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第十八話 醜き座席のぶんどり合戦

1


『イテッ、このヤロー! 他人にぶつかったら“ごめんなさい”くらい言えんのか』

と思わず声を発していた。

山田は車内での立ち位置を決めている。

早朝の電車は常連客が多い、いつしか自然にそれぞれの座る席、立つ位置が決まってくる。

偶に見慣れない乗客が乗って来ると、車内は混乱する。

自分の位置を奪われた者は慌てふためき、他の位置を確保する。

すると奪われた者がまた混乱する。

こうして混乱の連鎖が起こり、車内はパニックと化す。

― 今日はその話ではない ―

一般的なサラリーマンは大概そうだと思うが、山田も毎朝乗る電車も決めている。

JR常磐線柏駅、六時五分発の通勤快速上野行きと……。

そして立つのは、後方から三両目の車両、進行方向に対して一番前のドアの右側、そこが山田の定位置だ。

朝の通勤列車では、休日出勤を除いて座らない。

それがサラリーマンの矜持と、長い間信じて実行してきた。

・・けっ、大の男がガツガツと席を奪い合いやがって、見っともねぇナ・・

大の男たちが慌てふためき席を奪い合う、そんな毎朝の場景を見ながら呟く。

・・それを自己満足と笑いたければわらえ……。俺は退職するまで続けるだけだ・・

― 今日はこの話でもない ―

山田は最後にゆうゆうと乗り込み、いつもの定位置に陣取った。

・・よし、今日も定位置が取れた・・

サラリーマンは、それだけでのことでその日一日が気分良く過ごせるものだ。

― サラリーマンでない皆さん、そこンとこ宜しくね。(作者からのお願いどぇす)えっ、そこンとこって、どこンとこだ? だって……、その首の上に乗っかってる丸くって黒いモンで考えなさい ―


2


そして自慢の皮製の鞄を網棚に上げようとして、おもむろに振り返る。と、そのとき、

山田は右肩に強い衝撃を受けた。

発車間際に慌てて乗り込んで来た男の方がぶつかったのだ。

男の目は唯一残された空席に向かっていて、山田の存在が目に入らなかったようだ。

『イテッ、このヤロー! 他人にぶつかって“ごめんなさい”も言えんのか』

となったわけだ。

それは、争いごとを好まない、と言うよりも争いは避けて通る山田にしては珍しいことで、情けないことに足がガクガクと震え出した。

・・ヤバッ……・・

山田は直ぐに後悔を感じる。

最後の席を確保した男が、怒鳴った山田の方を上目使いにチラッと見たのだ。

品定めをするような嫌らしい目だった。

このときが勝負だ、少しでもたじろぐと負ける。

一瞬火花が散る。

こちらを弱いと値踏みすると、敵意を持った挑発的な目に変化する。

その日は少しだけ棘、引き分け……。

・・やるか、このヤローッ!・・

声には出さず唇だけを動かして応戦、止せばいいのに……。

・・ハッ、ハッ、ハッ……。ドックン、ドックン、ドックン……・・

心臓が飛び出しそうだ。

緊迫のときが流れ、全身を緊張感が包み込む。

山田は拳を握り締めて恐怖心を振り払い、心の中で迎撃態勢を取った。……と、

その男は静かに目を閉じた。

・・ほっ……。ああ、よかった・・

というのが、山田の偽らざる心境だった。


3


山田はドアに寄りかかり、冷静を装って日経新聞を読み始める。

そういえば、今日は買えたが、最近販売員がいなくて新聞を買えない日が多々ある。

確かに、六時五分発というのは早いと思う、早いと思うが以前はゆうゆうと買えた。

いつからか“KIOSK”のオープンが遅くなった。

以前聞いたところでは、販売員が集まらないということだった。

しかし、これだけ不景気で失業者が増えれば、黙っていても応募者は増えるはずだ。

― 日経を読むのはサラリーマンの必須事項、のはず……。えっ、最近はネットで見れば十分だって……、なに、見るじゃなくて視るだって。あっそう、なるほど、最近の新聞は読むではなくて“視る”ですか、なるほどねぇ。へーえ…… ― 

ええと、山田は読み始めたが、中々興奮が鎮まらず新聞の内容が頭に入ってこない。

・・他人にぶつかって“ごめんなさい”も言えねぇのか。ったく。ガツガツしやがって、見っともねぇナ・・

またまた怒りが込みあげてきて、肩にぶつかった男の方を視る。

― あっ、今度は“見る”ね。ええなぁ、英語は単純で…… ―


4


・・けっ、狸寝入りか・・

座った乗客の半分は狸寝入り、残りの半分の半分は携帯でメール、そのまた半分が新聞(といってもスポーツ新聞込みね)、その半分が単行本で読書、その他はキョロキョロと挙動不審、こういった連中とは目を合わせない方がよい。

― あっ、携帯小説の方は、読書じゃなくて“視書”だったね。けけけけ…… ―

しかしあの皆揃っての狸寝入りには、外国人が驚きます。

それで降りる駅に着くと、パッと目を明けて、サッと降りる。

正に神業ですねと驚きます。

中には朝から凄い鼾を轟かしている方も、一車両に一人か二人はいらっしゃいます。

そんな方には、“毎日のお勤めご苦労様です”と声をかけてあげてください。

確かに、前に座った他人がこちらをジッと見ていたら、ちょっと怖いよね。

下手をすると、“俺にガンを飛ばすのか”って因縁をつけられちゃうモンね。

だから、狸寝入りは正解、庶民の賢い知恵だ。

でも、外国へ行ったら止めようね。えっ、

『なぜ? だって……』

あのねぇ、中国の地下鉄なんて網棚がないの、わかる? その意味合いが……。

乗せる人はいない、と言うよりも、危なくて荷物は手放せないのッ!

わかった?

それが世界の常識ってもんよ。

日本人は平和ボケ、アンタは只の天然ボケ、ってね。



御仕舞


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