約束する。

恥ずかしさで顔を逸らして、頬杖をつく手で口元を隠した。


「じゃあ公表してもいいでしょ」

「だから……宣言するなんて、嫌なんだよ。宮崎だって舞台以外の注目は嫌だろ」


 黒巣が守るなら同じこと。公表をしておくべきだと思う音恋だが、黒巣は反対する。


「黒巣氏は、宮崎氏との交際を恥じているから公表したくないアルか?」

「はっ!?」


 永池が透明のまま口を挟んだ。黒巣はギョッとした。


「……ふぅん」

「!?」

 音恋が冷たい眼差しを黒巣に向ける。黒巣は震え上がった。

俯いた音恋は、冷ややかな妖気を纏っている。


「私との交際を認知されたくないんだ……ふぅん……恥じてるんだ?」

「ば、ばか、そんなわけないだろ! 周りなんて関係なく、俺はただ平穏な交際をしたいから」

「焦りすぎたよ、黒巣くん。冗談に決まってるでしょ」

「!?」


 慌てて席を立ち、誤解をとく黒巣だったが、音恋はケロッとして元通りに戻る。

 音恋の冗談に引っ掛かった黒巣は、ガクリと机に突っ伏した。


「結論は、黒巣くんが恥ずかしがり屋だから、交際宣言はしないってことね」

「違う。それは違う!」

「黒巣くんがシャイだから交際宣言をしないってことでしょ」

「言い方変えただけじゃんそれ。違うっつーの」

「黒巣くんは私を隠し子扱いしたいのでしょ」

「違うっ、全然違う!」

「黒巣くんは私を浮気相手のように隠したいのでしょ」

「例えが最悪だっ」

「黒巣くんは私が嫌いなんでしょ」

「大好きだ、ぶぁーか! ……あっ」


 また音恋の冗談にツッコミを入れる黒巣は、勢いで音恋を大好きと言った。

嫌いじゃないと否定するどころか、好きを越えて大好きと言ってしまう。


「結論、黒巣くんは私が大好き?」

「…………」


 にこり、と微笑む音恋は首を傾げる。

頬を少し赤らめた黒巣は、照れくさく自分の前髪を荒らした。

ツッコミも否定もしない。

沈黙が肯定かのように、黒巣は作業に戻ることにした。

音恋も続ける。


「……邪魔、みたいだね」

「邪魔、だな」


 図書室の扉からそっと覗くのは、一緒に作業をしようと来た橙と桜子だ。

 しかし音恋と黒巣は二人きりで作業をした方がいいみたいだ。

 邪魔したくない桜子は、音恋といたいが諦めて生徒会室に戻ることにした。



「俺のヒロインを返せ、黒巣」

「……はぁあ?」


 その二日後の朝。

朝食を一緒にとっていた音恋と黒巣の元に、不機嫌な園部が来た。綺麗な女顔が曇り、黒巣を睨み下ろす。

 何を言っているのか、と寝起きの黒巣は目を凝らして見上げる。

今日は寝過ごさずに音恋と朝食をとれたというのに、とんだ邪魔がきた。


「どうしたの?」

「どうしたもこうしたもない。黒巣のせいで音恋と練習が出来ない。返してくれ」

「はぁ? なんだよ、いきなり」


 音恋が問うが、音恋の向かい側に座る黒巣の隣に立つ園部は、黒巣だけに詰め寄る。


「あーほら、昨日の朝練、すっごく盛り上がったからね、放課後も練習がしたいんだって」


 七瀬は音恋の隣に座ると、園部が怒っている理由を教えた。

 音恋は昨日の朝練を思い出す。

過去の台本を読んで、演技の練習をした。

短い時間だったが、楽しかった。


「ということで、きょんはもっと音恋ちゃんと練習がしたいとのことです!」


 七瀬が園部の要求を教える。黒巣も昨日音恋から聞いていたため、把握した。

園部が言うヒロインは、楽しげに話していた音恋だったのだ。

寝起きの黒巣の中に、じんわりと嫉妬が沸いた。


「きょんくん、選挙が終わるまで待って」

「音恋。君も練習がしたいだろう? あの過去の台本でたくさん」

「まぁ、したいけども。選挙が終わるまでだから」

「選挙後は、新しい台本が出来るじゃないか」

「……朝練やるし」

「時間が少ない」


 音恋が宥めようとしたが、園部は食い下がる。

音恋も練習がしたいが、黒巣の選挙を優先するため、彼に困り果てる。

音恋によく似て、園部も頑固だ。

 黙って見ていられない黒巣は仲裁に入る。


「園部、宮崎は選挙を優先するって言ってるだろ」

