恋人をご紹介、その一
この先からは、ほのぼのと日常を描いていきます!
ガタンガトンと線路を走る電車が揺れる。
座席に座る私は白いフリルのスカートをぎゅっと握り締めて押し潰そうとする緊張に堪えた。
黒のストッキングとキャメル色のロングブーツをただただ見つめる。
「……や、やっぱり無理です」
口を開いたのは、黒い髪を整えた顔立ちのいい美少年。黒い瞳を持つ黒巣漆くんだ。
でも肩を並べている私に言ったのではない。
「だ、だいたい、俺と宮崎は三日前に付き合いだしたばかりですよ? デートもまだなのに、まだなのにっ」
目をやれば、私と同じように膝に手を置いて緊張に堪えていた黒巣くんは、私の左隣に向かって言った。
「交際始めるからこそ早く紹介するべきなんだよ!? ナナくん! 音恋ちゃんの両親は僕と付き合ってると思ってるんだから! ちゃんと報告しなきゃ!」
同じく膝に手を置いて肩を強張らせたのは、キュートな顔立ちの美少年。桃塚星司先輩が叱り口調で言い返す。
十一月三日。黒巣くんと付き合い始めて最初の日曜日。
昨日、桃塚先輩に私の母から電話が来たらしい。
内容は私と家に遊びに来ないかというお誘いだったそうだ。
「いつまでも僕が恋人だと思われちゃ、ナナくんも嫌でしょ!? 早いうちがいいの! じゃないとずるずると偽恋人続けることになって、長引いちゃうよ!」
「だからって、付き合って三日で両親に会うとか……数多くの交際経験ある桃塚先輩と違って俺にはハードルが高すぎるんですけどー」
「そんな僕でも緊張はするよ……って待って! 僕は数多くは交際してないからね!?」
ガチガチに緊張しつつも会話する余裕のある美少年に挟まれて、私はただただ押し黙る。
なんと言っても、偽の元カレと今カレに挟まれて両親の元に行くのです。
コメントがありません。
「いい? 僕と音恋ちゃんは夏休み以来気持ちがすれ違ってしまって、曖昧な関係を続けていたけれどナナくんが恋ちゃんの気持ちを奪って新しく交際スタート! 覚えた?」
昨日と今日で話し合って決めた設定を、確認のため桃塚先輩は口にする。
桃塚先輩と私が互いに話し合って別れることに決めて、間もなくして私と黒巣くんが交際を始めたと報告。
全部演技でした、というには妊婦の母にはショックが大きいと考えが至りそうなった。
「やっぱり、出産後がいいんじゃないですか?」
黒巣くんはネクタイを緩めて言う。
「だめだよ! 出産中に僕がそばにいることになるよ!?」
それはそれで複雑ですね。
私の恋人として桃塚先輩が立ち会うことがないためにも、早い段階で報告を決めた。
「宮崎! 元はと言えば、アンタが始めた偽恋人だろ。黙ってるなよ」
黒巣くんに肩を掴まれて顔を上げる。
黒巣くんはYシャツとストライプのネクタイ。革のジャケットと黒のデニムという大人っぽい組み合わせ。
私の両親と会うからと、髪も整えて、薬指にもペアルックの指輪を嵌めてくれているから、余計私の緊張が増す。
「ちょ、音恋ちゃんを責めないの! 音恋ちゃんはキャパオーバーするとパニックしちゃうんだから! 引き受けちゃった僕も悪かったし」
桃塚先輩も私の肩を掴んで庇う。
桃塚先輩は赤と青のチェックのシャツと、黒のネクタイをつけている。
相変わらずのクリンクリンとした桃色寄りのベージュの髪の毛。そしてジャケットを着ていた。
「そんなんだから偽恋人関係が継続しちゃうんですよ!」
「ナナくん、偽って強調しすぎだからねっ!」
ぐい、ぐい、と黒巣くんと桃塚先輩が私の肩を引っ張る。
確かに黒巣くんは、「偽」を強調しすぎだと思う。
「あの、桃塚先輩は大丈夫なのですか……?」
「え、僕は大丈夫だよ!」
桃塚先輩な気持ちを断ってから、まだ一週間だ。
傷心中のはずなのに、へらっとキュートに笑う桃塚先輩が心配。
ガタンッ!
