恋人のご紹介、その二
手ぶらではなんだからと、駅についたあとは途中にあるケーキのお店で何かを買うという話となり寄ることになった。
「あれ。……このプリン、俺の誕生日にくれたやつ?」
「あ、うん。そうだよ」
ケーキ選びをしていたら、ガラスケースの向こうに見覚えのあるものを見付けた黒巣くんが確認してきた。
しゃがんで覗いている黒巣くんが指差すのは、黒巣くんの誕生日にプレゼントしたプリン。
よく覚えてましたね……。よっぽど嬉しかったのでしょうか。
なんて笑ったら拗ねるから、止めておく。
「あ、そう言えば音恋ちゃん、雨宿りのついでに買ってたよね」
桃塚先輩も思い出す。
懐かしそうに店の入り口を振り返った。
「……俺の誕生日でしたっけ、お二人が交際を始めたのは。俺の誕生日プレゼントは、雨宿りのついでで買ったのですかー、ふーん」
黒巣くんの顔が曇る。
不機嫌さが現れる刺々しく言うものだから、気まずい雰囲気となった。
偽をつけずに"交際を始めた"と言ったのは、明らかにわざとだ。
桃塚先輩の方は悪気がなかったから、黒巣くんの反応に慌てた。
本当に今日はやりづらい。
黒巣くんは偽交際に嫉妬してしまうし、桃塚先輩は傷心中。
とりあえず私はしゃがんでガラスケースを睨む黒巣くんの頭を撫でた。
撫で続けていたら、黒巣くんは頬を赤らめて俯く。
「……アメデオのせいだ」
「…………ごもっとも」
黒巣くんがアメデオの名前を持ち出すから、納得して首を縦に振る。
偽恋人を仕立てあげなければならなくなったのは、アメデオが見合い話を押し付けたせいだ。
桃塚先輩に八つ当たりするよりはいいと思う。
アメデオに八つ当たりは効かないとは思いますが。
「プリンにしましょうか」
「あ、そうだね」
黒巣くんの頭を撫でて宥めながら、私は桃塚先輩に提案した。
チーズケーキはたくさん食べたばかりなので。
桃塚先輩は快く頷いてくれる。
あとで割勘する約束をして、とりあえず桃塚先輩のお金で購入して家へと歩いて向かう。
「……本当に大丈夫かな。倒れたりしたらどうする?」
「大丈夫だって」
黒巣くんも桃塚先輩も緊張が高まってきたらしく、黒巣くんは胸を擦りながらも私に確認してきた。
私も緊張が増している。
桃塚先輩を紹介した時とは違う。
本当に好きな人を両親に紹介するのだから、ドキドキだ。
心の準備は終わり。
生まれた時から住んでいる一軒家に到着した。
合図もせずに私が呼び鈴を鳴らすものだから、黒巣くんが文句を漏らす。
すぐに明るい声を出して母がドアを開けて、私達を見た。
お腹が少し膨れたのがわかる母は、赤いニットのガウンを着ている。
ドアに手をかけたまま、私達をぱちくりと瞬きながら見ていれば、頬に右手を当てて綻んだ。
「あらっ、まぁ……。あら、まぁ……。あら、まぁ。あら、まぁ! 恋ちゃんったら、恋ちゃんったら! 私に似て本当にモッテモテね! 流石、私の娘だわ! こんなイケメンさん二人を両手にしちゃってっ! いけない娘ねっ、いやん! 修羅場? 修羅場なの? どうぞ中でやって!!!」
「………………ただいま、お母さん」
目を爛々と輝かせて興奮するお母さんは、予想を軽々と越えた。
私が左右のイケメンさんに目をやれば、固まっていた。
挨拶も忘れて、母の迫力に固まってしまっている。
そんなことはお構いなしに、母は二人の腕を掴むと無理矢理玄関の中へと入れた。
さて、二人はどこまで耐えられるでしょうかね……。
「ゴフッ!」
リビングにいた父の方は、案外普通の反応だった。
黒巣くんを見るなり、飲んでいたコーヒーを吹き出す。
「あら、やだ。貴方ったら」
「ゴフッ、あ、いいよ、自分でやるから」
お母さんを労り、お父さんは吹き出してしまったコーヒーを布巾で拭き取る。
それから笑顔で「おかえり、恋ちゃん。それからいらっしゃい、星くん、黒巣くん」と私達に挨拶した。
「あ、お邪魔します」
「お邪魔します」
黒巣くんも桃塚先輩も、慌てて頭を下げる。
私は人数分の飲み物を用意して、テーブルにプリンも並べた。
