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交際宣言ー1




三人称。



「音恋ちゃんと黒巣くんの交際、公表してもいいの? それとも秘密がいいの?」


 十一月四日の月曜日。

体育で身体能力の高さを披露したあと、音恋達はいつものように生徒会と食堂で昼食をとっていた。

そこに同じ部で親しい友人の七瀬紅葉(ななせもみじ)が恋人の園部暁(そのべきょう)とともに来て、音恋を挟むように立つと訊いた。

 しゃがんで声を潜めて訊いた七瀬を、箸を唇に当てたままきょとんとした音恋は交際している黒巣に目をやる。

 丸いテーブルの向かい側に座る黒巣にも、七瀬の質問は聞こえていたが、きょとんとした顔のまま何も応えなかった。


「どうかな……ナナくんのファンの反応がわからないからね」

「まぁ、宮崎は一度誰かさんのファンから被害を受けてますからね……」

「……ごめんなさい」


 同じく聞こえた桃塚がいえば、黒巣が一学期の話を持ち出す。そのテーブルを囲う一同に注目された桃塚は後ろめたそうに俯く。

 七瀬はその件を知っていたため、音恋と黒巣に予め確認しにきたのだ。

 音恋と黒巣の交際を知るのは、親しい友人と生徒会。それに風紀委員も薄々気付いている。

交際を知ったファンが、どう感じてどう反応するかはわからない。

モテていても、黒巣は誰かと交際するのはこれが始めてたのだ。


「そもそも、公表する気ある?」

「公表する義務なんてない」

「隠す気がないなら、公表して釘をさすべきだ。音恋が大事なら、恥ずかしがらずに、な?」


 七瀬に一蹴した黒巣に、深紅の髪を持つ容姿端麗の生徒、赤神淳は優しげな笑みを浮かべるが、棘のある言葉を押し付けた。

ヒク、と黒巣は口元を震わせる。


「それは二人で話し合います」


 音恋は赤神にも七瀬にも告げて、黒巣に視線を向ける。黒巣はあとで話すことに了承して頷いた。


「そう。じゃあ……黙ってるね」


 七瀬は口にチャックする仕草をして、にっこりと愛らしい笑みを向ける。


「じゃあ、また放課後、部活で」

「あ。今日は部活休むの。生徒会選挙の準備するから。部長には伝えてある」


 肩に手を置いた園部に、音恋は部活を休むことを伝えた。


「……そうか…………」

「どうしたの?」

「きょん、次の台本できる前に音恋ちゃんと演技の練習したかったんだって」

「ああ、そうなの?」


 残念そうに俯く園部の代わりに、七瀬は音恋に教える。

次の台本は園部がヒーロー役、音恋がヒロイン役で決めて、演劇部の部長が作成中。

 生徒会選挙の仕事で部活を休む音恋は少し困った顔をする。

園部は楽しみにしていることは知っているからだ。

 音恋の困り顔を気にして、黒巣は口を挟む。


「台本はまだなんだから、構わないだろ?」

「新しい台本はまだだが、過去の台本があるから、練習したかったんだ」

「それは……楽しそう」

「だろう?」


 過去の台本で自主練習に、音恋は食い付いた。