電車が大きく揺れて、私の身体が桃塚先輩に寄り掛かった。
肩に凭れるような形になってしまうと、黒巣くんの手が伸びて、抱き寄せられる。
ギロリ、と黒巣くんは桃塚先輩を睨む。
「不可抗力だよ!?」と桃塚先輩が慌てる。
「顔真っ赤ですけど?」と黒巣くんは指摘した。
やはりこの組み合わせは、なんとも言いがたいです……。
「宮崎はなに黙ってるんだよ。昨日もさっさとアメデオと遊びに行ってさ、無関心かよ? 昨日は何してたんだ」
黒巣くんはパッと手を離すと、昨日について訊いてきた。
アメデオの約束が先だったから、私は優先して向かった。
「無関心じゃないわ。心配してないだけ」
「妊婦の母親にはショックを与えなるかもしれないのに?」
「お母さんなら大丈夫。どうせ"まぁ恋ちゃんったら流石は私の娘! こんなイケメン二人をたぶらかしちゃって、もう恋ちゃんったら!"って、ひたすら昔の自分と似ているところを語るだけだから」
母親の反応を声だけで演じてみた。
両親はそう重く受け止めないと思う。
私を男たらしと思うだけでしょうね……。
「……宮崎、無表情のままあの人を演じるなよ」
「怖いよ、音恋ちゃん」
「それは失礼」
表情を変えないまま演じたら、黒巣くんも桃塚先輩も少し青ざめた。
不気味でしたか。
「で? アメデオとは何して遊んだんだ?」
黒巣くんは私がはぐらかしたから、また訊いてきた。
「えっと……」と私は少し躊躇う。
「ヴィンス先生の家に行ったの、二人ともそこに滞在してるし、庭園で過ごしたの。二人が日本中から集めたケーキをご馳走してくれながら、リュシアンの過去を聞いた。お兄さんとお姉さんがいて、両親は眠ってるんだって。他にも色々聞いたし、それから……リュシアンから"他種族の捩じ伏せ方"を教えてもらってた」
母の反応と同じく、二人の反応を予想していたけど、正直に話した。
ヴィンス先生も紅茶を淹れてくれながら、リュシアンとアメデオと一緒に祝ってくれた。
リュシアンとアメデオは、もう一つの誕生日を祝っていたけれど、私のために日本中から有名なケーキを集めてくれたから嬉しかった。
何よりもあの量を食べても、体重も体型も微動だにしないのが嬉しいです。食べ放題です。美味しかった。
桃塚先輩と黒巣くんは目を丸めた。
「典型的な吸血鬼に調教されてるじゃん!」
「音恋ちゃん、鵜呑みにしちゃだめ!」
血相をかいて、二人は私に掴みかかった。
「もうリュシアンとアメデオとつるむな! アイツらはアンタを完全な吸血鬼にする気だ! これ以上暴君は要らない!」
「黒巣くん、電車内で叫ぶのよくないよ」
忘れかけているかもしれないけれど、他の人も利用する電車内で吸血鬼と叫ぶのはよくないと思う。
「音恋ちゃん、駄目だよ。捩じ伏せるとか、捩じ伏せるとか、捩じ伏せるとか、絶対にだめだと僕は思うよ!」
桃塚先輩も私が他人を捩じ伏せる吸血鬼になることに、とんでもない危機を覚えてるみたいな表情だ。
「あの、違うんです」と桃塚先輩に言ってから、黒巣くんに顔を向けた。
「私は中途半端な存在だから、鼻の利く存在の気に障ると危険だから、覚えた方がいいと」
リュシアン達は別に私を古典的な吸血鬼に仕上げたいわけじゃない。
私が他の種族に危害を加えられないように、妖気で身を守る方法を教わえてくれている。
ハーフの桃塚先輩やクォーターの黒巣くんも、人間と馴れ合わない純血のモンスターに牙を向けられることがある。
だから、わかるだろう。
「……なんか、ムカつく。俺には守れないってこと?」