両親と向き合うように黒巣くんと桃塚先輩も椅子に座ってもらい、本題へと入る。
三人で用意した報告を私の口から告げた。
「一緒に旅行までした仲なので、直接報告した方がいいと思い来ました」
「もう相変わらず礼儀正しいのね、星くんったら! 恋人じゃなくなっても、星くんとは仲良くなったんですもの、これからも遊びに来てほしいわー」
「あ、え、っと……」
「別れても会いに来てくれるなんて、嬉しいよね。星くんはいい子だからね、これからも恋ちゃんを頼みたいんだけど、いいかな?」
「あ、はい、勿論。先輩としても、友人としても、お任せください! …………あれ?」
「やった、決まりね! これからもよろしくね、星くん!」
「あっはい! …………あれ!?」
桃塚先輩と別れたことをあっさりと受け入れて、両親はさらりと今後も遊ぶことを約束させた。
根っからの人の良さのせいで、反射的に頷いてしまった桃塚先輩はあとからギョッとする。
見事に元カノの両親から逃げられなくなりましたね。
私が黒巣くんを見てみれば、彼はもう逃げたいと言わんばかりのしかめた顔で私に救いを求めていた。
もう、遅いです。
「さて、黒巣くんだってね?」
「は、はいっ」
にっこりと父が黒巣くんに呼んだ。
黒巣くんは小さく震え上がり、ピンと背筋を伸ばした。
にんまり、と両親は笑みを深めて彼を見つめる。
「……うふっ!」
お母さんは、頬に右手を当てて吹き出す。
「奪っちゃったのね、恋ちゃんを!」
「奪っちゃったんだね、恋ちゃんを!」
「うぐっ」
「昔の僕のように寧々ちゃんを、数多くのライバルから勝ち取り愛を手に入れたんだね!」
「えっと」
「いやあん! 昔を思い出すわ! 流石は私の娘だわ!」
黒巣くんが喋る隙なんてない。両親が勝手に笑顔で盛り上がる。
いつものことです。
「思い出すねぇ、僕自身の想いを伝えたあの頃を……!」
「いっぱい告白されたけど、貴方の告白が一番心に響いたあの頃ね!」
「ああ、あの素晴らしい頃だよ」
「今も素晴らしいわ……貴方といるのですもの」
両手を握り、両親は熱く見つめ合う。
時にはこちらをそっちのけにするのも、いつものことです。
「恋ちゃんも私にほんっとそっくりよね! 学園で逆ハーレム築いちゃって! もう! いけない小悪魔ちゃんね! 私に似ちゃってこのこのんっ! まぁ、こんなに可愛いんだから仕方ないけれどね! 皆メロメロになっちゃうのねっ! 私に似てるから! 黒巣くんも星くんも、メロメロで大変でしょ!」
クルリとお母さんが私に標的を戻す。
「ところで黒巣くん。いつからうちの娘が好きなんだい? 中学三年からだっけ?」
「えっ!?」
ポカーンとしていた黒巣くんにお父さんが唐突に質問した。
「え、えっと……」と黒巣くんは一度私に目を向ける。黒巣くんの恋愛事情はつい最近聞いたばかりだ。大半は把握している。
「……あれ、なんで黒巣くんが中学から私を好きだって知ってるの?」
両親が中学時代から私を想っていることを知っている口振りが気になり首を傾げる。
「あら、去年の今頃、黒巣くんと恋ちゃんは生徒会の選挙の準備で放課後二人きりで過ごしたじゃなーい」
「あの日、僕が車で迎えに行ったら、黒巣くんが恋ちゃんを見つめてたんだ」
「ああ…………そう言えばあのあとしつこく黒巣くんのことを訊いてきましたね」
「話題になってたのか」
黒巣くんが私の手を握ろうとしたあの日を、父が見ていたらしい。
つまりは密かに私の恋人候補と認識していたのでしょうかね……。
「今日は報告しに来ただけだから、そういう話はまたにして。両親と旅行に行った星くんと別れて、すぐに黒巣くんと交際を始めたことを、よくは思わないかもしれませんが」
「あら……恋ちゃん。変わった?」
真面目な話に戻すと、不意にお母さんが問うものだから、ギクリとした。
黒巣くんも、桃塚先輩もだ。
「なんだか、恋ちゃん……」
お母さんは私を見つめて変化を見付けようとした。
美月ちゃんにも指摘されたけれど、両親ともなれば変化に気付いてしまうみたいだ。
自分の娘が、半吸血鬼に成った。
なんて、気付かれた――――…?
