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第十二話 電車を止める行為'

1


『あッ! ほ、ほんとかよぉ~。チェッ、頭にくるな』

と窓際サラリーマン山田一郎は後悔していた。

・・せっかく終業と同時に会社を飛び出してきたのに、これじゃ無駄になっちゃう・・

たった今、山手線に乗るか京浜東北線に乗るか迷い、少し空いていた京浜東北線をチョイスしたのだ。

<ガガガー、ピィー……、ああ、ただ今、上野御徒町間で線路内に人が立入っているとの連絡が入りました。現在、確認作業を進めております。お急ぎのところ、誠に恐縮ではございますが、しばらくお待ちください。尚、新たな情報が入り次第放送いたします。ガガガァー、プッツン>

「あ~あ、またかよ。まったく頭にくるなぁ~。最近多くねぇ?」

「多い、多い。二、三日前もあったろう」

「頭の可笑しいのが増えているんだよなぁ……」

「そらそうだ。こう不景気じゃ、可笑しくもなるよな」

「俺たちはまだ仕事があるだけマシか」

「違いねぇ。はっははは……」

隣に乗り合わせた若い二人組みのサラリーマンが話している。

まだ余裕がある。

「糞ッ! なにやってンだよ。どうなってるンだよ」

「ほんとだ。状況を説明しろよ、ったく」

しかし五分も過ぎると会話も途切れ度切れになってくる。

・・まあ、だけども困るよな。自殺でもするつもりで線路に入るのかな。それとも嫌がらせかな・・

山田はそういった状況に追い込まれた人間の苦悩を想像していた。

・・明日は我が身、明日は我が身……・・

と呟きながら。と、

<ピイー、カタカタ……、ええ、ただ今入りました情報によりますと……、プッツン>

「あれ、どうしたンだよ」

「だいぶ混乱しているみたいだな。なあ、あっちへ乗り換えようぜ」

「山手線も同じじゃねぇの……」

構内放送があり二番線に山手線が入って来た。

京浜東北線に乗っていた乗客の多くがそちらへ移動を開始する。と、

<ガタガタ、ピィー、ただ今入りました情報によりますと、まだ線路内に立入ったお客様の安全が確認できておりません。お急ぎのお客様は隣の山手線をご利用ください。ええ、ただ今~……>

車内放送は、乗客を急き立てるように何度も同じ内容を繰り返す。


2


ほとんどの乗客が慌てて移動する。

・・まてまて、ただ線路内に立入っているだけだ。もう直ぐ動き出すはずだ・・

山田は空いた席に座って待つことにした。

「どうせ急ぐ旅でもなし……、座って行こうぜ」

同じような考えの乗客も少しはいる。

「俺は大宮だ。少しばかり先へ行ってもしょうがねぇよ」

と、開き直っている乗客もいる。

<カタッ、ピィー、ただ今入った情報によりますと、上野御徒町間で線路内に立入っていた人の安全が確保されましたので、当列車は前の駅に停まっている列車が発車次第、順次発車いたします。ご乗車してお待ちください>