園部が微笑むものだから、黒巣は唇を尖らせる。

 二人の間に恋愛感情がないとわかっていても、意気投合して演技に没頭する二人の仲の良さには嫉妬してしまう。

その心情が透けて見えた赤神が鼻で笑うものだから、黒巣は更にしかめる。


「朝練でやろう?」

「わかった。選んでおく」

「じゃあね」


 音恋は朝練で練習することを約束した。

園部と七瀬は生徒会にも会釈をすると、食堂をあとにした。

 中庭に向かって歩きながら、園部は少し不満げな表情を浮かべる。


「まーまー、しょうがないよ。黒巣くんが先に予約しちゃったんだから」

「……そうだけど、一緒に練習したかった」

「演技力に負けるけれど、あたしが音恋ちゃんのヒロインやるから」


 不機嫌な園部に腕を絡ませて、七瀬は上目遣いで音恋の代わりを申し出た。


「……君は初めから、僕の人生のヒロインだよ」


 そんな七瀬に、機嫌を直した園部は優しく微笑む。

七瀬も機嫌よくにっこりと笑みを浮かべた。

 見つめ合いながら歩いていたが、やがて七瀬がニヤリと無邪気とは程遠い笑みを浮かべる。

何かを閃いた顔だ。


「……そんな顔をする君も、好きだよ」

「ありがとうっ!」


 愛する人が楽しいのならば、それでいい。

ご機嫌な七瀬と園部は人目も気にすることなく唇を重ねた。


「お熱いねー」


 偶然すれ違い目撃した笹川仁が笑って声をかければ、「えへへ」と七瀬は照れて笑う。

そしてギュッと園部に抱き付いた。




 放課後の生徒会室に、音恋は選挙の手伝いのためにいた。

 推薦者を勤める音恋は、黒巣を生徒会に推薦する演説が主な仕事。

現在庶務の黒巣の机の隅で、音恋は早速推薦する演説の文章を書いていた。


「橙先輩の推薦者はどなたですか?」

「あー、まだ決まってね。ネレンがよかったんだけどな」


 音恋がいることに口元を緩ませてじっと見てくる橙は、音恋にそう答えた。

 来年三年になる橙は、黒巣と生徒会の座を競うつもりはないらしく、副会長に立候補すると決めている。推薦者はまだ未定だ。


「桜子に頼まないのですか?」

「サクラは推薦者に向かないだろ……」

「そうだよ、バカとバカのコンビじゃ選挙が成立しないだろ」

「あんだとナナっ!!」


 音恋が桜子の名を出すが、橙は不向きだと判断していた。

少々おバカな二人が揃って選挙に参加しない方がいいと、黒巣は真顔で毒を吐く。

 橙が怒鳴るが、桃塚も赤神も緑橋も黒巣の意見に密かに納得していた。

桜子の場合、選挙の演説は不向き。頭のいい音恋の方が適任な仕事だ。


「演説の文章なら私が手を貸しますよ。桜子に声をかけてみたらどうでしょうか」

「あー、それなら……いいかも」


 桜子のフォローをするからと、音恋は桜子に頼むように提案した。

 正直好きな異性と仕事をする黒巣を羨ましく思っていた橙は、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「ネレンとなら、アイツも喜ぶしな」