「――――…まぁっ!!」
少しの間見つめた末に目を見開くと、それをキラキラと輝かせながら黒巣くんと私を交互に見て、笑みを深めた。
「いやんだぁん!! 黒巣くんったら、手が早いんっ!!」
「!?」
「ん!?」
黒巣くんはギョッとして、彼に注目が集まる。
「きゃあああっ! 星くんより早いわ、貴方っ!!」
「告白は遅かったのに、手は早いんだね、黒巣くん!」
「え……? えっ!?」
「んん!?」
盛り上がる両親と、混乱する黒巣くんと桃塚先輩。
すぐに両親の言っていることを理解すると、桃塚先輩は私を避けるように身を乗り出して黒巣くんを見た。
ギョッとした黒巣くんは震え上がり、慌てて首を左右に振る。
まぁ、ある意味、桃塚先輩よりは手が早いですよね。
交際直後にキスをしたから。
「お母さん、ある意味違います」
「ある意味ってなに!?」
一応訂正したら、桃塚先輩が食い付いた。
「漆くん!? 交際三日でなにしたの!? なにしたの!? そ、そういうの、よくないよ! よくないと僕は思う!」
「ちょ、なにを想像して……てか、桃塚先輩に言われる筋はありませんよ! 俺と宮崎の問題なんです! 口出ししないでくださいよ!」
椅子から立ち上がる桃塚先輩に、黒巣くんはカッとなり立ち上がり言い返す。
両親の前で、私を挟んで口論。
両親と言えば、私を取り合うように見える修羅場に、目を輝かせてニヤニヤしていた。
「た、確かに僕は別れたけどもっ! 見損なったよ漆くん! 女の子は大切にしないと!」
「だぁかぁらぁっ、ああもう! どちらにせよ、桃塚先輩に口出ししないってば!」
黒巣くんは否定する前に、桃塚先輩の口出しを一蹴する。
恋人の特権はもうない桃塚先輩は口を閉ざすけれど、過保護な彼は言わずにはいられないみたいで、わなわな震えてまだ続けた。
「まぁ、まぁ、黒巣くん。いや、漆くんと呼ばせてくれるかな。恋人ではなくなっても無関係にはならないのだから、心配してもいいじゃないか」
お父さんが微笑んで、黒巣くんを宥めた。
両親の前で口論してしまったことに今更気付いた黒巣くんと桃塚先輩は、慌てて椅子に座り直して顔を伏せる。
「僕はそうしてほしいな。恋人じゃなくなっても、思いやりがあるといいじゃないか。友人としても、先輩としても、僕は想ってほしいな。娘を思いやる人が多くいてほしいと思うのは、親の我が儘な願いかもしれないけれどね」
お父さんが言った言葉に、私は目を丸める。
私を思いやる人……。何故か、ヴィンス先生が浮かんだ。
「恋人じゃなくとも愛の形は様々だからね。星くんにも、よかったら優しくしてほしいな」
「あっ、はい! 任せてください!」
人のいい桃塚先輩は、お父さんに応える。
初めから縁を切るつもりがないから、力強く頷く。
「やった、じゃあ星くんはこれからは恋ちゃんのお兄ちゃんね!」
「うぐっ!!」
お母さんは容赦なく地雷を踏みつけた。
桃塚先輩は胸を押さえるが、ひくひくしながらも笑みを保つ。
別れても、両親からの扱いが変わらない。
その後も両親は思う存分、黒巣くんと桃塚先輩に拷問という名の質問をしていった。
少々疲れる日曜日でした。