黒巣くんはギュッと私の手を握り締めた。
顔を見てみれば、黒巣くんは私を見ずに向かいの窓を見据えている。
「アンタは相変わらず自分が出来ることは自分でやろうとするんだな。吸血鬼になって力を得たから……余計、俺を頼らなくなる……」
黒巣くんは呟くような小さな声で、言った。
私を見ようとしない彼の視界に入りたくって、身を乗り出して首を傾げる。
「頼ってほしいんだ?」
「は? そうじゃないし」
「俺を頼れ、守るから。って言えばいいんだよ、黒巣くん」
「だから違うっつーの!」
みるみるうちに黒巣くんの頬が赤く染まった。
否定するけど、黒巣くんは頼ってほしいんだ。
「万が一に備えてるだけで、黒巣くんを頼ってないわけじゃないよ。ちゃんと守ってくれるって、信じてる」
今まで同じく、黒巣くんが私を助けてくれる。
それを信じていると伝えれば、黒巣くんはやっと私と目を合わせた。
膨れたフリした表情だけれど、どことなく嬉しそう。
少しキリッとした黒い瞳は、熱っぽく私を見つめてくれる。
その瞳、好きです。
「ほら、やっぱり前見た可愛い中学生だ!」
不意に、その声を耳が拾った。聞き覚えがある。
目をやれば、いつか見た女子高校生数人。
前に見掛けたのは、桃塚先輩と二人きりで電車に乗っていた時だ。
中学生ではありません。
「カップルじゃなくて、兄妹だったんだね」
「だから言ったじゃん」
「あれが恋人かぁ、いいなぁかっこいいー」
「でもなんで三人でいるんだろう?」
「仲良しなんだよー」
ヒソヒソ話すけれど、私の耳にはしっかり届いている。半吸血鬼だから。
前も私と桃塚先輩を可愛い中学生カップルと思い込んでた。
今回はどうやら、ちゃんと黒巣くんと恋人同士に見える模様。
でもそれを喜ぶより前にハッとして桃塚先輩を振り返った。
桃塚先輩は胸を押さえて顔を背けている。聴こえたらしい。
「大丈夫ですかー? "お兄さん"」
黒巣くんも聴こえていたのか、ここで黒巣くんが追い打ちを言った。
悪癖発揮だ。
私はだめと意味を込めて黒巣くんの唇を人差し指で小突いた。
加減が出来てなかったのか、黒巣くんは痛そうに唇を掌で押さえる。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だよー? 気にしないで、恋ちゃん。……あっ」
心配かけまいと桃塚先輩は、無理してにっこりと笑ってみせた。
そこでうっかりと、久しぶりに私を愛称で呼んだ。
桃塚先輩は真っ先に私の隣にいる黒巣くんに目を向けた。
「ご、ごめん……うっかり」
桃塚先輩が謝ったあと、私も黒巣くんを見てみれば――――…怒っている。
むすっとした表情と黒い瞳で睨んでいた。
嫉妬、みたいです。
「いえ別に……気にしてませんから――――…"お兄さん"」
「うっ! 気にしてるじゃん!」
黒巣くんと桃塚先輩は、声を潜めつつも私を挟んで口論した。
二つ離れたドアの前で傍観している女子高校生達は「シスコンか……」と勘違いしてしまう。
桃塚先輩は本当に大丈夫なのでしょうか。
二人に挟まれつつも、今後の行方が心配でため息がつきたくなりました。
妊婦の母よりも、この二人が両親のテンションにどこまで耐えられるか……心配でなりません。
本編は完結しましたので、感想の受付をやめます。
皆様の感想には支えられてきました!
最後まであたたかい感想をどうもありがとうございました!
今後も恋ちゃん達を見守っていただけたら嬉しいです。