「もっと親しくなるチャンスですから、頑張ってください」

「え。お、おうっ!」


 音恋といる時間が増えれば桜子も喜ぶと橙が言えば、音恋は橙の恋愛の方を応援した。

改めて応援されて、橙は照れつつ頭を縦に振る。


「でもスキンシップの方は控えめにしてくださいね。桜子も戸惑いっぱなしなので」

「あ、あぁ……つい、な」

「でも、もっと頑張ってくださいね」

「!? どっちだ!?」


 橙のアプローチには、桜子はたじたじだ。

反省した矢先に背中を押すような励ましをされて橙は混乱した。

「控えめに、もっとアプローチしろってこと?」と聞いていた桃塚はクスクス笑いながら会話に加わる。


「まぁ、桜子には時間が必要ですから……関係を進展することはとりあえず堪えて……でもぐいぐいともっとアタックしてほしいです」

「友だち以上恋人未満の関係を暫く維持しながら、口説けってことだ」


 シャーペンで自分の頬をポンポンつつきながら言う音恋に続いて、赤神が橙が理解しやすいように教えた。


「くれぐれも友だちの枠に収まらないように注意しろよ? 誰かさんのように恋愛対象外になったらフラれるぞ」

「…………」


 頬杖をつきながら作業を進める赤神は、意地悪い笑みを浮かべて、生徒会長の席に座る友人を横目で見る。

桃塚は笑みをひきつらせた。


「……負け犬の遠吠え」


 ボソリ、と黒巣が悪癖を発揮して呟く。

誰も口を開いていなかったため、全員にその呟きは聞こえた。

 ギロリ、と妖気とともに赤神は睨みを向ける。黒巣は素知らぬ顔で明後日の方を向いた。


「ま、とりあえずサクラに頼んでくるッス。…………普通に頼むべきですかね? それともなんかこう……アプローチもした方がいいですか?」


 立ち上がった橙は、赤神に助言を求める。

「いや、普通に頼むべきだろ」とツッコミを入れる黒巣。

 親友のアプローチが気になる音恋は赤神に目をやった。


「俺のためにやってくれ、とでも言えばいいんじゃないか?」


 黒巣の悪癖で少なからず不機嫌な赤神は、サラリと投げやりに言う。


「流石は赤神先輩。遊び慣れている人は違いますね」

「俺は遊び人ではない」


 黒巣がまたもや皮肉を言うため、赤神の機嫌は降下していく。


「んー、じゃあ、取っ捕まえて頼んできまーす」


 橙は手を振り、生徒会室を飛び出した。

「取っ捕まえる、なんて。肉食系な発言ですね」と音恋は一言漏らすと、仕事に戻る。

 生徒会室は静まり返る。

紙を捲る音、シャーペンを走らせる音、呼吸。そして部活をする生徒の声が遠くで聴こえた。


「あ、悪い」

「ううん、いいよ」


 黒巣が消しゴムを掴むと音恋もあとから手を伸ばしたため、手が重なった。

その消しゴムは音恋のもの。

 返すと使ったあとに音恋は黒巣に差し出した。

黒巣は無言で受け取り、借りる。

 作業に戻ろうとした黒巣は、視界の隅に映る音恋の手を見つめた。

すらすらと綺麗な字が書かれていく。

 さらり、と肩から音恋の黒髪が落ちた。音恋は左手で髪を耳にかける。

その仕草を見たあと黒巣は、よく見えるようになった音恋の横顔をついつい見つめた。

長い睫毛の下の黒い瞳。色白の美しい横顔。

 去年の生徒会選挙の準備も、こうして彼女を見つめていたことを思い出す。

あの時は、音恋は一個下の後輩の推薦者を務めたが、今回は黒巣のために隣にいる。

去年とは随分状況が違う。

 音恋が視線に気付き、大きな丸い瞳を黒巣に向けた。

ドキッとしたが、黒巣は目を逸らさずに音恋を見つめ続ける。

 きょとんとした音恋も、ただ黒巣を見つめる。

少ししてそっと静かに微笑みを浮かべた。


「……」


 去年までは、黒巣の片想い。

だが今は想いが通じ合い、恋人同士だ。

 見せ掛けの友人でもなく、希薄な関係でもなく、音恋を理解する存在になりたかった。

まだ完璧とは言い難いが、それでも去年よりもずっと近い存在になれたという実感を覚えて、黒巣は幸福を感じた。

 口元が緩んでしまいそうになり、誤魔化すように唇を突き上げる。

それから音恋の頭を撫でた。

 ほんのりと頬を赤らめた音恋は照れたような微笑を溢すと、袖で口元を隠した。

そんな可愛らしい反応をされてしまった黒巣は、胸をキュンと締め付けられる。


  バンッ!


そこで赤神が机を叩いたため、音恋も黒巣も震え上がる。

 無言であっても、それほど広くない生徒会に、二人の甘い雰囲気がまるわかりだ。

桃塚も緑橋もいたたまれなかった。


「他所でやってくれ」


 堪えられなくなった赤神は、最高に不機嫌そうな上っ面な笑顔で黒巣と音恋に言い放つ。

 たった二十分で生徒会室を追い出されたのだった。




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