「黒巣が代わりを見付けろ」

「はぁ!? お前は七瀬を代わりにしろよ!」

「俺のヒロインは音恋だ」

「その言い方やめろよな!」


 やけに突っ掛かる園部に、黒巣は言い返す。

代わりなどいらない。音恋がいいのだ。

園部の"俺のヒロイン"呼びは、腹立たしくなる。


「俺とヒロインの時間を奪わないでくれるか?」

「だからそうやって宮崎を」

「音恋は俺のヒロインだ。勿論、舞台の上の話だけど」

「わかってるし」


 舞台の上では、園部のヒロイン。

演技力を評価して、互いを高めている好敵手である園部と音恋は、今度は恋仲の役をやると約束している。だからこそ、園部は音恋をヒロインと呼ぶ。

 わかっているが、黒巣は不快になる。

ギリ、と箸を握り締めて園部を睨み上げた。


「選挙を利用して、音恋と一緒にいるな」


 周りに聴こえないように、園部は黒巣に囁く。

ピクリと黒巣の眉毛が跳ねた。


「あのな……選挙には本気で挑んでるんだよ。より良い学園にするためにな。宮崎はそれを理解して俺の推薦者をやってくれるんだよっ」


 同じく声を潜めて黒巣は、顔を近付けて言い返す。

 決して恋人といる時間を増やしたくて、音恋に頼んだわけではない。

そんな不純を抱えて選挙に挑まない。

 音恋に支えられて、この学園を良くするために、生徒会長になるのだ。

黒巣の夢を叶えるための一歩を踏み出すために、音恋は手伝ってくれるのだ。

その物言いは気に入らない。


「でも、音恋は俺のヒロインだ。音恋の時間を独占するな、彼女も俺と練習がしたいんだから」

「あーもう煩いっ!!」


 園部が一歩も引かない。

またもや音恋をヒロイン呼びするため、黒巣は限界だった。

バン、とテーブルを叩いて立ち上がる。


「ヒロインヒロイン呼ぶなっ!」


 園部に詰め寄り、黒巣は大きな声でこう宣言した。


「音恋は俺のヒロインだっ!!!」


 その声は、ラウンジに木霊するほど響く。

 目を見開く園部と、こちらに注目する生徒達の存在に気付いて、黒巣はハッとした。

自分の台詞が、頭の中で木霊する。


「……うん、それなら仕方ない。舞台の恋人は、現実の恋人には勝てない。俺が引き下がるよ……音恋をよろしく頼む」


 サ、と園部は普段通りの無表情に戻ると黒巣の肩を軽く叩いた。


「紅葉、朝御飯を取りに行こう」

「うんっ!」


 注目する視線なんて気にせず、園部と七瀬は仲良く腕を組んでカウンターに向かって朝食を取りに向かう。

七瀬は上機嫌な足取りだった。


「…………」


 黒巣はテーブルに手をついたままこちらを見る生徒を呆然と見た。

サッ、と目を逸らす生徒達はそれほど多くはない。

だが、忽ち広まるだろう。

 音恋の運動音痴を克服した噂は一日で広まった。

黒巣が音恋を"俺のヒロイン"と高らかに宣言したことも広まる。

当然、黒巣が演劇部ではないことは皆が知っている。

だからその言葉は、交際宣言だと解釈するだろう。


「……み、宮崎……」


 恐る恐ると黒巣は音恋に目を向けた。

音恋は味噌汁を啜りながら、見つめ返す。やがてお椀をトレイに置くと口を開く。


「今は皮肉としてカウントします」

「はい!?」

「さぁ、言ってください」


 "俺のヒロイン"は、音恋にとってある意味皮肉だ。

園部はともかく、乙女ゲームの攻略対象者である黒巣が言うとそう感じることもできる。

 だが、それはただの建前だ。音恋はちっとも皮肉だと感じていない。

 ただ、黒巣が交際宣言をしたあとに、大好きという言葉が聴きたいのだ。


「……あとでな」


 そんな音恋の魂胆をわかっている黒巣は、聞き耳を立てている部外者に聴かれたくなくて、後回しにした。


「囁いて、真っ赤にしてやる」


 音恋の弱い囁き声で言って、その無表情を崩して、真っ赤にしてやる。

 そうボソリと呟いて、黒巣はそっぽを向いた。

ちゃんと聴こえた音恋は、小さく緩む口元を隠す。


 そのあと、私も大好きと言います。


心の中で、そっと音恋は囁いた。




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