・・ほれみろ。俺の予想が当った・・

早口の放送が流れると、一旦山手線に移った乗客が、なんだなんだと不満を口にしながら京浜東北線に戻って来る。

・・へっ、ざまぁみろ。右往左往するから席を失くすンだよ。今まで降り止まなかった雨はありません・・

上機嫌の山田である。

隣の山手線はラッシュ並みの乗客を詰め込んで発車した。

ところがこちらは発車しない。

・・おい、もういいぞ。あまり混まないうちに発車しなさい・・

<カタッ、カタッ、ピィー、ええ、この列車は時間調整のため当駅で二分ほど停車し、五時四十七分に発車いたします。そのまま乗車してお待ちください>

・・ええっ、山手線は発車したじゃないか。なんで二分も待つンだよ・・

こんなときの二分間はとてつもなく長く感じると共に、また豪く損をさせられたような気になるものだ。

ドンドン車内は混雑してくる。

・・あ~あ、空いてたのに……、ったく早く出ろッ!・・

山田は腹の中で八つ当たりをしていた。

・・京浜東北線は山手線の下請けか。埼玉県民をバカにしているンじゃねぇの。もっとも俺は千葉だけんどよぉ~・・

ようやく電車が動き出す。

しかしスピードが上がってこない。

・・ほれ、遅れを取り戻せ。なんなら、快速運転にでもしろよ・・

という山田の願いとは裏腹に、列車は動いたり停まったりを繰り返す。

「ああ、いらいらする。走るなら走れ。停まるなら停まれ」

隣の男が呟くと、列車は停止した。


3


<ガッ、ピッ……、た、ただ今停止信号が出ました。前の列車がつかえている模様です。しばらくお待ち……>

列車がガタンとひとつ身震いをして動き出した。

・・おお、停まるなよ。飛ばせ、飛ばせ・・

と山田は心の中でエールを贈った。と、それが災いしたのか、

<キキキキーッ! ガックン、ガックン、キュー……>

列車は急ブレーキを踏んで停車した。 

乗客は一斉に進行方向に傾ぎ、停まった瞬間今度は後ろへと傾いだ。

吊り革に捕まっていないものはタタラを踏んでつんのめり、周りの乗客に支えられたお陰で、どうにか倒れずに済んでいる。

『イテェーッ!』

山田も思いっ切り足を踏まれた。

「あっ、ごめんなさい」

と謝りながらも、

その目は、

・・急ブレーキが掛かったンだから、しょうがないでしょう。私が悪いンじゃないわよ・・

と語っている。

ハイヒールで踏まれるともの凄く痛いものだ。

列車はそんなことを繰り返しながら、どうにか新橋駅に到着した。

西口広場では待ち合わせの人々が沢山いる。

列車からは意外なほど、ひとり一人の顔がよく見えるものだ。

・・秘密の待ち合わせの方、ご用心、ご用心……。場所は良く考えて決めましょう・・

順調に走り出した列車に、山田のイライラ虫も去っていた。

「また停まっちゃったりして……」

「はははは……、まさかぁ~。冗談は止めてよね」

隣の男女が不吉な冗談を言った。

<ガァー、ピィー……、ガタガタ、ああ、ええ、ただ今、上野駅でお客様の身体に列車が触れたとの情報が入りました。現在安全を確認しております。この列車は安全が確認出来次第、発車いたします。しばらくお待ちください>

「ほ~ら、バカ、ケンちゃんがくだらない冗談を言うからよ」

「えっ、ええええーっ、俺の所為? これって俺の所為」

・・そうだ、バカヤロー・・

山田は怒りをぶつけるように呟いた。

「そうよ、バカァ~。うっふふふっ…」

「うん、も~う。この、このこのぉ~。へへへへっ…」

・・バァ~カ、いちゃいちゃしてンじゃねぇよ。時と場所を考えない、うちの会社の不倫バカカップルと同じじゃねぇか・・

「ああ、もう、あったまきた。おい、降りて飲みにいこうぜ」

「そうだな。ここ、新橋だろう。俺、好い店知っているよ」

「おお、そうか。じゃあ、おまえの奢り、なっ」

「へへへっ…、割り勘、割り勘。お~い、やまだぁー、降りるぞ」

「えっ? ・・とと、俺のわけねぇか・・」

隣では山手線も停まっている。

・・ああ、今日は仏滅か。乗り換えもできない。せめて秋葉原ならなぁ~・・

山田はもう怒る気もしない、座席に深く座り込んだ。

あちらこちらから溜息が漏れる。


4


十分ほど停車後、乗客の気持ちを反映したような重い足取りで列車が動き出した。

山田は目をつぶって頭を空っぽにした。と、突然、

<ガガガーッ、ピィー、ピッ、本日は~、大変ご迷惑をお掛けいたしました。当列車は定刻より二十分遅れで~。お忙しいところ、大変~しました。尚、誠に恐縮ではございますが……>

・・なっ、なんだ、今度はなんナンだよ・・

再び怒りが込みあげてくる。

<……が、当列車は大宮往きでございますが、本日に限り赤羽駅止まりとさせていただきます。ご迷惑とは存じますが、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます>

「けっ、ふざけやがって。踏んだり蹴ったり、引っくり返ったとはこのことだな」

中年のサラリーマンが周りに同意を求めるように声に出して言い放った。

・・むふふふ……、お気の毒さま。俺は上野で降りるから関係ないの・・

ちょっぴり幸せな気分の山田一郎であった。

・・他人の不幸は蜜の味・・

さっきまで一緒に不幸を背負っていた仲間が、この放送を境に勝者と敗者にわかれた。

・・むふふふっ…、頑張ってね。じゃあ、僕はここで降りるからね・・

蜜の味わいを心に秘めて、

・・まったく、困りますよねぇ。うん、うん……・・

と頷きながら、山田は常磐線乗り場を目指した。

『くくくくっ…』

堪えていた笑いが口の端から漏れた。

一緒に上野駅で降りた乗客の口元が綻んでいるように見えたのは、山田の気のせいだろうか……。

もう一つオマケに、

『むふふふっ…』

と笑うと、すべての不快感が吹っ飛んだ。



御仕舞


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